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マレビト来たりてヘヴィメタる!〈鋼鉄レトロモダン活劇〉  作者: 真野魚尾
第八章 身を尽くし

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第117話 私の太刀筋(みち)

 灯滅せんとして光を増す。


 床板を踏み割る震脚とともに、全身全霊を込めて打ち下ろした(けん)()最後の一撃は、ヴェルーリの反撃ごとその身を呑み込んだ。

 間違いなく、届いてはいた。


「グ、フッ……ァハ、ハ…………どうやら……時間切れのようだな」


 重々しく身を起こすヴェルーリの言葉にすべてを悟る。攻撃が当たったまさにその瞬間、献慈は力を使い果たしていたのだ。

 一方で、ヴェルーリの励起状態にも衰えの気配が窺えた。


「さて……残るは死にぞこないの虫ケラが五匹か。余力だけで事足りるわ」


 さりとて、敵は仮にも魔王を名乗る者。その言葉が虚勢であるはずがない。

 だが――。


「足りないな」

「ほざけ。充分だと――」

「一人足りないと言っている」


 床のひび割れから噴き出す緑風が献慈の身に絡みついた。六人目の仲間――シルフィードが敵の間合いから速やかに退避させる。


「……しぶとい奴め。小僧といい――うぬといい」


 ヴェルーリは己に向けられた霊刀の切っ先を、心底忌々しげに見やった。

 立ちはだかるは、平正眼に置かれた(みお)(つくし)天玲(てんれい)の主。


「安心なさい。時間は取らせないから」


 力強く、落ち着き払った声音は、彼女がつい今し方まで死に瀕していた事実を忘れさせる。


「目覚めて早々、死ぬ覚悟を固めたか。殊勝なことよ」


 皮肉で返されようとも、(みお)の自信に満ちた面差しは揺るがない。

 勇猛果敢な(つわもの)は去り、代わりに泰然自若たる将の姿がそこにはあった。


「あいにく誰も死なせるつもりはないから――ライナー! あなたの残りの力、全部私に頂戴!」

「心得ました。ミオさん、貴方に……託します!」


 常に戦局を見張っていた男の判断に、異論を挟む者はいない。呪楽による全能力の強化が澪一人に集中した。


「フン……今さら下駄を履かせたところで何になる? うぬが刀法はこの身体(ローゼンバッハ)が見極めておるのだぞ?」


 ヴェルーリはおもむろに秘剣の構えへと入る。


「あなたは勘違いしてる」


 先制を仕掛けたのは澪だった。予備動作無しの突き技、〈貫刺(かんざし)〉。


「愚かな。娥影(モーント)――……っ!?」


 後の先で迎え撃つヴェルーリの手前で、澪の太刀筋は横薙ぎの〈一風(いっぷう)〉へと変化する。

 小手先のフェイントではない。体捌きの中に潜ませていた内勁が、刀を持った体ごと、二つの技をつなぎ合わせていた。


 太刀先が剣筋をすり抜ける――その予兆を読み取ったであろうヴェルーリは、慌てて剣を引き後退する。

 はたして直撃は免れていた。胸の表面を真一文字に走る傷と引き換えに。


「裏をかかれたぞ。まさかの力業とは」




 この最終局面を、献慈も離れた場所から見守っていた。

 消耗しきって動かぬ体をシルフィードに支えられながら。


「あれは澪様の新たな剣技なのでしょうか?」

「いや、技そのものに違いはないはずだ。変わったとすれば……手の内」


 着目したのは、澪の手元であった。常であれば柄頭に置かれているはずの左手が、鍔元を持つ右手側へ寄せて握られている。


「わたくしは剣術には明るくございませんゆえ、ただただ澪様を信じお任せ申し上げるばかりでございます」

「ああ、俺も信じてる。ただ……」

「いかがされました?」

「シルフィード、一つ頼みがあるんだ」




 澪は刀を八相に付け、敵を鋭く睨み据えた。


「私は今まで刀に振り回されてた。でも本来、刀って振り回すものでしょう?」

「戯れ言を……〈娥影に捧ぐる挽歌モーント・フィンスターニス〉!!」


 今度はヴェルーリが先手を打つ。


「ヨハネスが知るのは――」


 踊るような足運びから閃かす〈颱翻(たいほん)〉は、対の先でヴェルーリの肩を削ぎ落とす。


「ぐぬぅ……っ!?」

「あくまで勘解由(かでの)小路(こうじ)()(のり)の太刀筋。私には――」

「……〈葬送華環(トーテン・クランツ)〉!!」


 立ち上がりざま、ヴェルーリの反撃。


「私の太刀筋(みち)がある!」


 澪は真上からの〈(かぶと)()〉で対抗する。

 上下からの鍔迫り合い――互いの位置関係は言うに及ばず、満ち満ちてゆく闘志と衰えゆく暴威とのぶつかり合いでもあった。


「ぬおおぉァ……っ!! 所詮は『なりそこない』の器かァ……ッ!!」

「観念……しなさい……!!」


 押さえつけた刃が、ジリジリと降下してゆく。

 澪の執念が押し勝ったかに思えた、その時。


「――っ!」


 底なしの悪意が、文字どおり牙を剥いて待ち構えていた。澪はヴェルーリに噛みつかれる寸前をもって跳びすさる。


「逃さぬ……!」


 追いすがろうとする吸精の魔手が、澪の首元へ触れようとする。

 俄然、玄室に響き渡る乾いた音。

 ヴェルーリが動きを止めた。


「な……に、が……」くすんだ金色の瞳がゆっくりと、音の鳴る方を向く。「き、さ……ま……かァッ!!」


 (おお)曽根(そね)臣幸(おみゆき)


「七星護法陣――収束!」


 柏手を打つに従い、展開された護法陣が標的を中心に範囲を狭めてゆく。急激に密度を増した霊力がヴェルーリを抑圧、束縛するに至っていた。

 とどめは娘へと託される。


「あなたが奪った二人の〝死〟――返してもらう」


 上段から脳天をめがけ、一刀両断。


「ヌグゥオオォォ……ッ!!」


 最後の悪あがきだった。澪標の刃は、力ずくに躱そうとしたヴェルーリの肩口から入り、胴を縦に斬り裂いて――止まった。

 否。左右から盛り上がる肉質に挟み込まれ〝止められた〟。


「フッ、ハハッ……道連れ、に……してくれるッ!!」


 止む無く刀を手放した澪の顔に、ドナーシュタールの剣身が影を落とす。




 ――シルフィード、一つ頼みがあるんだ。


「俺が祭印(サイン)を見せたら、奴の頭上に俺を飛ばしてくれ」

「承知いたしました」




「澪姉――!!」


 献慈の投げ落とした杖が、澪の手の中へ狂いなく収まった。

 そんな棒切れで防げるものか――ほくそ笑むヴェルーリの上半身が、胴体を斜めに滑り落ちていく。


「奥義――〈新月(しんげつ)〉」


 音もなく、澪は仕込み刀を杖の中へ納める。


「……うぬらの顔……憶えて、おくぞ……」


 恨み言とともに、ヴェルーリの身を覆っていた陽炎も虚空へと散っていった。




  *




 くすんだ髪色。光が失われ、濁った瞳。

 横たわる胸像は、かつて勇者と呼ばれた男の成れの果てであった。


「そこに…………いるのか……? ミノリ……」


 呼びかける声に皆、歩み寄る足を止めた。

 女は黙って男を見下ろしていた。


「悪い夢、を……見ていた…………ようだ」


 剣士として尊厳ある死を、


「……憧れていた……お前、の……ようには、なれなかった」


 あるいは内に眠る怪物を我が身もろとも滅してくれることを、


「自由とは……程遠い、責任…………勇者、の……」


 願う権利がその男にあったとして、


「俺、は……ただ、お前を……愛する、一人の男……と、して」


 それでもなお身勝手が過ぎると、恨む気持ちもありはしたが、


「いられれば……それで、よかっ――」

「女々しいぞ、ヨハネス」


 すでに勝負はついている。


「私はとうに先へ進んでいる。お前はまだそんな場所で足踏みか?」

「…………道理で……敵わない、はずだ……」

「ああ。お前の負けだ。今日はもう…………休め」

「……そうさせて……もらう…………――――」


 敗者には安らぎを。

 それが武に生きる者の作法だ。

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