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一編 2 (6)

「でも私からすればあなたの方がよほと特別な人間だと思いますよ」

「素晴らしい。どんな知恵の鏡でも曇り得ることが証明されました」

 言葉とは裏腹に無感動なリアンと残念そうに息を吐くエリザベス。

「でもそうでなければただの旅人がこんな所にいるバズがないではありませんか」

「……」

「もっと自信をお持ちなさい!それだけの権利が有るのですから」

 エリザベスはリアンが己を卑下していることは分かっていたが、同時に彼が話したがらないなにかが有るのも分かっていた。


「あなたは大丈夫ですか?誰かに悩みや苦しみを相談できていますか?」

 帰り際にエリザベスが言う。

「私はマーシャや最近はあなたにも聞いてもらっていますが……私、あなたの悩み事なんか聞かせてもらったこともありませんわ。まさかあなたみたいな性格の方が、悩みなんてない、とはおっしゃらないでしょう?」

「……では一つだけ…………」



 午後は予定通りうまく行った。例のクラーツ侯爵家の長男に聖教国行きを取り付け、その旨を王に報告した。

「なるほど!彼なら適役に違いない!流石だな、君に任せて正解だったよ!」


 その後アンナに会って少し話したのだが、

「どうして駆け落ちがそんなにいけないことなのですか?」

「いえ、駆け落ちではないとしっかり否定しましたよ」

 と言うアンナに肝が冷える思いをした。

 リアンは駆け落ちが倫理にもとること、二人の身の破滅を招くこと、親の意を無視した結婚が不道徳であり主の意志にも背くことを懇々と説明した。彼女はあっさりと納得したが、これ以降リアンはアンナの世話を進んで焼き続けることになる。

 アンナはリアンやエリザベスよりも一回り幼く、これが容姿とあいまって非常な魅力であるのだが、両親の親馬鹿と彼女の世間知らずのために考えもやや幼かった。

「あの子は教養があるというよりも純粋で素直なのですよ」

 というエリザベスの言は正しかった。



 夕食の席ではリアンはシュタイアー侯爵であるヘクターにつきまとわれていた。アンナの方を見るとエリザベス王女が何やら世話を焼いてくれていたので安心したが、その時、エリザベスにヘクターと一緒に居るところを見られ、何やら意地悪く(リアン以外にはそうは見えなかっただろうが)笑いかけられた。

 よりにもよってエリザベスにヘクターが嫌われているのは、彼の年齢が大きな要因を占めているといえる。彼はまだ二十も半ばの若侯爵なのである。これが、一回りも年上の侯爵たちに対しても、ほとんど同年代のエリザベスに対してもデカい態度なのだから無礼で傲慢と見られても仕方がない。なまじ実力があるとより傲慢に見えるのだが、ヘクターはこの点優れたる武勇の持ち主であった。


「お前の実力を認めないわけじゃねえ。ただあれじゃ納得できねえ!」

「はあ」

「だってそうだろ?この俺がお前の動き出しを見逃すはずがねえだろうが?」

「まあ、そういう技術ですからね」

「やっぱりそうか!俺がぼーっとしてたわけじゃねえよな!それで?どんな手だ」

「あれは……」

「いや!いい!俺は言葉で説明されてもどうせ分からん!明日の朝だ!」

「嫌ですよ」

 相手に合わせて率直に言う。

「なぜだ!」

「卿と打ち合っていると腕を痛めそうだからですよ。これからが山だと言うのに。貴侯も、自領のことはよろしいのですか?」

「そうゆうのはネヴィルが全部うまくやってくれるからな。ああ先代から仕えてるヤツだよ。俺は戦う他には能無しなんだ。お前は違うのか?今朝だって俺とおんなじに、焦るだけ焦って何もできなくて寝れなかったんじゃねえのか?」

 リアンは笑うしかなかった。

「……それでわざわざ剣を二本も取りに行ったわけですね」

「ああ、だがおかげで落ち着いた。負けたおかげでな。まさかこんな身近に俺より強いヤツがいるとは思わなかったさ」

「強い、ですか」

 リアンは改めて大男を見やる。

「なんだ?」

 そう言いながら食べ物を頬張るのはなかなか様になっている。

(エリザベスには悪いが俺はこいつを嫌う理由など無いな)

「お前まさか自分が弱いとか言い出さねえよな」

 静かに苦笑するリアンに声をかける。

「いえ……まあ強さの方向性が違うとは思いますが」

「あん?」

「私は技術屋ですがあなたは武将ということです」

「意味が分からん」

 素直に吐き捨てるがこの男の持ち味か。

「つまり……私は殺し屋であなたは……戦争家?」

「たしかにお前は殺し屋っぽかったな。まあ大して変わらんだろ」

「全然違うと思いますが」

「なにが」

「つまり……兵を持たせた時なんかに私はあまり……」

 今後ありうる局面であるから、今の内に人の器についてはヘクターにも理解させるべきだと考えるリアン。

「んなもん人望の問題だろ。お前が強くて頼れてスゲーってなれば奴らも勝手について行くだろ。それはただ知られてないだけだ」

「そうでしょうか……」

「……」


 結局リアンは明日以降の鍛錬の申し入れを断れなかった。おかげで明日からも焦りで心をすり減らさずにすみそうであったが。



 彼はなんとかして夜会から抜け出して静かに一人になることができた。

 ランプの明かりに照らされながら手紙を書いていた。やや圧力がかかってへこんだシワのついた紙は依然として白かった。


……では一つだけ。喧嘩別れした友人に手紙を書きたいのですがなんて書いたらいいのか分からなくて……

 あなたが喧嘩?どんな内容か気になるけれどそれは晴れて仲直りしたときにでも聞くことにして……そうね、とりあえず思っていること全部書いてみれば良いんじゃない?手紙なんて何度でも書き直せて、顔を合わせたら言えないことでも伝えられることだけが取り柄なんだから。


(どう言語化しろというのだ……)

 羽ペンを置き背筋を逸らす。顔を持ち上げて初めて空がやや明るいことに気がつく。

(月明かりか)

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