93話 帰路ですわよ
眩しい光が【アトロン島】に差し込む。……朝ね。
「おはよう柚子。ご飯を食べてすぐ2人を迎えに行くわよ」
「おはようございます……了解です」
寝ぼけている柚子はむにゃむにゃ状態。ここはわたくしが朝ごはんを作った方が良さそうね。昨日の夜は柚子が作ってくれたことですし、そのお礼ということでいいでしょう。
「『ストレージボックス』」
日本に帰っても使いたい魔法部門第1位に堂々と輝く『ストレージボックス』を呼び出し、食材を手にする。
なんだか買い物をユリアンとロマンに任せていると食事がワンパターンになっている気がするわね。少しは変化をつけたいところなのだけれど……あ、とうもろこしがあるじゃない。スープでも作りましょうか。
今日は少し趣向を変えてフルーツを潰してジャムを作り、パンに塗ってジャムサンドにする。そして付け合わせはコーンスープ。うん、目新しいお料理ができましたわ。
「柚子、食べるわよ!」
「はぁい……」
まだ寝ぼけている柚子は眠い目をこすりながら干し草のベッドからもぞもぞと降りてきた。なんだか小動物みたいで可愛いけれど、人前ではやらないで欲しいわね。品がないわ。
朝食を食べ終わるとすぐに出発の準備を始める。【ケークス】から【イリス】まで行かないといけないのだからまた長距離を歩くことになるものね。飛んでいってもいいのだけれど……3往復するのは面倒ですわ。みんなでお話をしながら歩いた方がいいわね。
「さぁ、【ケークス】へ向かうわよ!」
「はい!」
柚子を抱えて飛翔! 数分飛んだところで【イリス】上空へと到着する。……なんだか嫌に虫が飛んでいるわね。先程から顔に小さな虫が当たりますわ。
「ペッ、ペッ! なんか虫が口の中に入るんですけど〜! ペッ!」
「我慢なさい。そういう季節になったんじゃないかしら」
わたくしに虫は似合わないわ。それこそ『絢爛の炎』でかき消してもいいのだけれど、もしかしたら生態系に影響が出るかもしれない。余計なことはしないでおくのが吉ね。
【イリス】上空を通過すると小さい虫たちはいなくなった。なんだったのかしら。いろんな文化が集まる【イリス】には色々な虫も集まるということ? よくわからないわね。
困惑しつつも飛び続けていたら無事【ケークス】に到着した。
「さて、ユリアンとロマンを起こしに行きましょうか」
「流石にもう起きてるんじゃないですか?」
「案外まだ寝ているかもしれないわよ。寝る子は育つと言いますしね」
まぁ……とある一部分だけはあれ以上育たれたらわたくしの権威が下がるからやめて欲しいのだけれど。
育つな育つなと念を送りながらユリアンとロマンが借りた部屋を訪れる。
「おはよう2人とも。朝よ」
「おはようございます、アリス様」
「今朝食中なのです!」
あら、起きていたわね。ちゃんとお料理もして、さらに美味しそうじゃない。ニコラ……どこまでこの子達を教育したのかしら。もしかしたらとんでもない才能を見出したかもしれないわね。
ユリアンとロマンが朝ごはんを食べ終わるのを待ってから【イリス】へ向かう話をする。その道中のことも相談したけれど……
「アリス様に何度も飛んでもらうのは申し訳ないのです」
「そうだよね、歩きましょう。みんなで歩けば楽しいですよ」
2人も同意見だったようで徒歩で【イリス】に向かうことが確定したわね。
「じゃあ行きましょうか。食べてすぐで悪いけれど」
ユリアンとロマンが部屋の予約をキャンセルして準備完了。さぁ、出発ですわよ!
【ケークス】の入り口を背に歩いていく。少し丘を超えたあたりですぐに沼地が見えてきた。
「あれだけ臭い沼地を攻略したんだもん、もう大丈夫だよね?」
「はいなのです!」
「もちろんです!」
……あれ? 何かしら。臭い沼地を味わった3人だけにわたくしのしらない絆のようなものが生まれていますわよ? このわたくしをハブる気ですの?
「おっと、止まりなさいみんな」
「そうですね……」
「来たのですね」
「迎え撃ちましょう」
そう、魔獣がいる。まだ目視はできないけれど殺意を向けてどこかに潜んでいるのは間違いないわ。
『ハロハロー。私の効果使っちゃお〜♪』
この魔獣が近づいているという緊張感にそぐわない明るい声が沼地に響く。
「……何なの? ミミちゃん」
『ふふん♪ 私の魔法で魔獣を探せると思ってね。脳に現れた言葉、叫んでみてよ』
「……『聴力強化』」
叫んだ瞬間、耳がジュワッと熱くなるのを感じた。でもそれは一瞬で、次の瞬間には耳がクリアになった気がする。
さっきまで聴こえなかった音が聴こえてくる。これは……羽音?
『もう一回叫んでみよ〜!』
「……『視力強化』」
日本にいた頃は視力1.5だったわたくしの目がさらに冴えた気がする。見えてきたのは……ハエかしら。それにしても多いわね。
「みんな、向こうにハエが見えるわ。それも大量に」
「それが魔獣……なんですかね?」
「殺意はたしかに向こうから向けられているのです」
「なら、倒しちゃいますか?」
そう相談しているうちにハエたちに異変が生じる。どんどんどんどん集まっていき、大きな一個の個体になったのだ。
「あ、あれ……? なんかおかしいのです!」
ハエの軍勢が集まってできた一体の魔獣というわけね……いいわよ、やってやろうじゃない!




