最終話 新星
転移先へ到着するが早いか、
「献慈くぅん! 澪ちゃぁん!」
ラリッサの抱擁が元気いっぱいにふたりを出迎える。
四つある転移ゲート最後の設置場所は、遠くパタグレアにあるマシャド邸の中庭であった。
「遅れてごめんね、リッサ」
「ううん。転移エネルギー溜まるん、待たんにゃいけんかったんじゃろ? うち全然気にしとらんけぇ」
設置を許可した美名子夫人の豪胆さには恐れ入るばかりだが、よしんばノーラとの間に何らかの裏取引があったとしても驚くに値しない。
夫人のしたたかさについては、ジオゴからも聞き及んでいる。
「よいよ、さっきまではぶてとった者がよう言うわい」
「パパはちぃと黙りんさい。献慈くん、見てこれ」
父親を押しのけ、ラリッサが見せつけたのは金色に輝くメダルだった。
「第七代……チャンピオン……ってことは武術大会、優勝できたんだ!?」
「おめでとう、リッサ! 有言実行だね!」
ふたりに祝福され、ラリッサは誇らしげに胸を張る。
「申屠老師のおかげじゃ。今じゃったら永和姐さんにも負ける気せんよ?」
「こんでわしも心置きなく送り出せます。おふたりともラリッサんこと、よろしゅう頼みます」
「パパ、そがぁな話あとでええけ、まずはみんなで試食会じゃ! ヒトデまんじゅうの新製品用意しとるけぇね!」
食べ物絡みとなれば俄然、澪が目を輝かせる。
「なになに? どんな味?」
「ママの営業先で好評じゃったクリームチーズ味と、献慈くん発案のずんだ味!」
「何それぇ! 初耳なんですけどぉ! 早く! 行こ行こ!」
来客という立場も忘れ、澪はラリッサを引きずる勢いで屋敷の中へと消えて行く。
「澪姉ってば……何かすいません」
「娘の友だちじゃ、気にするこたぁなぁで。げに……献慈さん」
ジオゴは一転、神妙な面持ちで献慈に何かを手渡した。
それは筒状に丸められた小さな紙切れであった。
「無憂さんから。必ず、国の外で会うた時に渡してくれ言うちょりました」
紙には、イムガイ文字とも違う天狗の符牒――幸い暗号化はされていない――のようなものでこう書かれていた。
「『ミコフウジ』……?」
「心当たりがあってですか?」
「俺か、もしくはむこうの勘違いかもしれませんが……いえ、待ってください」
書面にはもう一言だけ記されている。
「『メイヘンム』」
「〝冥遍夢〟? たしかイムガイに潜んぢょる異端者のことでしたの」
「ええ。珠実さんからも聞いてます。一部の信徒が幕府の要職にまで食い込んでいるらしいと」
万が一を考え、無憂はこのような回りくどい知らせ方をしたのだろう。
状況からして幕府と天狗衆は協力関係にあると見ていい。それよりも献慈にとって問題なのは、二つの単語の関係が意味するもののほうだ。
「……イムガ・ラサに近づくのは慎重になるべきかもしれません」
「ほいじゃ無憂さん、警告のつもりで……」
話し合う向こうから、澪が催促する声がした。
「献慈~! 早くぅ~!」
「……まぁ、難しい話は後回しでええじゃろ」
ジオゴが言うので、献慈もそれに同意する。
「そうですね。リーダーには従わないと」
*
「――という感じで。あとは〝敬具〟で結んでいただければ」
「ふむ? 最近の活動については書かなくてもよいのか?」
「いや、でもこれ以上は長くなりそうですし……」
「遠慮することはない。ほかならぬ我が友人の頼みなれば、たとえこの指が折れようとも代筆を全うする所存……!」
眼鏡の向こうで血走るノーラの双眸は、一睨みで献慈の選択権を奪い去った。
「(お、重い……)そこまでおっしゃるなら……」
*
嗅ぎ憶えのある幻臭だった。
今年に入ってからオキツ島各地で続発している、魔物の大量発生。
霊脈の異常などではない、人為的な気配を感じていた矢先に舞い込んだ、駆除依頼の現場がここである。
「露払いは私が!」
今を時めく新星〝太刀花姫〟こと大曽根澪が先陣を切った。唸りを上げる澪標の刃の下、向かい来るワイラの群れは瞬く間に総崩れとなる。
勢い削がれた敵陣の側方を、例によって囮役の献慈が走り抜けてゆく。
「♪~ラァーン トゥーゥ ザーァ ヒィール!」
挑発に乗った魔物たちが献慈を追ってゆく最中、取りこぼされた一群へと躍り込むのは、南天に煌めくもう一つの新星――
「こっちは任せんさい!」
ラリッサ・アルモニア・マシャドが二丁斧を手に戦場を駆け巡る。斧刃と蹴撃は組み合わされた車輪のごとく、散り散りになった異形たちを一体、また一体と轢き裂いていった。
二人の新星があらかた敵を片づけた頃、献慈は坂を駆け上がり、丘の上までたどり着いていた。
(……よし、上手くいった。あとは――)
追って来た中から飛び出した一体を、振り向きざまに杖で叩き落とすと、
「お願いします!」
待ち構えていた四人目の仲間へ合図を送る。
詠唱はすでに終えている。振り抜かれた五指よりほとばしる魔力の揺らめきが術の発動を知らせていた。
〈炸散火〉――眼下に燃え広がる緋色の炎は、その数二十を超えるワイラの群れを一瞬にして焼き払った。
「やりましたね! さすがは〝聖痕顕れし者〟」
献慈が称賛すると、男は満足げに目元を緩ませた。




