第104話 七日ぶりの帰還
七日ぶりの帰還、時刻は午後二時。
ゆめみかん到着を告げるススキ野原の景色がふたりを迎え入れる。
「帰って来たよぉ~。お米のご飯が食べられるよぉ~」
「うん。久しぶりに和菓子とかも食べたいよね」
「そーだねー。私あれがいいなー、もち米がつぶつぶになった……」
談笑の最中、ふと澪の視線が動いた。
湖のほとり、ジオゴと無憂が諸肌を晒し相対していた。各自、木刀と八角棒を持っての模擬試合だ。
「珍しい組み合わせだな」
翼を封じて戦う無憂とジオゴの腕前は拮抗している。
「巳九尼流……本当に無駄のない太刀筋」
エイラズー滞在中、マシャド道場を見学に訪れた。
師範代によれば南伝巳九尼流は、対魔物戦に特化する過程で失った対人戦での駆け引きを、剣道の技術を取り入れることで補ったという。
素早い踏み込みと打ち込み、競技上必要不可欠な「当てる技術」。
「アチャァ――ッ!!」
「むっ……お見事」
一撃必倒に重きを置くがゆえ、大振りになりがちな攻撃を、確実に届かせるための「試合運び」という視点。
それらはたとえ「死合」に臨むうえでも価値が失われるものではない。
(真田さんも考えて、悩んで、乗り越えてきたんだろうな)
しみじみと思いにふける献慈や澪のほかにも小さな観戦者が二人、柵に腰掛け勝負の行方を見守っていた。
「雄々しき偉丈夫たちの! 鋼のごとく鍛え抜かれた! 隆々たる筋肉の躍動! いや~、眼福眼福」
カミーユの間違った熱狂ぶりを、絵馬がたしなめる。
「真剣な競い合いを邪な目つきで舐め回さないでいただけますか? あなたという人は……まさに不純の塊、煩悩の擬人化といっても過言ではありませんねっ!」
男たちに負けじと、娘たちも賑々しく意見を戦わせていた。
「おぅおぅ、言ってくれるじゃねーかよー。アンタだってちったぁオトコのカラダに興味ぐらいあんでしょーが」
「それについては否定はいたしません。ただ……あの二人はいささか健康的すぎますね。わたしの好みはもっとこう、細身で顔色が悪い……できればケガをしていたり、病気で弱っている感じの男性であるとよりソソりますねぇ……フヒヒ……」
「なるほどー、よぉくわか……いや、わかんねーよ! ってかオマエこえーわ! どんな趣味してんだよ!?」
「他人の趣味にケチをつけるとは無粋な……」と絵馬は顔を差し向け、「澪さんならばわかってくれますよね?」
こちらへ話を振ってきた。
「うん、わかる!」即答。
「(わかるのォッ!?)た、ただいま……」
「おかえり~」と、カミーユ。「遅かったじゃん。さっさと土産よこせオラァ」
二言めにはヤンキーばりの圧力で献慈へ肉薄する。
「いやいや、後で渡すからさ! ちょっ、待っ……」
助けを求めようにも澪は絵馬と和気藹々の談笑中、図らずも分断された格好だ。
「ケチくせぇこと言うなよ~。あんだろぉが、ホクホクの土産話がよォ~」
「土産話……?」
エメラルドの瞳に邪悪な光が宿る。尋問の時間だ。
「おうよ。ミオ姉と一線越えたり越えなかったりっつー話」
「いっせ……あ、あるわけないだろ!」
「おい、まさか……一週間もふたりっきりで何一つ進展なしかよ!?」
「な…………えっと……」
「ほぅ。こいつぁ何かしらはあった反応だなァ?」
「そっ! そんな大したことでは……あるような! なきにしもあるような!」
「ま、後でミオ姉に訊けばいっか。おだてりゃ簡単に口割ってくれそうだし」
「たしかに……いやっ! たしかにって!」
献慈が自分にツッコむのを待たずして詰問タイムは終了する。
一方で模擬戦のほうは一段落ついたらしい。男たちが汗を拭いながら、連れ立ってやって来た。
「これは献慈殿。旅の首尾はいかがであったかな?」
「ただいま無憂さん。ジオゴさんも……奥さんは不在でしたが、お嬢さんには何かとご厄介になりました。お礼を言わせてください」
「何の。リッサぁ、ああ見えて淋しがりじゃけぇ、また機会あったら仲良うしちゃってつかい」
深々と頭を下げるジオゴ。組太刀での武士然とした佇まいから一転、いかにも人の親といった風だ。
「ええ、もちろん――」
「私たちリッサとはすっかり友だちですから」
割って入ったのは澪。絵馬を肩車しての登場だ。
「澪さんは誰とでも距離が近いですよね……」
「そんなことないよ。苦手な人だっているし。永和とか」
(思いっきり名指ししてる……)
下手に触れれば燃えかねないところ、まったく意に介さぬ剛の者もいる。
「なるほど、旅先での縁に恵まれた様子。善き哉善き哉」
(無憂さんホント空気読まないな……)
「してご両人、お疲れのところ悪いが、宿で客人が待ちかねてござるぞ」
誰かと問うよりも先に、カミーユがヒントを投げ入れた。
「そ。ふたりともよく知ってる人」
献慈は澪と顔を見合わせる。皆は口をつぐんだまま、思わせぶりな笑みを浮かべるだけだった。




