81話 神ですわよ
冒険者組合の裏手を抜けていくと……受付の人が言っていたように教会のような建物があった。ここに神がいるということね。
「……柚子、不安かしら?」
少し不安そうな顔を浮かべる柚子に声をかける。突然神だの何だの言われたら動揺するのも無理ないわね。
「いえ……。ただ……あまりこういうイベントであっさり神様が入ってくることはないので緊張しているんです」
イベント……? あぁ、久々の異世界オタクの知識ですわね。これを「イベント」という言葉で片付けていいのかしら。
まぁなんにせよ不安に思っていないのなら入ってしまいましょうか。神とやらが出てきて襲いかかってくるのなら消してしまいましょう。そして綺麗さっぱり忘れ去りましょう。
「深呼吸したら行くわよ」
「はい! スゥーーハァーー……」
深呼吸をして準備完了。さぁ……鬼が出るか蛇が出るか、はたまた神様とやらが本当にいるのかしら?
「ごめんあそばせ?」
教会の木造りのドアを開ける。中には……誰もいないようね。
「アリス様……なんだか涼しくないですか?」
確かに中から冷気を感じる。
「そうね……入ってみましょうか」
「えぇ〜! なんだか不気味ですよぉ……」
これは……吊り橋効果、あるんじゃないかしら!? たしか恐怖のドキドキを恋愛のドキドキに置き換える心理が働くと生まれるのよね。ならもっと柚子を驚かせてみなさい!
そう願った瞬間、隣からカラン! と物音がした。
「ヒッ!」
「あっ♡」
柚子が抱きついてきて腕に胸が……! 柔らかい……というかこの子4ヶ月の間にまた少し大きくなっていません!? ほとんど同じものを食べていたはずなのにどうして……
「な、何の音ですか?」
「落ち着きなさい。箒が倒れただけよ」
でもナイスよ箒さん。吊り橋効果作戦的にはMVPに選ばれてもおかしくないわね。
さて、神様とやらはどこにいるのかしら? もう少し奥に入ってみる必要がありそうね。
「アリス様〜! 暗いですよぉ〜」
「なら[ムラクモ]を抜けばいいじゃない」
「うぅ……こんなことに使ってごめんね。お願い、[ムラクモ]」
ボヤッと灯る[ムラクモ]の妖しい光が周囲を照らす。入り口から半分くらい進んだようだけど特に何もないわね。ただ1番奥に祭壇かしら? と一歩を踏み出した時ーーー
『誰だ』
掠れたノイズ音。男か女かの判断もつかない声が教会に響き渡った。
「ご機嫌よう。御陵院アリスと申しますわ。こちらは使用人の柚子です」
姿形の見えない何かに自己紹介をする日が来るとは思いもしなかったわね。神というやつかしら?
『あら〜美人じゃない。私好みだわ〜』
『茶々を入れるな』
『何でもいい。さっさと追い返せ』
『私は黒髪派〜。いいおっぱいしてる』
何か半分くらい下劣な神が混ざっているようだけど? 煩悩に支配されまくりの神様ばっかりでいいですの?
『あら? ちゃんと神器を両方もっているじゃない! 見極めの条件は整っているんじゃない?』
『……確かに。我らの器を感じる』
『なら話は早い。さっさと見極めて帰らせろ』
『まったく人間嫌いなんだから〜』
勝手に話を進めていく神様たち(?)。わたくしたちの意思など関係ないということね。
『では見極めを始める。そこに椅子を用意してやった。座れ』
後ろを振り返るといつの間にか椅子が2つ置いてあった。まったく気がつかなかった……流石は神様ということかしら?
「失礼しますわ。柚子、座りなさい」
「は、はい……」
流石に柚子も不安そうな顔になったわね。トントンと勝手に物事を進めていく神様たちばかりだから仕方ないわ。
『では見極めだ。その意識……もらっていくぞ』
意識をもらう? と考えた瞬間、突然寝落ちするかのように意識が遠のいていった。
「ハッ!」
気がつくと真っ暗な空間に一人で座っていた。どこなの……。
「柚子?」
返事はない。柚子とは別空間にいるようね。
「こんにちは、美人さん。アリスだっけ?」
「……こんにちは」
暗い空間に現れたのは直径1メートルくらいの光の玉。なんともシュールな絵ね。何と会話しているのかしら。自分の意識に自信が持てなくなるわね。
「その服、神器だよね? だから私が見極めに来てあげたよ♪」
「それはどうも。それで? 見極めとは何をするのかしら?」
暗い世界でプカプカと浮かぶ光の玉に問いかける。
「それはねぇ……簡単な質問から難しい質問までたっくさんするの。その結果、私と息が合いそうだな〜って思ったらその器に入ってあげる」
なるほど……面接試験のようなものね。
「では早速問1〜。あなたは困っている人を見つけました。どうしますか?」
何よその質問は。正直に答えるべきなのか道徳的なものに配慮して答えるか悩ましいわね。
「その人に利用価値があるのなら助けるわ」
「なるほどなるほどー」
まぁこんなところで道徳的なものを求められることもないでしょう。素直に答えるのが良さそうね。
「では問2〜! この世界が滅ぶ最後の日です! 何をしますか?」
「そうね、勝手に滅ばれても困るから……滅ぼさせないようにするわ」
「ふむふむ〜」
もちろん光の玉に表情や仕草なんてものは存在しない。だからこれがいい感触なのかどうかわからないわね。
「では問3〜。あなたは神様を敬いますか?」
「場合によるわね。敬うことで何か見返りがあるのなら敬うけれど……何の価値も無い神に敬うほど甘くはなくてよ」
「ほうほう……」
こんな質問が10……20と続いていく。どれも素直に答えて「ふむふむ」やら「ほうほう」と返されるのがおきまりのパターンになってきた。
「では最終質問です!」
やっと最後になったようね。長かったわ……。
「あなたとその大切な人……柚子さんだっけ? その内の片方が死なないといけません。さぁ、あなたはどっちが死ぬべきだと思いますか?」
「それは……」
「おっ、初めてつっかえたね〜」
少々動揺してしまったわね。ここも素直に答えましょうか。
「柚子が死ぬべきね」
「ほうほう」
「でもその後、すぐわたくしも死ぬわ」
「……へぇ」
初めての反応ね。「へぇ」という反応から良し悪しは感じ取れないけれど……。
「それで? 合否はどうかしら?」
「う〜〜ん……悩ましいんだよね〜。最後の質問、気になっちゃうな〜」
「そのままの意味よ。先に死ぬのは使用人の柚子。でも使用人を死なせた主人としてわたくしも後を追いますわ」
「ふふっ。好きなんだね、あの子のこと」
「えぇ。大好きよ」
まさか光の玉と恋バナをする日が来るなんてね。生きていると何が起こるかわからないものですわ。
「よし、合格! 私があなたの器に入ってあげよう!」
「そう。ならよろしくね。えっと……」
「ミミちゃんって呼んでくれたらいいよ。本名は布帝耳」
ミミちゃん……可愛い呼び名ね。
「えぇ。じゃあよろしく、ミミちゃんさん」
今日もスマートに神様を攻略できたわね。あとは柚子……どうなったかしら?




