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マレビト来たりてヘヴィメタる!〈鋼鉄レトロモダン活劇〉  作者: 真野魚尾
第八章 身を尽くし

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第114話 娥影に捧ぐる挽歌

 その声色は、ヨハネスであってヨハネスのものではなく。


「残念だったな。二度もしくじるとは」


 斬り裂かれたヨハネスの上体が、瞬く間に癒合していく。

 死に物狂いで掴んだ優位を覆す、強大な何かが出現しようとしていた。


「……いや、三度目か。勇者ヨハネス・ローゼンバッハ」

「な…………ん、で……」


 (みお)の背中を突き破り、霊剣の切っ先が顔を出す。


「…………澪姉!!」


 駆け出そうとした足がすくむのを、(けん)()はどうすることもできなかった。

 ゆっくりと剣を引き抜く、ヨハネスの容貌が一変していた。


「挨拶代わりだ。〝まだ〟殺しはせぬ」


 くすんだ白髪はおぼろげな光を発し銀色に、赤く淀んだ瞳は黄金色に爛々と輝いている。

 襤褸切れ同然となった上衣を、煩わしげにかなぐり捨てる。妖しく艶めいた肌は蜃気楼のように揺蕩(たゆた)い、この世ならざる力の出処を暗示していた。


「呪楽が……効かなくなった……?」


 後ずさるライナーを、カミーユが問い詰める。


「しっかりしろォ! それよりアイツ、髪の色とか変わってんだけど!? それとカンケーあんだろ!? 多分!」

「あれは……励起状態……」

「レイキ? 何だそれは!?」

純種(オリジン)のみが取りうる一種の暴走形態です。核を持たない『眷属』、ましてや『なりそこない』であるヨハネスに使えるはずがない……!」

「使えてんじゃねーかよおおォ!」


 動揺を隠せぬライナーたちを無視して事は進んでゆく。


「久しいな、娘よ」

「……ぅぐっ……何を、言っ……て……」


 澪は即座に間合いを取る。早くも傷は塞がりかけていた。護法陣の効果は消えていない。にもかかわらず、敵は平然としている。


「憶えておらぬのも無理はない。うぬは早々に気を失ってしまったからな。あの日ローゼンバッハが女に討たれ、我輩がこの身体を我がものとした直後に」

「お母……さんが…………?」

「思えば悪手であった。我輩が女を手に掛けるや、あやつはすぐに己を取り戻してしまいおった。感情の力とはそれほどまでに強きもの――今この時まで、我輩の支配を抑え込み続けるほどに」


 ――お母さんがやられる間際、ヨハンだかヨハネだか、そんな名前を口にしてたのを憶えてて……。


(ひょっとして、()(のり)さんが言おうとしたのは……)


 ――ヨハネス……「じゃない」――


 疑念は確信へと変わる。

 ライナーの推察もそれを裏づけていた。


「可能性があるとすればただ一つ――ヨハネスは単なる『眷属』ではなく、ヴェルーリの次なる器として選ばれたのだとしか考えられません」

「魔王の……器……!?」


 カミーユたちの視線がおずおずとヨハネス――の身体を繰る者、ヴェルーリへと向けられる。


「いやいや、そんなの聞いてねーし!」

「僕だって認めたくはありません。完全に……想定外です」


 ヴェルーリはライナーたちを一瞥し、鼻を鳴らす。


「そう嘆くことはない。我輩とて此度の事態は案の(ほか)。ローゼンバッハめ、遠くへ逃れれば我が支配から抜け出せると踏んだのであろうが……浅はかな男よ」

(遠くへ……本当にそれだけが理由か……?)


 回らぬ頭で献慈は思いを巡らせる。少し前――ちょうど澪が刺された直後からだ。心身が思うように働かない。

 不意に、視界の隅を光が走り抜けた。(おお)曽根(そね)が射かけた霊気の矢が、ヴェルーリの掌に弾かれ消失する。


「貴様こそが……美法の仇か……!」

「『貴様』だと……?」


 ヴェルーリが目を見開くや否や、大曽根の肩が抉れ、血が噴き出す。


「ぐぉあ……っ!?」

「下郎が。分をわきまえよ」


 剣を持つ角度が変わっている。恐るべき迅さをもって斬撃を飛ばしたのだ。


「お父さん!!」

「よそ見をっ……するな! 自分たちの身を守れ!」


 大曽根は娘たちに忠告するも、猶予は残されてはいない。

 ドナーシュタールが再び唸りを上げようとしていた。


ローゼンバッハ(あやつ)は甘すぎる」


 迫り来る剣尖を、澪が迎え撃とうとしたその時。


「〈颱翻(たいほん)〉――」

「〈娥影に捧ぐる挽歌モーント・フィンスターニス〉」


 薄闇の中に紫電の円弧が閃く。新月流の太刀筋を先回りし、裏返しになぞる、まさしく新月封じとでもいうべき剣技であった。


「……ぁ……っ……!?」

「斯様な秘剣技(きりふだ)を出し惜しむとは」


 返り血を浴びながらヴェルーリは、崩れ落ちる澪を冷たく見下ろした。


「ぬ……ぅおおおぉお――――っ!!」


 喉も裂けんばかりに、献慈は号叫する。血溜まりに沈みゆく最愛の人へ、あらん限り手を伸ばす。


「(早く……早く治療を……!)ペインキ……る――ぅグッ!?」


 体内を駆け巡る熱い脈動に、献慈は耐えきれず膝をついた。

 そして思い至る。無意識に押さえた胸の傷痕こそ、この苦しみの根源であったのだと。


(こんな……ときに…………)


 焦燥にあえぐ献慈を取り残し、周囲のあらゆる事象が冷酷に通り過ぎようとしていた。


「フハハ……吸い尽くしてくれよう、死の恐怖もろともな!」


 冷笑するヴェルーリの声が、姿が、さざ波のように献慈の意識をかき消していった。

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