第118話 ……そこにいる
住み慣れた、ゆめみかんの一室。
寝台に座る献慈の前には、おなじみのアルカイックスマイルを浮かべたシルフィードが立っている。
「お加減はいかがでございますか?」
「ありがとう。もうすっかり元気だよ」
死力を尽くした戦いから早二日が経つ。
「左様でございますか。カミーユが気にかけておりましたので」
「そっか。君たちこそ、後遺症とかはない?」
「ご心配には及びません。わたくしたちのしぶとさは献慈様もよくご存知かと」
召喚士と精霊は一心同体、カミーユはシルフィードと生命力を分配し合うことで生き延びていたのだった。
「一応確認しておきたかったんだ。とくにカミーユは強がりだから……」
「ここまで来て嘘は申しません。帰国後も元気に仕事へ取りかかるつもりでおります」
帰国、と聞いて献慈は胸の奥が締めつけられる思いがした。
「仕事ってのは、やっぱり……」
「献慈様のご推察どおりかと」
「……だよね。そのためにドナーシュタールを探して回ってたんだし」
ドナーシュタールの価値は、何よりもヴェロイトの国宝という事実にある。その切っ先が向けられるべき相手は自ずと絞られる。
帝国不倶戴天の敵、魔王ヴェルーリ。
「はい。敵は言うまでもなく強大。事前の地固め、何より霊剣を振るうにふさわしき人選が必要となるでしょう」
「勇者か……ヨハネスの前にも勇者っていたのかな」
「半世紀前に一度、魔王の居城へ攻め入った一団がいたと伝え聞いております」
その行方については――久しく「次」が現れなかった理由を思えば――確かめるまでもない。
だからこそ、ヨハネスに寄せられる期待も相応に膨れ上がっていたに違いないのだ。
「すると次が三度目の正直ってわけか」
「わたくしたちは後方支援となるでしょうが、気を引き締めて臨みたく存じます」
「うん。無事を祈ってるよ」
献慈は掛け時計をちらりと見やった。
「そろそろ……かな」
「はい。名残り惜しゅうございますが」
どちらからともなく手を取り合う。
「我――入山献慈は、汝が仮名において副召喚者の契約をここに解かんとす」
「〝承認します〟」
「……今までありがとう、〝ケイ・リー〟」
別れは避けられずとも、結ばれた親交が失われることはない。今も献慈の黒髪に混じる緑色の一本がその証だった。
「わたくしはお先に失礼いたします」
ライナーの部屋の前。戸の隙間へと吸い込まれてゆくシルフィードを見届け、献慈はノックをする。
「どうぞ、お入りください」
楽器を抱えたライナーが寝台に、ドナーシュタールを持ったカミーユが椅子に、それぞれ座っていた。
「俺だけ? 澪姉は……」
「あとで会ってく。アンタ呼んだのはシルフィード返してもらうついでだし」
心なしかカミーユの表情が硬い。
「そっか。でも急な話だな。今から祝勝会だって時に」
「剣も手に入ったし、速やかに帰国しろって。依頼主が」
「本国から連絡が? そういえばカミーユたちって、居場所とかどうやって知らせてるんだ?」
それは素人の何気ない疑問であり、明確な答えを望んだわけではなかった。
「そんな必要ないよ。依頼主なら……そこにいる」
「どうも。ライムント・フォン・タンネンハイム宮中伯です」
唐突に差し挟まれた告白に、献慈は唖然となる。
「……え……っ?」
「というわけで、ライナー・フォンターネというのはまぁ、通名ですね。ちなみに子爵家に生まれたのは本当ですよ」
「で、でも今『宮中伯』って……」
笑顔を貼り付けたまま動かぬライナーに代わり、カミーユが口を開いた。
「皇家直属の諜報機関ってのがあって、その室長に与えられる称号がタンネンハイム宮中伯」
「よくできました。……おや? その顔は何かご不満でも?」
「……気づいてたのかよ? あたしがアンタの素性バラそうとしてること」
ライナーは直接答えず、献慈のほうへ向き直る。
「この子は……事情を暴露してしまえば、貴方をこちら側へ引き込めると思ったのでしょう」
「……詳しく話してくださいますか?」
「こうなった以上、是非もありません。洗いざらい話すとしましょう」




