第17話 一目置かざるをえない
湯船に浸かりながら、献慈と柏木はお互いの身の上を語り合っていた。
「ユードナシアか。なるほど異国には違いない」
「意外とすんなり信じるんですね」
「是非もない。お前の不思議な異能を目の当たりにすれば」
「あれは偶然使えるようになっただけで……柏木さんみたいに努力して得た力とは違いますから」
つい無意識に卑屈な答えをしている己に気づく。柏木がつらく当たっていた理由はこういった態度にあるのだ。
そしてもう一つ。
「オレの武芸はオレだけのものじゃない。先生の……美法様の指導の賜物だ」
「本当に……大切に想っているんですね。澪姉のお母さんのこと」
柏木にとって澪は、尊敬する恩師の忘れ形見でもあるのだ。
「ああ。ところでお前は美法先生の最期については聞いているか?」
「御子封じの旅の途中で亡くなられたとは聞きましたけど、詳しくは……」
「そうか。しかし御子封じについては知っているのだな」
「……あっ」
気を許したのが災いした。同時に、柏木の察しが良すぎたのもある。
「やはりお前はお嬢さんの守部となるつもりなのか――いや、答えずともよい。であればなおのことお前の力にならねばなるまい。それが先生の恩に報いることにもつながる」
「ありがとう、柏木さん」
「……さて、長話が過ぎたな。のぼせてしまう」
「そうですね。それじゃお先に――」
手ぬぐいを頭に載せたまま、献慈は湯から立ち上がる。
「……!」
「……? どうかしました?」
「いや……お前にはイチモ……一目置かざるをえないなと思っただけだ」
「……はぁ。それはどうも」
それからというもの、心なしか柏木の態度が優しくなった気がした。
雨上がりの、人気のない広場を、献慈と柏木は連れ立って横切る。
神社の鳥居が見える辺りまで来ると、小走りに向かって来る澪の姿が目に留まった。
「献慈~、今までどこ行ってたの? お昼ごはん作って待ってたんだよぉ?」
「ご、ごめん澪姉。柏木さんと出かけててさ」
「男同士、裸の付き合いというやつですよ」
柏木が付け加えるや、澪の目の色が変わった。
「裸、の……え!? ちょ、ちょっと待って! 献慈、朝と着てる服が違うし! まさか、そ、そういうことなのっ!?」
「(そういう……?)あぁ、これは俺が攻めあぐねて服をダメに――」
「けけけ献慈が、せせせ攻……っ!?」
「そのあと柏木さんに誘われ――」
「かかか柏木さんが、さ、誘……っ!?」
澪は男子二人を交互に見つつ、顔を紅潮させてゆく。
「(黙って出て来たこと、怒ってるのかな……)えっと、ごめん。順を追ってきちんと説明するから」
「そっ……それ、私が聞いちゃってもいい話……?」
「え? そりゃもちろんだけど……」
「――で、今がその帰りってわけなんだ。とりあえずはわかってくれた?」
「うん……何ていうか……ふつうだった……」
「ふ、普通?(俺の話、つまんなかったのか……もっとこう、ドラマチックでスペクタクルな感じに盛り上げればよかったかなぁ……)」
「それより! 柏木さんから武術を教わるって、本気なの?」
一転、澪は真剣な面持ちとなる。
「うん。先のこと考えたら俺も自分の身を守るぐらいできないと」
「献慈の心意気を買わせてもらったつもりです」と、柏木。「理由までは聞いていませんが……お嬢さんが関わっているとなれば、おおよそ察しはつきます」
「そっか」
「それと、父君にはまだ黙っておくのがよいかと」
「うん……そのつもり」
「事後承諾になるのは避けられませんが、この際不義理には目をつぶるとしましょう。こちらもできる限りの根回しはしておきます」
去り際の柏木に澪は問いかける。
「どうして、そこまで協力してくれるの?」
「生き方を決めるのは、力ではなく意志なのだと――先生に教わりましたから」
虹架かる空に響き渡る鐘の音が正午を告げていた。
「柏木さんってば格好つけちゃって……ねぇ?」
「あはは……俺はもう気にしてないよ。お互いすれ違いがあっただけだってわかったから」
「む~。そんな大人な対応されたら私の立場がないじゃない」
「ごめん、そういうつもりじゃ……」
「うそうそ。私もあの人とはあとでちゃんと話つけるつもり。道場でね」
(結局拳で解決……!?)
澪の豪胆さには毎度感服するばかりだ。
「そんなことよりお腹すいたでしょ? お昼は献慈の大好物だよ。何だかわかる?」
「好物……桃とか?」
「ちがーう。お昼だって言ってるでしょー」
「あ、そっか。じゃ、多分あれだね。楽しみだな」
ぬかるみ跳び越す足取り軽やかに、ふたりは家路に向かって歩き出した。




