雪の皇女シュネ―は一年後に死ぬ
「喜べ、シュネー。お前の結婚が決まったぞ」
それは、わたしにとって死刑宣告のようなものでした。
雪の帝国と呼ばれる、常冬の国インベルノ。
太陽の帝国と呼ばれる、常夏の国アスティウ。
この2大国は、大きな山脈を境に国境を接していた。
インベルノ帝国は、白い肌に白い髪が特徴的な寒さに強い民族が多く住まう国だった。永久凍土から採れる氷を使った細工物が有名で何処か皆、冷たい印象を受ける……そんな国であった。
一方、アスティウ帝国は色とりどりの鮮やかな髪に褐色の肌を持つ人々が暮らす夏の国である。温暖な気候のため一年中花が咲き乱れている。人は気さくだが、少し荒々しい一面があり国内紛争も起きているとか。
2つの国の交流は、決して多くなかった。
それでも、年に数回、友好の証として、お互いの国から使節団が送られてくるのだ。
しかし、使節団は皆浮かない顔をしている。その理由は、2つの大国の呪いとも言える関係にあった。
インベルノ帝国の民が山脈を越えアスティウ帝国に足を踏み入れるとその暑さから、白い肌が焼け焦げ一年以内に命を落すと。その遺体は焼死体のように黒く変色し肌がただれていると誰かは言った。
逆にアスティウ帝国の民がインベルノ帝国に足を踏み入れるとその寒さから、褐色の肌はみるみるうちに青白くなり、こちらも一年以内に命を落すと。その遺体は氷よりも冷たく青白い凍結状態だと誰かは言った。
そのため、2つの大国は安易に使節団を送れず、また山脈を越えることが出来なかった。
互いに、互いの国に一歩踏み込むだけで死に至るという呪われた関係なのだ。
だから両国の関係は何百年との間、国交は断絶されていた。
そんな時、誰かがいったのだ。
インベルノ帝国とアスティウ帝国の血を受け継ぐものが生れれば、山脈を自由に行き来することが出来るようになるのではないかと。
それは画期的なアイディアだった。
しかし、誰も試そうとしなかったのだ。それは、あまりにもリスクが大きいからである。
互いに山脈を越えた時点で、余命は一年となる。その間に子供を産まなければならないのだから。しかも、命がけで。
だから、誰も試そうとしなかった。近年までは――――――――
***
「遠路はるばる良く来てくれた。インベルノ帝国第二皇女、シュネー・インベルノ」
そう、直視するには眩しいほどの笑顔で歓迎してくれた彼はアスティウ帝国の皇太子、ソアレ・アスティウ。わたしの夫となる人だ。
わたしは今、アスティウ帝国の王城にある迎賓館にいた。
部屋に入るなり、わたしは驚いた。部屋の内装や調度品がすべて異国情緒あふれるものだったからだ。
壁には金箔を貼った巨大なタペストリーがかけられており、床には真っ赤な絨毯が敷かれていた。そして、テーブルの上には色鮮やかなフルーツがこれでもかと盛られた皿が置かれている。
さらに、窓際には、見たこともないような鳥かごが置かれていて、その中にはオウムのようなカラフルな小鳥たちが楽しげに飛び回っていた。
「どうだ?この帝国のこと少しでも気に入ってくれたか?」
わたしがキョロキョロと室内を見渡していることに気づいたのか、彼が問いかけてきた。
「えぇ、とても……」
わたしがぎこちなくだが、そう答えると彼は嬉しそうな表情を浮かべた。
「この国自慢の装飾品なんだ。今度是非、城下町を案内させて欲しい。もっと面白いものをお前に見せてやろう」
「……殿下、お言葉ですが、わたしは貴方とじっくりお話しするためにきたのではありません。そんな時間、わたしたちには不要でしょう?」
すると、彼の顔から笑みが消えた。代わりに苛立ちの色が見え始める。
あぁ、これはまずいかもしれない。と私はギュッと拳を握ったが訂正する気はなかった。だって、事実だから。
わたしは、両国を繋ぐという目的の為にここに嫁がされた。
両国の血を引く子供を作るためだけに。わたしは使い捨ての道具なのだと理解していた。
インベルノ帝国の国王でありわたしの父親に、インベルノ帝国の未来のための生け贄として選ばれたときから……わたしは自分の運命を受け入れた。
だから、話し合いなど不要なのだ。無駄なのだ。
わたしは既に山脈を越え、呪いを受けた。もう余命一年しかない。
その間に、子をなし産まなければならないのだ。
だから、目の前の彼には申し訳ないが、わたしと彼の間に愛が生れることはないと思っている。
愛してしまったら、死ぬことが怖くなるから……
「なるほど、お前は俺を愛していないというのか……これは、政略結婚とはいえ、傷つくな。俺はこんなにもお前のことを想っているのに」
「……」
彼は大げさに悲しんで見せたが、すぐにまたにっこりと笑って言った。
太陽の光を一身に浴びたような眩い金髪に、何処か温かさを覚える褐色の肌にたくましい筋肉。それは、インベルノ帝国では見たことの無い色をしていた。
彼はアスティウ帝国に古くから伝わる皇族の証である金色の瞳を持っていた。
その瞳を見た者はどんな相手も虜にしてしまうと、インベルノ帝国の古い文献に書かれていた。その瞳で見つめられると心が奪われてしまうらしい。
実際、わたしは彼から目が離せなかった。
「一目惚れなんだ。こんなに美しい女性は今まで見たことが無い」
そういって、彼はわたしの手を取った。わたしの指先に口づけを落とす。
彼が積極的なだけなのか、それともこの国の人は皆こんな感じなのか分からないがインベルノ帝国では考えられない行動にわたしは戸惑いを隠せなかった。
インベルノ帝国では相手に好意を伝える際、言葉や行動ではなく贈り物を相手に贈るという習慣があったからだ。
だから、こんな風にストレートに言葉で行動で表すなんて信じられなかった。
きっと、これが彼の国の文化なんだろう。わたしは、彼の手をそっと握り返した。
そして、微笑む。
大丈夫、ちゃんと笑えてる。
「ありがとうございます」
「お世辞で言っているんじゃない。本当だ。その銀色の髪に、宝石のような蒼い瞳に、白い肌に……お前の全てに惹かれたんだ」
「殿下」
「これから、俺の妻になるんだ。ソアレでいい。シュネ―」
彼はそうわたしの名前を呼ぶと、またあの太陽のような笑顔をわたしに向けた。
その笑顔に、わたしの胸はギュゥッと締め付けられた。
(そんな笑顔……向けられたことない)
わたしは、インベルノ帝国では常に邪魔者扱いされてきた。
第一皇女である姉は私よりも優れた容姿と頭脳を持っていたため、宰相の息子との婚約が早くから決まっており、また第一皇子である兄は名高い公爵令嬢との結婚が決まっていた。
残ったわたしはというと、早く嫁に行けと云われその結果この帝国に半場追い出されるような形で嫁がされた。
あそこには、愛も何もなかった。ただ冷たい湖の底だった。
だから、こんなにも自分を必要としてくれる人を前にするとどう接していいか分からなくなる。
「でん……ソアレ様、わたしは貴方が思っているほどいい人間ではありません」
「どういうことだ?」
「わたしは……愛を知らないのです。だから、貴方を愛することが出来ないと思います」
「愛とは、互いに想い合うことだと思うが?」
「……わたしは、貴方との子を産むためだけに嫁がされてきました。貴方とは初めて会いますし、貴方を知る時間もわたしには残されていない……だから、ソアレ様……どうかわたしを、愛さないでください」
わたしの言葉を聞いた彼は、少しの間黙っていたが、やがて笑いだした。
一体何がおかしいのか、わたしにはさっぱりわからない。
しかし、彼はしばらく笑うと、わたしを抱きしめた。
わたしは、突然の出来事に頭がついて行かず、固まってしまった。
「お前は、氷のように冷たいな」
「……インベルノ帝国の者ですから」
「そんなことは関係無い。もし、お前が冷たく凍りついてしまいそうになったら、俺がいつでも溶かしてやるからな」
彼はそういうと、わたしの唇に自分のそれを重ねた。
わたしは、彼の腕の中で身動きが取れないでいた。
彼の手がわたしの背中に回され、さらに強く抱き寄せられると、わたしは抵抗する気力も無くなっていた。
焼け焦げるほど熱く、温かく、苦しい……
彼の抱擁から逃れる術はなかった。けれど、決して嫌ではなかった。
彼の温もりを感じながら、わたしは彼の肩越しに窓から見える景色を見つめていた。
窓の外に広がるのは真っ青な空に、広大な大地……そして、どこまでも続く山脈。
あの山脈を、冷たい氷の檻を抜けてわたしは自由になったのだと今実感したのであった。
***
結婚式はもうそれは盛大に行われた。
インベルノ帝国の皇族の結婚式など比べ物にならないほどの豪華絢爛な式となった。
まず、わたしのドレスが素晴らしかった。
インベルノ帝国では白を基調とし、肌を出来るだけ隠すドレスが主流だったが、こちらでは白だけではなくこの帝国にさく南国の花々をふんだんにあしらい、しかも露出度が高く、とても華やかで美しいデザインとなっていた。
また、装飾品の類いにもこだわりがあり、真珠や珊瑚などの海を思わせるような宝石を散りばめたネックレスに、金細工のイヤリングに、ダイヤモンドの指輪に……とにかく、どれもこれも一級品で、わたしには勿体ないぐらいのものだった。
そして、わたしの夫となる皇太子ソアレはというと、その帝国の皇族らしく豪華な衣装に身を包んでいた。
まさに、太陽そのもの。
眩しいくらいに光輝いているその姿に、わたしは目がくらみそうになってしまった。
ソアレ様はわたしの姿を見ると嬉しそうに微笑んでくれた。その笑顔だけで、わたしの心は満たされていくようだった。
「美しいな、シュネー」
「ソアレ様も……とてもお似合いです」
それから式は順調に進んでいった。
勿論、インベルノ帝国の人達が祝いに来ることも家族が帝国に訪れることもなくわたしは全く知らない人達に歓迎され、祝福された。
だが、悪い気はしなかったし、わたしを温かい目で寛大な心で向かい入れてくれたアスティウ帝国の民に感謝を精一杯伝えた。
インベルノ帝国はアスティウ帝国だけではなく異国の者を酷く嫌っていたため、歓迎するどころか、蔑んだ視線を向けるのが常だった。
そのため、この国の優しさに心底感謝した。
花びらのシャワーに、軽快なダンスと音楽。結婚祝いだと、ソアレの親族からサファイアの瞳を持つピンク色と金色のフラミンゴを2羽貰った。
そんなこんなであっという間に時間は過ぎていき、わたし達は初夜を迎えることになった。
わたしはソアレに連れられ、寝室へと入った。そこで、わたしは驚愕した。
何故なら、部屋中に所狭しと置かれた色とりどりの花で埋め尽くされていたからだ。
そして、その中央には天蓋付きのベッドが置かれていた。
その光景に圧倒されていると、わたしは彼に手を引かれ、そのベッドの上に押し倒された。
わたしはこれから何をされるのか理解していたためか、恐怖よりもこれから起こるであろう未知の体験への好奇心の方が勝ってしまい、わたしは思わず笑ってしまった。
すると、彼は驚いたように目を丸くしたがすぐに笑顔になり、優しくわたしを抱き寄せた。
その夜は、一生忘れられないものとなった。
熱く、一つに溶け合うような……頭のてっぺんからつま先まで熱されるような感覚。
何度も何度も求められ、愛された。
こんなにも激しく求められることなど初めてだったため、わたしは途中から意識を失ってしまった。
それでもなお、わたしを求めてくる彼をわたしは必死で受け止め続けた。
(愛とは、こんなにも素晴らしいものなんだ)
わたしは、薄れゆく意識の中でああこれが、愛なのだと、幸せなのだと思うのであった。
***
アスティウ帝国に嫁いで一ヶ月が過ぎた。
使用人達には、アスティウ帝国に来てから顔色が良くなったとか、わたしもソアレに何かしてあげたくて使用人達に彼の好物やらおすすめの場所やらを聞いて盛り上がっていた。
「おはようございます。ソアレ様」
「ああ、おはよう、シュネー。今日もシュネーは可愛いな」
「……そんなこと、ないです。それを言うならソアレ様の方がか、かっこ……格好いいです」
わたしは、ソアレと過ごす日々に幸せを感じていた。彼といると心が安らぎ、自然と顔もほころぶのだ。
そんな彼に対してわたしは徐々に惹かれていっていることを自覚していた。
それでも、わたしからは愛を伝えなかった。
どれだけ彼を好きになって愛しても、わたしは彼と同じ時を生きることは出来ない。それは、この帝国に来たときから決まっていたから。
だから、この瞬きの時を噛み締め、夢だと言い聞かせ幸せに浸ることにした。
死ぬのが、だんだんと怖くなってきてしまったからだ。
その予兆だってある。使用人達に、ソアレには黙っているように言ったがここ最近何度か吐血してしまった。自分の真っ白な手のひらに真っ赤な血が生々しく付着した光景を見ると、意識が遠のくのを感じた。
実家から届いた手紙には、わたしの身体を心配するようなことは何一つ書いてなく、もう子供は出来たのだとか、早く孫の顔を見せろだとかそういった内容ばかりだった。
もうわたしを人として見ていないのだと悟った。
だから、その後も届く手紙は全て燃やすように使用人達に指示を出した。
彼ら彼女らはそれを快く聞き入れ、燃やしてくれた。そして、あんな人達の言葉に耳を貸す必要ないですよと優しい言葉をかけてくれた。
そんなある日、つわりと思われる症状が急に現れた。
今までの比ではないほどに激しい嘔吐感に襲われ、その度にわたしはトイレで胃の中のものを吐き出した。
わたしの異変に気付いたソアレは、すぐに医者を呼び診察してもらうことにした。
その結果、妊娠していることが判明した。
「男の子だろうか、女の子だろうか。楽しみだな」
「ソアレ様……気が早いですって」
「いや、シュネーに似た可愛らしい子が生まれて欲しいと思ってな」
「いいえ、ソアレ様に似た格好いい子が生れると思います……でも、どちらにしても素敵な子に育つと思います。わたしと貴方の子だから」
ソアレはわたしのお腹に手を当てながら、嬉しそうに微笑んだ。
わたしはその光景を見て、涙が溢れそうになった。
どんな子が生れるんだろうかと、二人で何時間も話し合った。
ソアレは、わたしに似た綺麗な蒼い瞳を持つ子が生れてきて欲しいと。わたしは、ソアレに似た眩い金髪を持つ子が生れてきて欲しいと。
肌の色はどちらでもいい。でも、かなうのであれば白でも褐色でもないもっと暖かな色がいいとも思った。
「早く生れてきて欲しいな」
「……そう、ですね」
ソアレはわたしを抱き寄せた。彼の温もりを感じて、わたしは安心する。この人となら大丈夫。きっと上手くやっていけるはずだ。
しかし、そしてその日を境に、わたしは体調が悪くなることが多くなった。
わたし達の願いとは裏腹にわたしは日に日に苦しみを感じるようになっていった。お腹が張り裂けそうなほどの痛み、頭が割れるような頭痛、胸が苦しい、息ができない、動けない。その苦しみは次第に酷くなり、わたしの精神も肉体も限界を迎えていた。
それは、妊娠による疲労だけではないこと。
この国に来てから、肌の色は良くなったが肌が乾燥しやすくなり何度もヒビが入ったように割れてしまうことも、髪の色がくすみ美しかった銀色が鈍色になってしまったことも。
全て、山脈の呪いによるものだとわたしは悟った。
「ソアレ様……わたしは大丈夫ですから、仕事に戻られた方が……」
「お前より大事なものはない。安心しろ俺は、ここにいるからな」
わたしは、ベッドの上で横たわっていた。
ベッドの横には、ソアレが椅子に座ってわたしの手を握ってくれている。彼は、わたしの手を握りしめ、何度も何度もわたしの名前を呼んだ。
彼は泣いていた。彼はわたしの手を離そうとしなかった。彼は、ずっとそばにいると言ってくれた。
彼が、本当にわたしを愛してくれているのだと実感できた。
それが、とても嬉しいのに、素直に喜べない自分がいた。
これ以上未練が出来たらどうするんだと。
初めから分かっていた。自分には一年しか残されていないこと、そして、その一年を耐え抜き雪が溶けるようにこの世から消えること……それを初めは望んでいた。
でも、ソアレと出会ってその考えが揺らぎ怖くなった。
誰からも愛されないと思っていたが故に、これほどまでに大きな愛で包まれて、凍っていた心を溶かしてくれた人に出会えて。
もっと生きたいと、欲が出てきてしまったのだ。
だが、これは政略結婚で、山脈の呪いを消すための最初の一歩。
そのための犠牲、生け贄……それがわたし。
「ソアレ様、わたしが死んだら、わたしの骨はアスティウ帝国に埋めてください」
「……何故、死んだ後の話をする?」
「ソアレ様も気づいているでしょう?わたしは、山脈を越えました。その時既に呪いにかかった……ですから」
ソアレは、聞きたくないとでも言うように怒りを露わにし机を思いっきり叩いた。
「……もし、俺がシュネーと同じ国に生れていたら」
「わたしはもう、この帝国の一員ですよ。それに、ソアレ様が言ってくれたじゃないですか。生れた国は風習は関係無いって。ここに来て、わたしはいろんな事に気づかされました。この帝国の人達の温かさに触れて、そして何よりもソアレ様がわたしの心を溶かしてくださいました。だから、わたしも立派なアスティウ帝国の一員だと……わたしはそう思っています」
「シュネー」
わたしは彼の頬に手を伸ばし優しく撫でる。
すると彼は涙を流しながら、笑みを浮かべた。
わたし達は、唇を重ねた。
わたしの身体は日に日に衰弱していった。
ソアレは毎日のように仕事を抜け出して会いに来てくれる。そんな彼に対してわたしは何もしてあげられなかった。
わたしは、彼に何もしてあげることが出来なかった。
わたしは、自分の身体が思うように動かなくなったことに焦りを感じていた。でも、それでもソアレはわたしを見放したりしなかった。
最後までわたしを思い、わたしを愛してくれた。
わたしも、動かない身体で精一杯自分の愛を彼に伝えた。
今までは、言葉で自分の思いを伝えることが怖くて出来なかった。でもここに来てその考えは変わった。
伝えなきゃ伝わらない。
愛は、秘める物ではなく伝えるものなのだと。
わたしは、ソアレと出会って、自由と愛を得た。
わたしは、世界一幸せなソアレの妻だと心から思ったのだった。
***
「インファン、見えるか。あの山脈を越えた先にお前の母親が昔住んで居た国があったんだ」
ソアレは、窓から外を見ながら呟く。
ソアレの腕の中で眩いほどの金髪に蒼い瞳を持った小さな赤子が身を乗り出し、窓の外を見る。そこには雄大な山々が広がっていた。
あれから、無事に子供は生れたが、子供を産んだと同時にシュネーの身体はピタリと動かなくなり、子供を産んで数日後に息を引取った。
葬式には、何百、何千もの人々が列をなしシュネーの死を悲しんでいた。
シュネーの亡骸は、火葬され遺骨はアスティウ帝国の墓所へと埋められた。
そして、残されたソアレとシュネーの娘はインファンと名付けられた。
一度、ソアレはシュネーが生まれ育ったインベルノ帝国に訪れようと山脈を越えようとしたことがあったが、そこでインベルノ帝国とアスティウ帝国の境に薄桃色の花を見つけ、その花の名前を取って名付けたらしい。
インベルノ帝国にもアスティウ帝国にも咲かないその花に、ソアレは感動した。
冬と夏の間でさく、儚い花。
風が勢いよく吹き、その小さな花の花弁は宙へ舞う。その様子もまた幻想的だった。
結局、ソアレはインベルノ帝国を訪れることはなく、娘のインファンと二人きりの生活が始まった。
最初は、インファンとどう接すればいいか分からなかったが、持ち前の陽気さと暖かさでインファンの心を掴み、そして次第に慣れていき、今ではインファンはソアレを父親としっかり認識し、彼に抱き上げられるたび花のような笑顔を見せるようになった。
シュネーを失ったことで、心にぽっかりと穴が開いたソアレだったが、娘を育てることでソアレは改めて自分が父親になったことを感じ、それと同時に自分には家族がいるのだと実感することができた。
勿論、シュネーの事は片時も忘れたことはない。
一度、アスティウ帝国に雪が降ったことがあった。そして、その雪を見てソアレはシュネーを思い出し、まるで彼女のようだと呟いた。
彼女は、その雪のように静かに消えてしまった。
だが、彼女の存在は決して消える事はない。
これからも、ずっとずっと永遠に残るのだ。
そして、ソアレは愛する妻が残した宝物であるインファンのために生きることを決めた。
例えどんな困難があっても、必ずこの子を守り抜くと誓ったのだ。
『ソアレ様』
『何だ、シュネー』
『わたし、幸せです。ソアレ様と出会えて、ソアレ様に愛されて……ソアレ様を愛することが出来て。とても幸せです』
そんなシュネーの最期の言葉を思い出しながら、ソアレはインファンと手を繋ぎシュネーの墓参りに行くのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
もしよろしければ、ブックマークと☆5評価、感想など貰えると嬉しいです。
他にも、2作連載作品、短編小説があるので是非。
こそこそ話になりますが、『インファン』とは桜という意味です。
冬と夏の間に生れた子、(冬春夏秋)ということで二人の娘ちゃんの名前はインファンになります。
夏冬関係だと、連載作品の『俺様キャラはタイプじゃないので、どうぞフィクションの世界にお帰り下さい』があります。こちらは現実恋愛+異世界要素入っているラブコメとなっていますのでよければどうぞ。
それでは、次回作でお会いしましょう。