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一編 2 (2)

 朝食の席には例の直臣の諸侯の親族が軒並み揃っていた。上座から随分と離れて座ったリアンに、エリアス二世が大声で体調の心配をし、いらぬ紹介と讃辞をおくったのはなかなかに不興だった。

 王もそれ以上はリアンに声をかけなかったので、めいめい近くのメンバーで談笑しながら食べたが、予想通りリアンには快適な空間ではなかった。


 以前、リアンが多くの人に自然と認められながら生きてきたと書いたが、それは彼になんの偏見も持たない、もしくはそれを乗り越えた者の話であって、全ての人に、という話ではない。むしろ、彼を認める人間の数と同じだけの人に彼は嫌われた。

 特に意外な事でもない。彼の身分は低く、主の役に立たない限りは穀潰しの居候だったし、彼の才能は、彼自身分かっていたように、誰にでも認められるものではなかった。おまけに、顔つきは悪くは無いのだが、態度が悪かった。口数は少なく表情も薄い。彼はしばしば、というよりも彼を初めて見るほとんど全ての人に、傲慢で人を食った性格に見られた。


「ようやく元気になったようでなによりです」

 控えめに、それでいて喜びを隠そうともせずに話しかけるのはクラーツ侯爵の三男である。

「ありがとうございます」

「それで、例のあの方……」

 やや離れたアンナの方を見やる。

「あなたなら周りの言うようには考えなさらないでしょうね?」

「ええ!ではやはり駆け落ちなどというのは……」

 "駆け落ち"の部分は周囲に聞こえないように声を落とす。

「ありえません。このような緊急時ですので、私はただ一時的な後見人になったにすぎません。あなたなら分かってくださるでしょう、私がこのような状況でそのようなことをするほど愚かではないと」

 周囲がリアンとアンナを奇異な目で見ていることに気づき鎌を掛けたのだが、リアンもまさか駆け落ちなどと蔑まれているとは思わなかったので、熱のこもった否定になった。※

 リアンはこの後見人という言い訳を気に入っていた。上手い言い分だと思ったし、手渡された莫大な持参金にも手をつけていなかったから、アンナの求婚相手にでも渡してやれば喜ぶに違いなかった。昨日諸侯にはそうといっておいたので、あとはアンナが旅人と駆け落ちした下品で貞操のない女だという(主に侯爵の親戚たちの)誤解さえ解けば完璧であった。

「もちろん!私は信じていましたよ!あなたはもちろん、あの可愛らしいお嬢さんがそんなことするわけがないと。皆さんの誤解を解いてまわりたいくらいですよ!」

「我々の名声を考えてのことなら不用意なことは慎んでくださいね……」

 そう良いつつも、彼がアンナの結婚相手をもたらしてくれることを祈った。


「その左手の怪我はどうされたのですか?まさか襲撃時の?」

「いえ、今朝シュタイアー侯爵と一本」

「結果は?」

「まあ、一応……」

「勝ったのですか!?それはすごい!」

「二度目は無いでしょうがね。時にエリザベス様との調子はいかがですか」

 彼は自身の感動を十分に口にする前に、よりにもよってこの話題に変わったので、気を悪くしたり顔を赤くしたりと大変だった。

「い、いやぁ……どうでしょうか。どうにも脈が無いような気がして……」

「頑張ってください。まあ今はそれどころでは無いかもしれませんが」

 自分から振ったくせにリアンはこの話題にさしたる興味はないらしい。

「ああ、聞きましたよ。大変なことになりましたね。父もこれからすぐに発つと言っていましたよ」

 自領に戻り戦力を整えるという意味である。

「あなたは?」

「僕ですか?ここに残りますよ。行っても仕方がないですから。それにほかの方々もそのようですし」

「というと?」

「他の侯爵様方の妻子たちですよ。どうせ帝国もここまでは攻めて来ませんからね」

 大変なことになったと言いながらこの程度の認識なのである。リアンも、その日がくるまで彼らはずっとこんな調子なのだ、と、何も言わなかった。


 朝から肉料理が山ほど出され、その大半が捨てられるのは、もはやリアンにとっても驚きでは無くなっていた。思えば、帝都にいたころは全く貴族らしからぬ生き方であった。リアンは、それはそのまま父の生き方だったのだと、今更になって分かった。


 リアンの無信仰も父から受け継いだものである。そう、現皇帝は無信仰なのである。信仰とは個人が選ぶものではなく社会が決めるものであり、大抵は生まれつき刷り込まれて育つのだが、これがリアンの場合白紙なのだ。これはリアンの父が悪いという話ではなく、彼も生まれてから信仰を育む機会が無かったのであり、誰か個人が悪いと言うよりも彼らの家系に問題がある。

 彼らの家系は元来帝国の北も北、その山中にひっそりと暮らしていた。仔細は後の機会の為に省くが、それがいつの間にか皇帝を称しているのだ。これでは、皇帝が無信仰という頓珍漢な事態も仕方がないのかもしれない。

 ともかく、おかげで現皇帝は教皇と対立していた。より正確にいうのなら、教皇派の貴族達と対立していた。帝国は、そうと言っても分権的であり、各貴族は、ほとんど王と言っても差し支えないほどに独立していた。人口の密集した北方の領土を保有する現皇帝の勢力が強く、ラキア将軍等従う貴族も多いが、南西には教皇派といわれる、教皇を重視する敬虔な貴族達も存在する。先の帝国西部での戦線は彼らを支配下に置く為の、内乱とも戦争ともとれる争いであった。


 リアンが教皇に救援を求めたのもこの一連の流れに類するものである。アンドレアを含めた諸侯同盟と教皇(とそれに属する勢力)が手を結べば、帝国を挟撃する形になる。こうなってしまえば、大局的な帝国の敗北は必至であり、これは多少の戦術的勝利では覆らない。それを分かっているからこそ、バーゼルに奇襲しメルカンにて激戦を繰り広げ、一刻でも早くフィラハの喉元に刃を突きつけようと迫ってきている。逆に言うと、これさえ凌いでしまえば諸侯同盟の勝利である。

 したがって、リアンの言う勝利のための最低条件はアンドレアと教皇を味方につけることであった。


 アンドレアは以前から親交も深く、アイゼン侯爵が意気揚々と出かけていったが、教皇の下に誰が赴くのかは未だに決まっていなかった。

 フィラハと教皇は同じ宗教を抱きながら、いや抱いていたからこそ、あまり仲が良くなかった。フィラハの宗教は田舎臭いというか、教皇領が帝国を挟んで遠く西に在るために、ややオリジナルの教義とは異なる部分が少なくない。それ故に、どうしても相容れないものがあったのだ。

 リアンも、アンドレアならともかく、教皇の下に使者として行かされるのは絶対に嫌だった。日常の祈りでさえ、聖堂で誰かと出くわすとばつが悪い気分を味わうのに、ましてや教皇の下へなど到底行けようはずがなかった。

 ところが人生、それだけは嫌だと思うものほど、選ばれる確率は高いのだ。リアンも例に漏れず、困り顔のエリアス二世に教皇領行きを打診されてしまった。

※ 現代とは異なる貞操観念であることに注意。未婚の男女が同棲するなど倫理にもとる恥知らずな行為であり、特に親の同意を得ない駆け落ちなどは最低の行為である。これを踏まえてリアンは冒頭でも苦悩しており、緊急的後見人なる言い訳を編み出したのである。


 1.12にも同様の説明を追加しておきました。是非最後の部分だけでも見てみてください。これまでの話を含めて適時注釈を加えるかもしれません。

 中世ヨーロッパ的世界観では皇帝が無宗教だと明らかにおかしいのは大丈夫ですかね。リアン(皇帝の息子)がそうである時点で気づいた人もいるかな?でなくとも無宗教とか異端中の異端ですが。もちろん信仰が無いなどと喧伝しているわけでもありませんよ。

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