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救国のDULLAHAN  作者: チビ大熊猫
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 赤子は国の第一王子として生まれた。そしてそれには、首から上が無かった。



 バレリアイ王国。

 歴史あるこの国は現在、かつてない危機に見舞われていた。国難である。それは現国王と王妃の間に子宝が恵まれないということだ。不妊治療に専念していたが中々に効果が見込めずに今に至る。

 そこで、王国は山奥の名高い魔法使いの元を訪ねた。

 ミーノックと呼ばれるその老人は嘗て、魔法を使う特異な人間として一躍名を馳せたことがある。古くに伝わる伝承のような認識の類いというわけだった。

「……つまり、子宝に恵まれるよう儂に助力を申し出ているわけか? 国が」

「ええ、翁。あなたの噂はかねがね耳にしております。現に国民の高齢者はあなたの偉業を目にし、助けられたこともある人も多いとか」

 国から王と王妃、そしてそれを取り巻く従者・騎士達が総出でやって来ていた。ミーノックの家に入りきらない兵は外で厳重に警戒し護衛に徹している。

「魔法使い、ねえ。藁にも縋る思いとはいえ、ほんとにこんな爺さんで解決するような問題なのか?」

 騎士の一人、バロンが疑わしいとの視線をミーノックに送る。

「……」

「バロンっ。わざわざ話を聞いて下さっているのに失礼だぞ。立場を弁えろ。……大変失礼をした、申し訳ない」

 王の側近であり国の古株であるケブロンがバロンを叱責する。

「ふん」

 国王であるハリーが口を開いた。

「して、ミーノックよ。そなたには出来るのか? こやつの体に子を宿すことが」

 ミーノックは眉間に皺を寄せ、ふざけるなと言い放つ。

「この年寄りを奇人だなんだと揶揄し、こんな山奥に追いやったのはどこのどいつか忘れたのか」

 ハリーが苦い顔をする。ミーノックは続けた。

「ハリーよ。忘れたとは言わせんぞ」

「おい、国王に向かって無礼だぞっ」

 大柄な騎士、テントが声をあげる。しかし、ハリーとミーノックは旧知の仲だった為、ハリーもケブロンも憤るようなことはなかった。

「やめろ。国王と翁は昔からのお知り合いだ。いや、翁に関しては先代、そして先々代とも知り合いでおられる」

「はぁ!? 一体この爺さん何歳なんだよ……」

 テントが零した言葉にミーノックが答える。

「四百を超えた辺りから数えておらんわ」

 場が騒然とする。すると王妃ペルコが進言する。当然、他人事ではない話だ。

「確かに我々王族があなたを()なるものとして邪険に扱っていたとは聞いています。……報酬は弾みます。それに望むものなら何でも。好待遇でしょう? どうか人助けいや、国助けだと思って」

「ふむ。今までをなかったことに? まずは謝罪からというのが誠意というものではないかの」

 静まり返る室内。忽ちバロンがその沈黙を破る。

「ホラはもういいからよ。秘伝の薬なり、薬草の調合法なり、早く教えろよっ」

 ミーノックが目を丸める。

「驚いた。ここまで礼儀のなっていないガキは久方ぶりだ」そう言って睨みを聞かせる。

 瞬間、バロンほどの男が尻餅をついていた。一体何が起こったのか、周囲の人間の誰一人として把握出来ておらず、バロン自身もまるで見えない何かに突き飛ばされたような感覚にひどく混乱していた。

「ふん。少しは黙っとれ」

 ケブロンは国王に目をやる。ハリーもペルコと目を合わせる。

「……一族の非礼を詫びよう。すまなかった」

 ペルコも共に頭を下げる。ミーノックは腕を組みながらその様子を見ていた。

「……まあ、いいじゃろう。長居されても仕方ないしな」

 兵達にも歓喜と安堵の声があがる。ケブロンもほっと胸を撫で下ろした。

「では、私は何を?」

 ペルコがミーノックに尋ねる。

「なに、すぐに済む。そのまま座っておれ」

 ミーノックは重い腰を上げ数歩進み、二人の前まで来てペルコの腹部に手をかざした。周囲もそれをそっと見守る。

「……神よ。御使(みつか)いよ。裁定者よ。虹色の天上人(てんじょうびと)よ。……この者に新たなる生命の息吹を」

 そう言って目を瞑る。

「呪文を唱えて、それから?」バロンが嘲るように言う。

「言葉は必須ではない。礼儀のようなものだ」

「何に対して?」

「……この世の理を超える超常を起こすのだからな」

 そして数秒後、目を開けるミーノック。

「これで終いじゃ」

「終わり……? 本当にこれだけで子が?」

「まあ多くても二人が限界じゃろうがな」

 その場のほぼ全員が喜びの表情を見せる。もちろん全てを信じているわけではないが、こんな状況の中一つの光明が見えたことによる安心は中々に大きかった。


 帰路に就く王国の一行。

「本当に成果を得られたと思っていいのか?」

 馬上からバロンがケブロンに尋ねる。

テントも言葉を続ける。「我も疑問だ。バロンを突き飛ばした眼力のようなものは凄まじかったが、すぐに腹が大きくなるような即効性のあるものでは無かったからな。些か信用に欠ける」

 ケブロンは言葉を返した。

「先々代がただの狂人を僻地に追いやると思うか? 翁の力は本物だ。故に気味悪がれ、王よりも崇められる存在になりえた翁を、王は煙たがられたのだ」

 半信半疑のまま、バロンは空を仰いだ。


 お産の最中、王妃ペルコの側近であり助産を担当していたレベッカは信じられない光景に息を呑んだ。

「!」

「どうしたのですか? レベッカ様」

 侍女の女の一人が尋ねる。

「ふーっ、ふーっ」

「ペルコ様、落ち着いて呼吸を整えて下さい。もう暫しの辛抱ですよ」

 レベッカはやっと口を開きペルコ、そして侍女達に静かに伝える。

「姫様。お、お子様に“何があっても”気を確かに持ってください。決して取り乱さないで」

 周りは困惑している。

「? レベッカ、どうしたというのです」

 息を乱しながら、不安を残す。それもその筈、常に冷静な判断を下すレベッカの顔がやけに青ざめていたからである。

 レベッカが赤子を引き上げる。同時に、周りの侍女から小さく悲鳴が上がった。

 ペルコの手元に渡された子供には、そこにある筈の頭部が足りていなかった。


「中々に赤子の泣き声が聞こえてこぬな……」

「出産が難航しているのでしょう。王妃も念願叶ってやっとの出産ですから緊張されているのやもしれません」

 ハリーとケブロンは出産を行なっている部屋の外で待機していた。

「むう……」

 突如、部屋の中からペルコの悲鳴が聞こえる。

「!?」

 たまらずハリーは部屋を叩き開けた。

「何事だ!!」

 ペルコが放り投げかけた子を辛うじてレベッカが抱きかかえていた。やはり泣き声は聞こえない。

「なんだ……!? それは……!!」

 見たこともない。“首から上のない”赤子など。

 死んでいるわけではなかった。しっかりと四肢を動かし、必死に生きていることを主張しているかのようだった。後から入ってきたバロンやその他の兵達も驚きの声をあげる。

「! ……ちぃっ! やっぱりあのジジイおかしな呪いでもかけやがったか!」

 皆一様にその赤子に畏怖していた。

「まるで、忌み子じゃ……!!」


 会議が開かれた。ケブロンやレベッカの申し出によりその赤子の命は現段階で保留とされている。

「国王、せっかくのお子様。次は無いやもしれません。早急に処分を下すのはいかがなものかと」

 ケブロンは赤子を殺すことにも、せっかくの“魔法”を無駄にすることにも反対だった。神に背くほどの超常を起こしておきながら、命を蔑ろにする不敬は働けない。

「何言ってる? あのジジイの当て付けの結果がこれだぞ。しかもあんな化け物この国にどんな災いをもたらすか、わかったもんじゃない!」

「バロン、口を慎め。仮にも陛下の御子息だぞ」テントがバロンを宥める。

 ハリーは難しい顔をして聞いていた。

「あれだけの好条件を出したってのによォ」

「いや、故意ではないだろう。ミーノック翁とていくら多少の遺恨があったといえど、国全体を正面から敵に回すような馬鹿な真似をされる方ではない。そんなことはあまりの愚考だ」

「じゃあなんだ? ケブロン。あんたは陛下や王妃に問題があったとでも?」

「そうは言ってない。ただ、“運が悪かった”としか……」

 泣き寝入りにしか聞こえないケブロンに、バロンは苛立った様子を見せる。それからも、中々に結論が出ない状況が続いた。平行線が長さを増す。

「翁は多くて二人と言っていた。ならば次の子に懸けるしかあるまい。それまで、あの子は一旦保留ということにしてはいただけないだろうか。……陛下、一切の責任は私が被ります」

 子の処遇はケブロンに一任された。


 ミーノックの処遇についても深く議論された。当然、処刑を希望する声が上がった。なにせ王の子どもを奇形として生み出させたのだから。

 バロンを含めた幾人かは邪教徒ではないか、異端審問をかけるべきだと騒いだ。中には隠密に始末してしまえばいいとの声もあった。しかし、ミーノックとは親しくしている国民も少なくなく、その老人達は定期的に山奥のミーノックまで会いに行くという。殺しでもすればすぐにバレるだろう。流石に民もろとも手にかけるのはいかがなものか、とミーノックの件は共に保留となった。



 ケブロンが子を抱き、あやしていた。すれ違う貴族や騎士、侍女達の陰口が聞こえる。

「気味が悪い」

「あれは生きている、と言えるのか?」

「体を動かしているのも、ただの”反応”。もう死んでいるかもしれぬな……ふふっ」

「恐ろしや……まるで悪魔の子。いや、”竜の子”か」

 ケブロンが貴族の男を睨みつける。低い室温の回廊に響く静かな怒り。

「言葉が過ぎるぞ、貴様」

 衆は一目散に散らばり逃げていった。ケブロンの人差し指に感触があった。懐の赤子だ。差し出した指を必死に握るその手を見て、胸を締め付けられるような思いだった。

「済まぬな。翁の意図するところではないだろうが、翁を頼ろうと提言した私にも責任がある。お前のことはしっかりと面倒を見させてもらうぞ」



 やがて三年が過ぎた。

 ケブロンはいつものように運動として散歩を行っていた。

「今日は随分歩いたな、ヒュー。日差しも充分だ」

 ヒューは軽やかな足取りでその気持ちを表現していた。随分と歩けるようになった。はじめは首の欠損が影響してか、人よりも歩行を覚えるのは遅かった。二人は城の一室に入る。

「これはこれは、ケブロン様。もうそんなお時間ですか」

「ああ、頼むぞギーノ」

 ギーノと呼ばれたその男は、生物学者であり医学の知識もあった。そのためお目付け役のケブロンの手配により、城に常駐する専属のヒュー教育係となった。

 毎日こうして、ヒューの体の分析や調子を見たりして記録を録っているのだ。

「変わりはないかな? ヒュー様。……しかしいつ見てもすごいな。栄養を必要とせず活動する体というのは。毛穴から空気を養分として吸収しているという説もアテが外れましたし」

「ふっ。そうだな」

 ヒューはケブロンとギーノの前でだけは素の自分でいられた。

「一見すれば、まるで”からくり”ですね」

 その少し強い言葉にケブロンが顔を顰める。

「ごほんっ」

「? ……! あっいえいえ! これは申し訳ありません! そういうつもりで言ったのではないのですが……」

「よい」ケブロンが淡々と吐く。

 ヒューはさほど気にはしていないようだった。


 ヒューは読み書きが出来た。つまり、”視えて”・”聴こえて”いたのである。触覚以外の五感は頭部を要するというのに。

 ギーノの触診の結果、ヒューにある程度人間と同じ臓器が備わっているのがわかった。発声機能こそ無いが、栄養を必要としないこと以外は通常の人間の子どもとなんら変わりはなかったのだ。構造が見たい、と解剖を申し出たこともあったが、ケブロンに拳骨を落とされ一蹴されてしまった。以降、ギーノはケブロンに次ぐもう一人の親のような存在になっていた。

「さて、異常は無いか?」

「ええ。今日もすこぶる元気ですな」

「なら、引き続き勉学の方も頼む。私はまとめねばならん書類があるからな」

「はいはいっ」

 そう言ってケブロンは部屋を出た。これから、ギーノの語学講座が始まる。

「いいかい? 今日はこの行を書いてみよう」

 ヒューはぎこちない持ち方で筆を走らせる。

「上手くなったなあ。おっ ? そこはちゃんと角を尖らせる。だろ?」

 ヒューはゆっくりと課題の行、そして次の課題の文を写し終えた。

「速いな」

 まだヒューは何かを書き続けている。

「? なんだい?」

   『おそとにでてみたい』

(! この子は……)

「前にも言ったろ? それは出来ないんだ」

 肩を落とし項垂れるヒュー。ヒューはその外見から、余計な民草の混乱を招きかねないと、存在を隠され育てられてきた。外出は禁忌(タブー)であり、彼という個人は秘匿された環境でこれからも生活を強いられる。それが大半の大人の総意であり、王国の決定だった。


 ケブロンが書類を整理していると、兵の一人が駆け足でやってきた。ノックをし、慌ただしく扉を開ける。

「ケブロン様!」

「何事だ?」

「ペルコ王妃のお産が始まりました!」

「何!? 予定より二週間も早いではないか!」

 ケブロンは急いで部屋を飛び出た。


「今度は別の問題に悩まされるとはな……」

 ハリーが眉間に手を当て、(こうべ)を垂れていた。最後の望みである二人目の子は女子(おなご)だったのだ。

「だが、五体満足で生まれた以上、こやつを王女にして国の未来を託すしかあるまいな」

 ケブロンも頷く。王位の継承権は娘が持つこととなり、その赤子はテレサと名付けられた。


「王位を継ぐ者が決まった今、あのガキはもう必要ないだろう」

「あのような存在、ずっと隠し通すのにも限界があるぞ」

「それに、本人もずっと籠の中でつまらない人生を送るよりも楽にされた方がいい筈」

 皆が一様にヒューを処分する意向だった。随分と人の命を軽んじている。

「待たれよ! 其方らには良心というものが無いのか!? ヒューはまだ三歳だぞ!? 姿形が少し違えど普通の生活を送れてきた!」

 ケブロンが必死に説得を試みる。

「ふん。(ヒュー)などとふざけた名前をつけおって」

「王や王妃に見捨てられた子のくせに」

「そ、それは……」言葉に詰まる。

「今更公表するとでも? それに公表したとして何になる? 公務をこなすどころか、労働が出来るかも怪しい」

「今、読み書きを教えているところだ。話している通り、声を発する以外は大抵のことが常人と同様にこなせる。王位が決まったとはいえ、これから先、王女を兄としてサポートするという役目だって可能だ」

 議論は中々にまとまらなかった。そこに国王ハリーが姿を現した。場の全員が席を立つ。

「よい。座れ。……少しだが話は聞こえてきた。ケブロン、そなたの意思は固いようだな」

 ケブロンがどれだけヒューを大切にしてきたかは分かっていた。

「陛下……!」

「殺しはせん。だが、山奥のミーノックの元に預けよ。無理にでも」

 ハリーの発言にざわつく室内。

「陛下、処分なされなくてよいので?」

 貴族の男の一人が尋ねる。

「私も非道いことをしたと自覚はある。故の結論じゃ。ミーノック、あやつのところで余生を過ごさせよ。……そして、今後一切こちらから干渉はしないものとする」

 ケブロンがハリーに詰め寄る。

「陛下! これまで同様、私が面倒を見ます! ですから……」

「ケブロン。私はお前を罰したくはない。……お前も馬鹿ではないな?」

「……っっ」

 たまらず部屋を飛び出すケブロン。部屋の外の扉の側にはギーノが聞き耳を立てていた。まずい、と苦い表情をしていたギーノを横目で見たが、そのままにケブロンは立ち去った。

 事情を説明し、ヒューはミーノックの元へと送られることになった。


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