第116話 メタルウォリアーだ
「献慈殿は見の目が鋭うござるな」
稽古中の無憂との会話が思い出される。
「けんのめ……ですか?」
「物事の表層、目の前の動作を捉える目にござる。対する観の目とは深層を見通し、全体を俯瞰する視点」
「そっちは俺には難しそうですね」
「なればこそ、見の目を活かすのでござるよ。ありのままに捉え、あるがままに応ずる。然すれば見えぬものに怯え、惑わされることもござらぬ」
*
(――そうだ。あくまで自分の土俵で勝負するんだ)
献慈は不慣れな先読みに頼るのをやめ、従来どおり〈トリックアイ〉を駆使した即応型の戦法に切り替える。
ただただ、必死に杖を振るい続けた。
「食い下がるではないか。その邪魔な棒切れごと叩き斬ってくれよう」
(……! 今バラされるわけにはいかない……!)
攻め入るべきか、退くべきか。献慈の迷いを突いて、ヴェルーリの姿が視界から消える。
「……〈葬送華環〉!」
「かふ……っ!!」
下方からの斬り上げ。鉄の味が献慈の口内を満たす。
(あと半歩踏み込んでいたら、首を切り離されていた……!)
「瞬突――」
(距離を取……駄目だ!! 追って来る!!)
殺意の予兆はすでに献慈の心臓を貫いている。
「しっかりしろ!!」
叱咤の声とともに頭上から攻撃が割って入る。直ちに軌道を変えたヴェルーリの剣が叩き落としたのは、水鳥の羽根を模した飛刀であった。
「……何奴?」
(誰だ……?)
仰向けに転倒した献慈は、自分を見下ろすラベンダー色の瞳と目が合う。
琥珀の翼を広げ、銀の尾羽根を垂らした、鮮緑の鎧を纏う戦乙女。姿こそ変われど、兜に頂いた角状の突起と、長く伸びた青い髪は紛れもなく――
「カミーユ……!?」
「そんな及び腰でミオ姉のこと守りきれると思ってんのか!?」
ヴェルーリはカミーユを見上げ、含み笑いする。
「〈精霊鎧装〉――精霊と合一したか。凡骨は身の程を知らぬ」
「うっせぇ! ケンジ、あたしが牽制するからオマエは攻撃に専念しろ!」
降り注ぐダガーの雨を、ヴェルーリは涼しげな顔で振り払い闊歩する。
「フハハ! 小童どもがじゃれついてきおるわ」
「(ありがとう、カミーユ)……〈彪鞭崩嶺嶄〉!」
タイミングを見計らい一気に飛びかかる。攻めに転じたことで正しく発揮されたその威力は、献慈の想像を超え、
(いける……攻撃が通用している!)
「クッ……居直ったか」
防ぎ止めたヴェルーリを後ずさりさせていた。
「よそ見してんなよ!」
急降下したカミーユはヴェルーリを背後から斬りつけ、すぐさま空中へと舞い戻る。その手にたなびく奇妙な武器は、ダガーを蛇腹状に連ねた鞭であった。
「羽虫めが……図に乗るなよ!」
「ポッと出の寄生虫がデケぇツラしてんじゃねェーッ!!」
再度分離させたダガーを浴びせかける、カミーユの表情は怒りよりも焦りに満ちているように見えた。
「あたしに気を使うなよ! このままぶっ倒すつもりで攻め続けろ!」
「……わかった!」
実際、その意気で臨まなければ足止めすら叶わぬであろう。二対一であっても優勢と感じる瞬間さえ献慈たちには訪れない。
「フハハ……存外楽しませてくれるわ。どれ、褒美に――」
ヴェルーリの剣筋は明らかに献慈を狙っていたが、
(――違う)
「望みのものをくれてやろう」
見た目の動きに反して、殺気は斜め後方へ逸れている。
「カミーユ! 上に逃げ――」
「遅いわ」
ヴェルーリの手を飛び出した霊剣が、カミーユの胴体を貫く。
「……が……ぁっ!?」
「カミーユ!!」
「気を散らすな、うつけめ!」
掴まれた杖ごと、献慈はヴェルーリの頭越しに放り投げられる。
「ぐふ……っ!」
外壁へ叩きつけられた献慈には目もくれず、ヴェルーリはカミーユのもとへ大股で近づいて行く。
「おおかた宮中伯の使い走りだな? 小娘とそこの詩人……いや、あるいは……」
「こ、の……野郎……がはぁっ!」
カミーユは自らの体から霊剣を引き抜き挑みかかるも、あえなくヴェルーリにもぎ取られる。
「せっかくの手土産を突き返すとは、フハハハ……ッ!」
「が……〈嘯風牙〉」
刃が振り下ろされる直前、カミーユは撃ち出した突風の反動で後方へ大きく退避する。
「〈彪鞭崩嶺嶄〉……!!」
同時に献慈も急襲を仕掛けたが、ヴェルーリが背中へ回した剣の平に防がれてしまった。
(手応えが……さっきより……)
「フン……剣を囮に逃げおおせたか。したたかな奴よ」
弱々しい声が、遠くからこちらを気づかっていた。
「悪ぃ、ケンジ……ここまで、だ……」
「ああ。よく頑張ってくれた。あとは休んでてくれ……!」
横たえたカミーユの体から、装甲が溶けるように剥がれ落ちてゆく。元よりあれだけの無茶が長続きするはずもなかったのだ。
それは献慈も同じこと。〈エキサイター〉の効果は減衰に差し掛かっていた。
「小僧、そろそろ限界が来ているな」
「それはお互い様じゃないのか?」
決断への猶予は残されていない。
これは大きな賭けだ。
「フハハ……鎌をかけたつもりか?」
「どうかな。暴走した力を長いこと維持するのも楽じゃないはずだろ」
「仮にそうだとして、我輩に何の不都合があろう。長らえるための糧は目の前にあるのだからな!」
敵は真正面。後ろに道はない。
(……俺が)
襲い来る殺意の嵐。避けそこねた霊剣が身を掠め、魔力の電流が走る。
(みんなを)
意志とは無関係にこわばる体。返す刃が肉を裂き、骨を削いだ。
(澪姉を)
踏みとどまり、狙い受けるのはただ一手のみ。
(守るんだ――!)
ヴェルーリの指先が、献慈の体へ到達した直後。
「うぬを喰ら――っ…………ぅぐぁ……っ!?」
「不味くて残念だったな――」
悶え苦しむヴェルーリに、献慈は逆襲の乱舞を叩き込む。
「――〈鹿戈狼乱〉ッ!!」
一打一打にありったけの力を乗せた連撃は、ヴェルーリの体を大きく傾かせた。
「ごぉッ、小僧ォ……ニンゲンでは、なっ……何、も、のッ……」
「俺を倒せたら教えてやる!」
駄目押しの〈黎明断〉がヴェルーリの脳天を打ち砕く――はずであった。
(くっ……浅い!)
「おのれ……減らず口を……!」
刻限は迫っている。もっと早くから攻めに徹していれば――最善を尽くしたつもりでも、後悔や反省はつきまとう。
それでも、なお。
(力があろうとなかろうと、俺の意志が変わるわけじゃない)
明日へと向かうその足はいつだって、今ここから踏み出すしかないのだから。
「行くぞ、魔王」
「勇者気取りが……望みどおり屠ってくれる!」
「俺は勇者じゃない――メタルウォリアーだ」
誇りと、勇気と、残る力のすべてを懸けて。
「〈獅天濁冽把〉……!!」
燃え盛る極光を身に纏い、献慈は重き魂の鉄槌を大上段に振りかぶる。
★〈仙功励起〉献慈 / 〈精霊鎧装〉カミーユ イメージ画像
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