第11話 俺は知っている。
週二回投稿を目指していましたが、APEXがやめられなくて厳しいです。そろそろストックがやばめです。
7月20日
「で、なんで俺たちだけなんだ?」
夏休み初日。蝉がけたたましく泣き喚き、太陽はアスファルトを焼き尽くそうとする勢いで大地を照らしている。俺たちが居る駅前の噴水広場だけ、噴水のおかげで若干涼しさを感じられるのだが、その程度では太陽の熱射を無効化したことにはならず、額に汗が滲み続ける。いかにも夏で、夏休みといった感じの気候。まったく、厄介なものだ。
待ち合わせは午前10時。ここ、臨界駅前噴水広場な訳だが、本来ならば4人いるはずの文芸部員は、なぜか俺を含めて2人しかいなかった。
「えっと、さっき連絡が来たんですけど、華子先輩は『補習があるからいけない』とのことです。凛子ちゃんは、創設者祭の準備委員会で緊急招集がかかったとかなんとか」
唯一まともに集合に来た後輩・弓木絵里は、手元の携帯の画面を確認しながら苦笑いを浮かべた。
「凛子はまだわかるが、五ヶ谷のヤツ……補習があるなら最初から言っとけって……」
ため息交じりに悪態を付く俺。
補習がある時点で最初から参加表明をするんじゃない。
「まあ、しょうがない……。俺の目的は絵里がいればなんとかなるし」
「では、今日はふたりでデートですね!」
と、はにかみ、歩き出す絵里。たまにこういう不意打ちみたいなことをしてくるから、俺はこの後輩に勝てない。結構可愛いじゃねえか……
彼女の笑顔に当てられ、メデューサに石に変えられた人間のように立ちすくんでしまっている俺。それに気づいた絵里が、俺の元に駆け寄り、手を引いた。
「何してるんですか〜。行きますよ〜」
手を引かれながら彼女の後ろを歩くのは少々……いやかなり恥ずかしかったので、無理やり手を解き、彼女の隣を歩くようにした。一瞬残念そうな表情を浮かべていた気がするが、気のせいだろう……気のせいだよな? 調子狂うな……。
*
ショッピングモールの一角に位置する楽器屋は、この辺りでは品揃えが良いとされており、休日には多くのバンドマンが集う。白を基調とした壁面に掛けられているギターの数がそれを物語っている。入口付近からアコギ、初心者向けの安価なエレキギター、奥はそこそこ値が張る高価で作りがいいものと並ぶ。対を成すかのように反対側の壁はベースがずらりと並ぶ。ギターとベースに挟まれるような形でギターやベース用エフェクターのショーケースがあり、俺たちはその前にいた。
「多すぎない……?」
膨大な量のエフェクターの数々。目的のコーラスに焦点を絞っても、それでも尚迷う。
「まあ……エフェクターって無限ですし。無限だからこそ、みんな沼にハマるんですよ」
「気持ちはわかる気がする。……うーん、やっぱりBOSSか?」
俺が目をつけたのは水色のエフェクター。俺が持っているオーバードライブと同じメーカーのエフェクターで、フットスイッチが踏みやすくて気に入っている。
「一番無難だと思いますよ。やっぱり天下のBOSSですから。間違いはないと思います。ついでにこの水色のコーラスの隣のヤツは技クラフトという、1グレード上のコーラスですよ」
「なるほど、こっちもなかなか良さそう……って! しれっと高いほうに意識をシフトさせるな!」
お前、ここの楽器店の店員か? 話のシフトの仕方が自然すぎて釣られてしまいそうになった。
「一応試奏もできますが、どうします?」
「試奏って上手い人がやるやつだろ? なんか俺には敷居が高くて嫌だな」
試奏って、ある程度楽器がわかる店員や、店内の“わかってる“客にも聞かせることになるわけだ。なんならここはショッピングモールの一角だから、外の通りにも聞こえる。恥ずかしいことこの上ない。
「大丈夫ですって。誰も聞いてませんよ、先輩のギターなんて」
「なんか酷くない!?」
「まあ、それは冗談として。正直、エフェクターやギターを選ぶ時って、妥協しちゃいけないと思うんです。先輩だって、生活費から切り崩して買うわけでしょう? きちんと選ばないと後悔します。試奏を含めて、機材の買い物だと思ってください」
「……確かに、ここで試奏を渋って自分の納得いかないものを買うよりは」
「それに、試奏で”魅せる“プレイングをする必要なんてないんです。あの曲のイントロを弾いてみて、『いいかも』っていうものを選べばいいんです」
そう言うと絵里は、俺の言葉を待たずに店員さんを呼んだ。あわやあわやと言う間に試奏用のギターを貸し出され、3つほどのエフェクターを試奏することに。
「うーん、なんていうか」
「気に入りませんでしたか、先輩?」
「どれも良いんだが、ちょっと思うところがあってさ。コーラスって一昨日やった曲のイントロでしか使わないだろ? だったら何か、この音色のためにお金を出すのは気が引けるというか」
「まあ、高い買い物ですしね。その気持ちは解ります……そんなあなたにこちら!」
どこかのネットショッピングよろしく上擦った声で新たなエフェクターを紹介される。絵里……お前、そんな声出せるのか……
「……これは」
絵里の手元には、水色の筐体に画面がついたエフェクターだった。
「ZOOMのマルチエフェクターです。マルチエフェクターなら、コーラスだけではなく、色々な音色を出せますよ」
「……でも、マルチエフェクターって使い方難しそうだが」
「大丈夫! 私が教えます! あとこの子はマルチエフェクターの中でも扱いやすい方ですよ」
「……お高いんでしょう?」
「10000円切ってます!!」
「それだ!!!」
買い物、終了!!
*
素寒貧。
そんな言葉を自分に当て嵌めることになるなんて思ってなかった。
ショッピングモールの外のベンチで、コッペパンをふたりで分け合って、ひもじく食事をしている男女が、ここに居た。
「……先輩、なんでこうなっちゃったんでしょうね」
「わかんねえよ……俺たち、明日からどうやって生活すればいいんだ」
食べているものはひもじいが、俺たちの脇に置いてある機材の量は凄いことになっていた。
「先輩……なんであのマルチエフェクターで終わりにできなかったんですか」
「お前だって…なんでそんなに買い物してるんだ」
「うぅ……」
あの後、物欲のリミッターが外れて、もう1つエフェクターを買ったり、エフェクターケースやケーブルなどの雑多な物を細々と買い漁ってしまった。絵里それに感化され、機材を買い込んでいた。
ホントは今頃、美味しいランチとかをふたりで食べていただろう。ちょっと買いすぎちゃったかな程度でも、ファミレスに寄ることくらいは出来た。
「しぇんぱい……素寒貧だよぉ……」
「もう俺たち、あんまり楽器屋に行っちゃダメかもなぁ……」
虚空を見つめて呟いた。誰かがセーブしてくれないと、今後が怖い……余裕が出来たら、高いギター1本買ってしまう気がする。俺も、絵里も。
「先輩、今日って夏休み初日なんですよ」
「それがどうした」
「夏休みって、8月31日まであるんですよ。その中で、創設者祭とか、みんなで海とか、みんなで花火大会行ったりとか、プール行ったりとか……色んなイベントがあるわけですよ」
「やめろ」
心に突き刺さる。
「貴重な高校生の夏休み……素寒貧で過ごすことになっちゃいましたね」
「ううぅ……どうしてこんなことに……」
ふたりして項垂れる。後悔に押し潰されてペチャンコになりそうだ。
うわぁー。明日から何食って生きようかね。
「……ガムかな」
「ぶふっ!?」
しまった。つい、呟いてしまっていた。
「あははははははは! ガムって! 先輩、ガムで生活する気ですか!」
絵里に腹を抱えて大笑いされた。
「そんなに爆笑することないだろ! もうガムしかねえんだよ!」
「ガムは食事には入りませんって! もうちょっとマシなものが思いつきますって! ガム……ガムって! あはははははは!」
「俺も無理だと思うって! わかった、もーちょっとマシなやつ食べるから! ……チーズ?」
「先輩ほんとバカですね」
「素寒貧なんだよ! 仕方ねえだろ!」
「大馬鹿野郎ですよ、先輩は。大馬鹿野郎過ぎて、なんだか機材買い込んだのとか、どうでも良くなっちゃいました!」
絵里はニィっと笑いながらこちらを向いた。
「先輩」
「何だよ」
「良いライブにしましょう」
「……ああ!」
「絶対、良いライブにしましょうね!」
「やるしかねぇな!」
俺たちは固い握手をした。
突如、周りから盛大な拍手が。
「……え? な、なんなんだ」
その中のひとり、50代くらいの主婦が、「頑張るのよ~」と声をかけてきた。
注目されることかよ、恥ずかしいな……
「……絵里、なんか恥ずかしいから、帰ろう」
「そうですね……」
俺たちはそそくさとベンチから離れる。早足で。注目から逃れるように。
「―――がんばって」
すれ違いざまに、そんな言葉が聞こえた。振り返る。目に焼き付いたのは、長い髪。冬の白銀の色に染まった、長い髪が揺れる姿だった。
桜が降る夜は/あいみょん
いい曲。作中は夏ですけど。




