喫茶『ありあけ』
「悠斗、おなかすいたー!」
小学校が終わったら、実家の喫茶店を手伝うのが悠斗の日課だ。
深緑色のエプロンをつけ、気持ちを切り替えたところで、扉のカウベルが大きく鳴った。
飛び込んできたのは悠斗よりも小さな女の子で、長い髪を高い位置で二つにまとめている。
「莉子ちゃん、おかえり」
一つ年下の少女は、幼馴染というやつだ。
「今日のおやつは何?」
莉子は、カウンターに空色のランドセルを置き、悠斗に笑顔でたずねる。
「手洗いのあとでね」
「はーい!」
軽い足音を立てて、莉子はトイレに向かった。
そのあいだに、悠斗は奥から白い皿を出す。
下準備をしておいた材料を、頭の中の設計図どおりに置いていく。
細心の注意を払い、最後の材料を乗せたところで、莉子が戻ってくるのが聞こえた。
莉子が、カウンターの椅子によじ登る。
彼女が着席したのを確認して、悠斗は今日の一皿を、莉子の前にサーブした。
まるく成型されたカステラ生地を、薄い綿菓子が包み、そのうえに色とりどりの金平糖が散りばめられている。
「かわいい!」
莉子が弾んだ声を上げる。
それを聞いた悠斗の頬がゆるんだ。
「悠斗の新作よ」
喫茶店の女主人が、莉子に微笑む。
さっそくフォークを手にした莉子は、大きな口でほおばった。
「おいしー! しあわせー! 悠斗、結婚してー!」
「……あほか」
かすかに染まった頬を隠しながら、悠斗はグラスを磨く。
幸せそうに頬張る莉子の笑顔を見ていると、悠斗の頭の中に、次々に新作スイーツのアイディアが浮かんでくる。
次はどんなお菓子にしようか。
莉子のお目当てが、今はスイーツだけだとしても。
幸せいっぱいの莉子の笑顔。
それを、こっそりと嬉しそうな顔でみつめる悠斗。
そんな彼らを、微笑ましそうに眺める常連客。
喫茶『ありあけ』には、ゆるやかな時間と、甘く広がるしあわせが、あふれていた。