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一編 2 (4)

 例の、屋敷の裏手に広がる庭園は一面が平らであり、遠くからでも誰か人が居れば発見することは容易である。加えて、王宮から一望できるように設計されているために、若い男女がこっそりと会話するのには不向きである。

 彼らは規則的に並べられた道と花壇が作り上げる平面図形の庭の横手にある、それを囲うように植わった木々の方へと歩いていった。

 エリザベスは堂々と庭園の広い道を歩いていくのだが、リアンはここでもエリザベス王女と一緒に居るのを見られるのが不都合な気がして、庭でなにやら働いている下級使用人の目を、不可能だと分かっていても避けたがった。

「もう少しすれば花もきれいに咲いて美しい庭になりますのに」

 そう言って花壇のそばで立ち止まるエリザベスにリアンはやきもきする。

「こんなところをロス様に見られたりしたら大変ですね」

 途端に顔を赤く染めるエリザベス。ロス様とは、例のエリザベスに気があるディック侯爵家の三男の好青年である。

「あの方は関係ないでしょう!」

 と言いつつも早足に歩き出すエリザベスをあわてて追うマーシャにリアンも続く。


 若葉のかおる木立の影に隠れたときになってようやく、リアンは安心して話すことができるようになった。

「実は先に済ませておきたい要件があるのですが」

「かまいませんわ。なんでもどうぞ」


 要件というのは教皇の下に派遣する人物の選出に関するものである。今朝エリアス二世に教皇領行きを打診されたリアンは、他に資質のある人間を見つけることができれば、自身は行かずに済むよう話をつけたのだった。

 本来エリザベス王女様にこのようなことをお話しするのは心苦しいのですが、と前置きし、教皇との交渉の重要性を強調した上で、適任者がいないか、彼女の知恵に尋ねた。

「あら、目の前に一人おりますわ」

 素朴に言い放つ。

「私は駄目です」

「なぜ?」

「心の底から行きたくないと願っているからですよ」

「なるほど。確かに、そんな人物に私たちの命運を託してお見送りするわけには参りませんね」

 笑いながら言うと、真面目な顔になる。

「クラーツ侯爵のご長男が良いでしょう」

「クラーツ侯爵家の?だいぶ以前にお会いしたことがありますがあそこの長男は……」

「ええ。父君について回って随分と熱心に領地のことなんかを学んでいらしていましたね。ところが彼は今は修道院に居るのですよ」

「え!?」

 侯爵家の長男ともあろうものが修道士になどなってしまえば、結婚などできないから当然家を継ぐこともできなくなるために、これはほとんど家を捨てたといっても過言ではない状態である。おまけにディック侯爵家の長子は、家督を継ぐためにこれまでずっと勉強していたのはリアンも知るところであったので、これ以上ない驚きであった。


 リアンを驚かすことに成功し、若干の満足感を得つつ説明を続ける。

「一昨年の秋頃にひどい嵐にみまわれたそうで、相当な嵐だったのでしょうね、こう祈ったそうです『主よ!我が命を助けたもうた暁にはこの恩義恩寵に拳々服膺(けんけんふくよう)申しましては我が身を修道士ならしめて今後は身も心も主に捧げ奉ります』とね」

 誰が創作したかも分からない仰々しい文言に呆れながらも内容には興味深く思う。

「それはまた……大抵は言葉だけでしょうに」

「それどころか今では司祭に叙階されているのですから驚きでしょう?」

「いやまったく筋金入りですね」

 リアンの同意に満足したエリザベスは笑いながら続ける。

「父君とはそれはもう大喧嘩なさったそうです」

「当然でしょう」


 その後リアンのは念のため他の候補を尋ねつつも、心の中ではクラーツ侯爵の長男であるニコラスで確定させていた。相手が喜んで受け入れてくれる確信もあった。おまけにニコラスはもとは侯爵家の嫡子だ。素質としては十分だし、他の司祭と違ってエリアス二世に忠誠を誓った身であり、この国への忠義心も残っているだろうから、国の命運を託すには適任だった。


 ――経緯はともかくニコラスは家を捨てたのである。父とは今でも復縁してはいないだろう。そこにこの国の命運をかけて教皇への使者となって欲しいという依頼。彼は己が運命を確信するはずだ。この日のために修道士になったのだ、と。ようやく国に報い父に顔向けできるようになる……


 リアンは忍び笑いするが、これは全てエリザベスの筋書きである。リアンも気がつかぬほど愚かではないから、エリザベスに感服の思いであった。


 エリザベスはエリアス二世に溺愛されている。おかげで、もう二十歳(はたち)にもなろうというのに結婚も婚約もしていない。その理由の一つが、この聡明さにある。

 何よりも聡明なことに、彼女はその頭の良さをおおっぴらにしなかった。彼女の思考は常に洗練されていたが、いつも自然で、直裁的に求められない限りにおいては、その英知をひけらかすようなことは絶対に無かったし、人前ではむしろ嫌がることさえあることをリアンは知っていた。おかげで彼女は教養があり気立てもよいと評判であり、政治にさえ干渉しうる「賢さ」については認知されていない。父王も彼女が聡いことは重々承知しているが、これほどまでに女の分を超えて聡明であることを知るものは特に少ない。


「どうですか?」

 エリザベスが締める。

「あなたに相談して正解でした」

 リアンが心から讃辞を示すのは珍しい。いつも通り言葉足らずであったが、エリザベスにも少しは伝わったらしい。

「まあ、このくらいのことは皆知っていることですけれどね」

 皆、とは王宮に居る、主に女性陣のことを指している。

「今更謙遜する必要もありませんよ。どうせ他には誰も居ませんから」

「そう?」

 辺りを少しだけ見回す。

「じゃあ言わせて頂きますけど、正直男性方よりも女性方の方が教養があると私思うのです。だってあなた方が剣を振り回している間も私たちはこんな話ばかりなんですから」

 こんな話ばかりというのは、リアンが知りもしなかった、色々な人の動きや考えが婦人方の間ではしょっちゅう噂話として語られる、ということである。


 この彼女の言動が早速、直前に語られた慎み深きエリザベス王女像と矛盾していることを指摘されそうだが、これはよくある矛盾である。つまり、彼女は頭がいいから、頭がいいことをひけらかすのが頭の悪い行動だと理解していたのに、彼女は頭がいいために、思ったり感じたりしたことを人と話して議論したがった。

 普段隠し通せているのもまた彼女の聡明さの表れである。

「でも男性方って私たちのこと考えなしだって思いたがるのね。それに皆女性に品はもとめるけど結局は馬鹿でかわいい子の方が好きなのよね」

 ちらりとマーシャを見やる。

「私は、少なくとも一人は例外を知っていますがね」

 リアンがにやけるとエリザベスは相手の示唆する人物に思い合たって顔を赤くしながら、出し抜けに言う。

「私実は物語でも書こうかと思っているの」

「?」

「タイトルは……そうね『いかにして旅人は少女の美貌に征服されたか』」

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