第18話 血は争えない
季節は流れ、七月・宝亀節。
盛夏の陽射しから逃れ、献慈が身を寄せたのは小間物屋〝安佐貝〟の軒先だ。
「ごめんくださ――」
「いらっしゃ~い。あ、献慈くん。わりと久しぶり?」
愛想良くも甘ったるい声が出迎える。
くりくりとした眼で献慈を見上げるのは、ゆるふわのラヂオ巻きをリボンで飾った看板娘。
「寿麻さん、ちょうどよかった」
「ん、な~に? 澪っちには言えないお買い物?」
あどけない笑顔もあいまって幼く見える寿麻だが、友人の澪とは同い年だ。
「いえ、明子さんから届け物を」
「明っちが? ……あ~、こないだ忘れてった髪留め。わざわざありがと~」
「お構いなく。〝篝火〟に立ち寄ったついでなので」
「ふ~ん。カガ姐とか明っち目当てで行く人多いんだよね~、あのお店」
「お、俺はそんなんじゃないですよ。柏木さんとの付き合いでちょくちょく……」
道場での稽古後、篝火で汗を流すのはもはや日課に近い。そんな柏木との交流はすでに寿麻も知るところだ。
「大丈夫? ねちねちシゴかれたりしてない?」
「好きにやらせてもらってますよ。むこうも受けて立つ、って感じで」
「ふ~ん。あの人が受けに回るなんて意外~」
「俺の攻めはちょっと変わってるから、いい刺激になるって」
「へ~。献慈くん、結構いいモノ持ってるんだ~」
「いやぁ、見かけ倒しですよ。柏木さんのテクニックにかかれば長くは持た……な……い……?」
気のせいか周りの女性客からの視線が痛い。客層を考えれば男子一人で長居するのは場違いかもしれない。
「……あ、そういやこの後用事あるので、そろそろ……」
「そっか~。それじゃ、澪っちによろしく……あっ」
「何か?」
「そういえば澪っちさ、何か最近そわそわしてる感じがするんだけど、献慈くんは心当たりな~い?」
心当たりどころか、御子封じ絡みだとすれば献慈は当事者である。
「澪姉のことですし、時機が来たら自分から話してくれると思いますよ」
「うん……だよね~。千里ちゃんも同じこと言ってたし」
「そ、そうですか」
勘づかれていてもおかしくはない段階だが、もはや思い悩む必要はない。その「時機」が間もなく訪れることを献慈は知っている。
帰り道。通り慣れたはずの畦道がやけに狭く感じる。
「♪~レスッレース! レスレッサンワーイ!」
口ずさむ鼻歌もどこか上ずっていた。
たどり着いた玄関先、大曽根が掃除の手を止め、献慈を迎える。
「おかえり、献慈君」
「ただいま戻りました」
「稽古は順調のようだね。衛士頭も君のことを褒めていたよ。衛士隊でもやっていけそうだと」
「過分なお言葉です。道場では皆さん加減してくれますけど、外の魔物と戦うのはまだまだ不安です」
鍛錬を始めたのは、帰る手がかりを探すため。
長い目で見れば、嘘はついていない。
「焦る必要はない。正直……君が家に居てくれるおかげで、わたしたち父娘はギクシャクせずに済んでいるところもあるからね」
「そんな、ご冗談を」
「いいや、澪とはケンカばかりだったよ。君がやって来るあの日まで」
「……だとしても、俺がここに来たのは偶然ですし……」
「それが縁というものじゃないかな。わたしはそう信じているんだ」
居間へ移った二人は座卓を挟んで対座していた。
簾越しの陽射し、風鈴、蝉時雨。献慈が思い起こすのは、田舎の祖母宅で過ごした幼い日々の淡いノスタルジーだ。
「いただきます」
コップの麦茶を、献慈は火照った喉の奥へ流し込む。
大曽根も、自分の分を一口飲んで話し始めた
「もう聞いているだろうが、美法――澪の母親は名の通った烈士だった。良くも悪くもね」
弱きを助け強きをくじく高潔な武人。だが過剰なまでの正義感はしばしば権力者からの恨みを買う。仕事に横槍を入れられたり、やがては刺客を放たれることも珍しくはなくなった。
「よほどの手練れを相手にしたに違いない。ひどいケガを負った美法をわたしが見つけたのがあの河原だった」
「俺が澪姉に助けてもらった、あの河原……」
「ああ。娘が迷わず君をこの家に迎え入れると決めた時、血は争えないのだと悟ったよ。澪は間違いなく、わたしたち夫婦の子だ。実を言うと、嬉しかったんだ。すべての縁がつながっている気がして……」
「前にも似たようなことがあった」と大曽根が言っていたのを、献慈は今になって思い出していた。
(同じだ。お父さんとお母さん、そして俺と――)
「ただいまー」
玄関からの声の主は廊下を小ぜわしく行き来した後、居間までやって来る。
「……二人とも揃ってるね」
★千里 / 寿麻 / 明子 / 澪 イメージ画像
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