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マレビト来たりてヘヴィメタる!〈鋼鉄レトロモダン活劇〉  作者: 真野魚尾
第八章 身を尽くし

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第109話 颯爽と立ち現れたる

 ――アンタたちの背中は〝みんな〟が守ってくれるよ!


 (たま)()の言った答えは、百歩も進まぬうちにむこうからやって来た。

 だがひとまずはその手前である。


「みんなストップ! ヤバい気配がする!」


 カミーユが警告を発する。

 目の前へと幻出したのは、巨大な白骨の化け物・ガシャドクロ――自重によって崩潰した下半身を引きずる姿は、まるで地中から這い出て来たかのようにおどろおどろしい。


「迂回するんだ!」「二手に分かれて!」


 左右から、(おお)曽根(そね)父娘が呼びかける。

 (けん)()は咄嗟に、距離の近い大曽根とライナーのいる側へ逃れようとするが、


(これで相手も的を絞れな…………くない!)


 例によって魔物の狙いは一人の弱者に集中していた。

 振り上げられた前腕骨の影が献慈を覆う。仮に自分ひとり逃れたとて、ほか二人に被害が及ぶのは必至だ。


(受け止めるしか……ないのか――)


 覚悟を決めようとした献慈の真横を、ガシャドクロの豪腕が不自然な弧を描いて通過する。

 頑強な拳骨が地をしたたかに打ちつけたが、範囲を外れていた三人ともに無事だ。


(何が起こって……?)

「〈空間歪曲(ディストーション)〉!」ライナーが看破する。「ということは――」

「やはり貴方たちか」


 大曽根とともに空を仰ぎ見る。献慈の目に映ったのは、武装した魔人の男女二人組だ。


「苦境にある友人らを見過ごせるものか。なぁ、シグヴァルド」

「おうよ。飛ばしてくれ、ノーラ――〈驚襲爆渦山(マグマコマンドー)〉ォオオッ!!」


 山なりの軌道を描いて飛来したシグヴァルドは、灼熱渦巻く矛槍(ハルバード)でガシャドクロの肩甲骨を打ち砕くや、献慈たちのもとへ鮮やかな着地を決める。


「ボーイズの危機に有給取って参上つかまつったぜ!」

「そ、そうですか……ありがとうございます」

「ここはオレたちが食い止め……おっと」


 ガシャドクロの反撃を難なく防御するも、質量の差は如何(いかん)ともし難く。シグヴァルドは後退を余儀なくされる。


「チッ……ホネだらけのくせして大した重量だぜ。おい、ノーラぁ! きっちり援護しろよ~!」

「言われずとも――〈突破孔(フラクチャー)〉!」


 崩れかけの片腕がねじれ飛び、支えを失ったガシャドクロの上半身が横転した。

 進むならば今だ。


「よぉし! 進めー、者どもー!」


 ちゃっかり号令を下すカミーユに続き、四人も速やかに戦場を離脱した。




 目的地まで目と鼻の先というところで、またしても邪魔立てが入る。


「このまま突っ切る?」

「間に合わない。隠れながら進みましょ」


 カミーユと(みお)が取り交わす向こうに、翼を広げたイツマデが具現化を終えようとしていた。

 見つからぬうちにと林へ退避するが、怪鳥のくぐもった鳴き声は不穏な気配を感じさせる。


(詠唱……まさか、な)

「……まずい」カミーユが声を漏らす。「こっちが風上だ」

「そうか! 匂い――皆さん、散ってください!」


 知らせは届かない。すでに献慈と澪のふたりは術の効果範囲に囚われてしまっていた。


(ライナーさんが何か言っている……?)


 異常に気づくのは容易かった。仲間たちの挙動、木の葉のざわめき、周囲のものすべてが、目まぐるしい速度で動いている。

 耳に入る音もまた然り。


(速すぎる……というより、相対的に俺たちが〝遅くなっている〟――)


 原因は明らかだ。魔力で作られた透明の膜が、付近を球状に覆っているのだ。


「(この術はピロ子さんが使ってた……)〈停滞(スティルライフ)〉だ!」

「早く範囲外へ!」


 並んで駆け出すふたりの前方に、弓を引き絞る大曽根の立ち姿があった。

 矢尻の向く先――鋭い鉤爪が、嘴の内側に並んだノコギリ状の歯が、はっきりと見える距離まで迫っていた。


(もう追いついて――)


 ふたりが構えを取る――よりも早く、両翼を射抜かれたイツマデが急停止する。


(――ん? 両翼……?)


 術が解け、反動でスローモーションになった世界に差し込むのは、一条の――


「〈()()(ばしら)〉」


 落雷のごとく急降下する十字槍が、巨鳥を脳天から串刺しに葬り去る。

 颯爽と立ち現れたる若き偉丈夫こそ誰あろう、(かしわ)()(ごん)()()(もん)之丞(のじょう)であった。


「まずは一体か」

「か、柏木さん……だけじゃない――」


 次第に元のスピードを取り戻す景色の向こうに、献慈たちはいま一人の懐かしい顔を見る。


「ホラホラ、アンタの相手はここだよ!」


 紅梅色の肌をあらわに、(クロスボウ)を構えた鬼人の女傑が、もう一体のイツマデを迎え撃っていた。

 澪が歓喜の声を上げる。


「カガ姐さんも来てたの!?」

「あいよ。今片付けるからね……っと」


 常人であれば全身の力を要するクロスボウの固い弦を、カガ()は腕力だけで引き戻し、()を装填している。その連射速度は敵に詠唱の隙を与えぬほどだった。

 だったのだが。


「あれま」突如クロスボウが音を立て、真っ二つに破損する。「ちょいと力を入れすぎたかねぇ」


 あっさりと武器を捨て去るカガ璃。その隙を突いて、イツマデがここぞと突進を開始していた。


「か、カガ璃さん、前!」

「姐さんなら大丈夫」


 澪が言った意味を、献慈は間もなく思い知るのだった。

 衝突間際、


「どりゃあぁああぁ!!」


 カガ璃の突き出した掌底が、イツマデの頭部を跡形もなく粉砕していた。


「え? …………え!?」


 宙に取り残された胴体がびくりと跳ね上がり、地響きを立てて地面に落下する。

 柏木が言い添えた一言が全てだった。


「心配するだけ無駄だ。カガ璃はオレの数倍強い」

「……そういうの……もっと早く言っといてくれません……?」


 村を旅立って二ヵ月後に知る真実であった。

 そうこうするうち、カガ璃がのしのしと大股で歩み寄って来る。


「いや~、こんな時に邪魔が入るたぁ災難だったねぇ」

「助けてくれたのは嬉しいけど……姐さんたち、どうやってここまで来たの?」


 澪の疑問に答えたのは柏木だ。


「あのノーラという女だ。正確には、奴が実験と称して設置した転移ゲートを使った」

「面白そうだから、風呂屋の中庭に取り付けてもらったのさ。試してみない手はないだろう?」


 楽しげなカガ璃とは対照的に柏木は、


「……こんな調子でな。オレはこの危険人物の見張り役だ」


 呆れ顔ならぬ諦め顔を見せる。

 ともあれ、敵は片付いた。大曽根が助っ人たちにねぎらいの言葉をかける。


「二人ともよく来てくれた。あとは我々に任せてくれたまえ」

「皆様方もご武運を。オレたちは……あちらへ助勢に入りましょう」


 遠くではまだシグヴァルドたちが戦っている。いつしかガシャドクロも二体に増え、牽制を引き受けるノーラも忙しそうだ。


「頼みます」


 献慈が言うと、


「それはこちらの台詞だ」柏木は囁くように言葉を託した。「今こそ先生の無念を晴らしてくれ」

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