92話 一時帰島ですわよ
「とりあえず出発は明日にしましょう。今日は島に帰りますわ」
オルゴールを『ストレージボックス』に収納して柚子の肩に手を添える。
「今日はここで休まれた方が……」
心配してくれるロマンとユリアン。たしかに病み上がりならぬ死に上がりだから休んでいたい気持ちもあるけれど今日は島の気分なのよね。さっき柚子がエッチなことをしてきたから2人きりになりたい気分なのもあるけれど。
「ちょっと今日は島の気分なのよ。長くいた島の方が安心できますわ」
まぁ大義名分はこれくらいで十分でしょう。そうと決まれば出発ですわ。
「行くわよ、柚子」
「は、はい!」
柚子を抱えて飛翔! やっぱり死んでからというもの、体が重たいわね。死後硬直が関係しているのかしら。わたくしそちらの方面にはあまり精通していないからわからないのだけれど。
飛んでいる間に色々なことを考える。まず今日のお料理について。まぁユリアンとロマンが買ってくれた食材があるから大丈夫よね。2人が選んだということは結果的にバランスの良い食材になっているでしょう。これで野菜メインの食生活から少しだけ変化しそうだわ。
あと考えることといえば、もちろん【魔弾】のこと。このわたくしが不覚を取られるだなんてね。レベル88……とんでもない化け物であることは間違いないわ。次会った時に勝てる保証もない。
「アリス様……次は【魔弾】と戦う時、[白百合騎士団]の皆さんの力も借りませんか?」
柚子がそう呟いた。確かにその方が賢明かもしれないわね。
「そうね。わたくし達だけだと限界かもしれないわね」
悔しいし、認めたくはないけれど【魔弾】に対してわたくし達だけで立ち向かうのは無謀かもしれないわね。七発目の弾は必中の弾。それを防ぐには多勢で臨んで撃たせないのがベストですわ。
数十分飛んだところでようやく島が見えてきた。ふぅ……疲れたわね。
「う〜〜ん! 島だぁ!」
島に上陸した途端柚子が叫んだ。もはや故郷のようになった【アトロン島】。ここにワンポイント付け加えるわよ。
「『ストレージボックス!』」
黒い渦を巻く収納魔法を発動する。そこへ手を突っ込んで六角形の箱状の物を取り出す。もちろん、オルゴールですわ。この世界では[オールゴール]でしたっけ?
いつもお食事をする浜辺に置いておきましょうか。うっかり存在を忘れて蹴飛ばしてしまうといけないですし、常に音楽はかけておきましょうか。うるさくないように小音でね。
スイッチを入れると音楽が鳴り出した。うんうん、いい音楽じゃない。心が安らぐわ。
「アリス様、もうご飯をお作りしましょうか?」
柚子がストレージボックスに手を突っ込んでわたくしに問いかけた。柚子が作ってくれるのならお言葉に甘えようかしらね。体はまだ少し重いですし、横になっていましょうか。
「それならお願いしますわ。ちょっと横になっているわね」
「はい、ごゆっくり!」
家事のスキルも高いところでまとまっていて、本当に優秀な使用人ね。立派な使用人の主人として、わたくしもしっかりしないと。
しばらく横になっているとジュ〜という音ともに香ばしい匂いが漂ってきた。柚子は何を作っているのかしら。待っている間のわくわくもいいわね。
「お待たせしましたアリス様〜! お召し上がりください!」
柚子が持ってきた料理は……ステーキ!
「お、おぉ……あ、ありがとう、柚子」
嬉しいし美味しそうなのだけれど、死に上がりに食べるものとしては重たいわね。
「いただきます」
ナイフを入れるとスッとお肉が切れた。ユリアンセレクトのお肉だけあって上質なものね。
口に運ぶと甘いお肉の脂が口の中へ広がっていく。美味しいわ……濃厚でいてさっぱり。くどくないお肉。素晴らしい焼き加減も後押ししている。流石よ、柚子。
「美味しいわ柚子。ありがとね」
「いえいえ〜それほどでも〜」
明らかに表情がとろけて喜んでいる柚子。可愛い……。
付け合わせのサラダもロマンセレクトとあっていいお野菜ね。死に上がりで辛いかと思ったけどペロリと食べられたわ。
「ごちそうさま。水浴び、先にいただくわね」
「はいどうぞ♪」
水浴びをしたらサッパリ。死んだ細胞を洗い流せた気がするわ。
干し草のベッドに横になる。改めて考えたら不思議なものよね。わたくし、一度死んだのよね……。
「ありがとうねミミちゃん。おかげで道半ばで死なずに済んだわ」
『いいよ〜ん。アリスちゃんは私たちの希望でもあるんだからね〜。死んでもらっちゃ困るのよ〜』
知らず知らずのうちに色々なものを背負わされていますわね。まぁいいわ、どのみちいつかは1億2千万の願いを背負うことになるのだから、その練習にはもってこいよ。明日は【イリス】に帰るのね。【ケークス】、ちょっとしかいなかったけどいい街だったわ。またいつか行けたらいいわね。




