80話 ケークスですわよ
【ケークス】へ心を踊らせながら歩いて行くとようやく沼地の終わりが見えてきた。
「あぁ……やっとこの悪臭から解放されますね……」
「やっとですわ……よく耐えたわね、ロマン」
ちなみに柚子とユリアンは元気に走り去って行ってしまい、見失っていますわ。まぁ真っ直ぐに進んでいたのだから大丈夫でしょうけど……。
「あ! 【ケークス】の街ですよ!」
「本当だ。綺麗なところね」
沼地の端っこは少しだけ盛り上がった丘のようになっていて【ケークス】の街を見下ろすことができた。あとは目下に広がる草原を抜ければ到着ね。
「あ、ロマンとアリス様なのです!」
「遅いですよ〜アリス様〜!」
ユリアンと柚子はいつのまにか草原に来ていたようで気持ちよさそうに寝転がっていた。まったくこの元気っ子×2は……。
「悪かったわね。さ、【ケークス】まであと少しですわよ」
「「「はい!!!」」」
それにしても清潔そうな街ね。……本当にこんなところに【魔弾】はいるのかしら。なぜこの街に……。
「アリス様? また置いて行ってしまいますよー!」
柚子がいつのまにか50メートルくらい先にいて叫んでいた。まったくせっかちなのだから……。こっちは真剣に考えているというのに。
まぁでも着く前から考え過ぎても良く無いわね。
「今行くわー!」
そう叫んで小走りになる。
そこから約30分後、ついに【ケークス】の正門らしき場所に到着した。
「う〜ん! 綺麗な街!」
「いいところそうなのです♪」
「第一印象は最高ですね」
みんなの評価は上々のようね。確かに今まで訪れたどの街よりも綺麗ですわ。それに……
「なんだか聴こえてくるわね」
「……本当だ! 音楽ですかね?」
流石、神と音楽の街というだけあるわね。お洒落なBGMが街中に流れていますわ。それも大音量というわけではなく、お上品なボリュームで。
聴いているとついウットリとしてしまいそうだけれど……
「ハッ! こんなことしている場合じゃないわよ! 早くユリアンとロマンの宿を探しましょう」
「そ、そうなのでした!」
「つい忘れるところでした……」
危ない危ない……こういうお上品に流れるBGMにはついつい微睡んでしまう作用がありますわね。
正門らしき門から少し進んだところにもう宿街が広がっていた。観光客も多いのかしら? でもあの沼地を超えてくるのは結構大変そうだけれど……。
そう思っていると馬車が道を走って行くのが見えた。なるほど、馬車に腕利きの冒険者を乗せて観光客を呼んでいるのね。お給料が良かったら1日だけやってみようかしら。
「さ、好きな宿を選びなさい」
「そうですね……ユリアン、どれが良い?」
「【イリス】の宿はリョウさんには悪いのですが狭くて古かったのですからね……あそこなんてどうなのです?」
ユリアンが指差したのは冒険者宿[フォルテ]。音楽の街とあって宿の名前にも音楽用語を使っているのね。
「良さそうじゃない? 外壁だけだけれど綺麗そうじゃない」
「じゃあそこに見に行こうか」
「2人で手続きとかできる?」
「はい! お任せくださいなのです!」
なら2人に任せてしまっても良いかもしれないわね。人間性というか、生活力の成長も大事ですし。
「ならここは2人に任せるわ。柚子、ここの冒険者組合に行くわよ」
「はい! 場所を聞いてきますね!」
「えぇ。よろしく」
さて……ここにも領主はいるのよね。でも【アイン】、【イリス】と2つの街を支配していますし、ここまで支配する必要はないわね。あんまり多すぎてもパンクしてしまいますし。
「アリス様、ここを左折してもう一回左折した通りにあるようです」
「ありがとう、柚子。行きましょうか」
すぐ聞いてきたわね。異世界での身の振り方に慣れてきたものだわ。
言われた通りに移動すると冒険者らしき姿の人たちがぞろぞろと移動していた。結構冒険者が多いのね。……でも、どこか不思議な……。
何かしらの違和感を覚える……そうだわ、身なりが綺麗というか、裕福そうなのよ。そういう冒険者に限って肩を落として歩いていますわね。何かあったのかしら。
とりあえず冒険者組合に行ってみないことには始まらないわね。
と思っていたらすぐに冒険者組合を見つけた。白い建物……清潔感第一なのね。
「ご機嫌よう」
「どうも。冒険者カードの提示をお願いします」
眼鏡をかけた受付の人に偽装した冒険者カードを提出する。あまりに使える魔法を増やしたから怪しまれると思って魔法欄は削り、レベルも12だと低すぎると思って20くらいにしておいたわ。我ながら抜け目ないわね。
「はい、アリス様と柚子様ですね。金庫の連携を行いますか?」
「えぇ。お願いしますわ」
これでお金に困ることはないわね。2千万円もあるらしいですし。
冒険者組合に顔を見せたところで特に何かあるわけではないのだけれど……ここで【魔弾】や神様についての情報は得られないのかしら?
「この辺りに魔王軍幹部が現れたという話は聞いたことあります?」
「5年ほど前にならありますが……最近は聞かないですね」
受付の女性は冷静にそう答えた。これは有益な情報は得られそうにないわね。でもダメ元でもう1つの方も聞いておきましょうか。
「なら神様の話は聞いたことあるかしら?」
そうわたくしが言った瞬間、受付の女性が書いていたペンを落とした。……どうしたのかしら?
「……神様に謁見を希望ですか?」
重々しい雰囲気になってきた……どうやらこっちの方は当たりだったみたいね。
「えぇ。神器に神様とやらを入れたいのだけれど……どこへ行けばいいのかしら?」
「それではこちらへどうぞ。裏が教会となっております。そこにいる方の指示を受けてください。では……幸運を願っております」
「どういうことかはわからないけれど……ありがとう」
女性が道を譲ってくれる。本当に組合のスタッフルームのようなところを通っていいのかしら。柚子も不安そうな顔をしているけれど……。
「柚子、行くわよ」
「は、はい!」
何が待っているというのやら……。神様に謁見する……ね。わたくし、誰かの下になるのって嫌いなのよ。だから……神様だろうと何だろうとわたくしに隷属させてやりますわよ?




