7話 サンドバッグですわよ
「ひゃあ……不気味ですね……」
柚子の言う通り南東の森と呼ばれるこの森はまだ昼間だというのに薄暗い。不気味さを演出するためかただの気まぐれか、ご丁寧にカラスのような鳥が鳴いている。
……こうなるとあれね、吊り橋効果とやらに期待してしまうものね。柚子は少し怖がっているわね……これはもしかしたらあるかもしれないわ!
「ギギッ!」
「きゃあ!?」
突然狼のような動物が茂みから飛び出してきた。
「落ち着きなさい。ただの動物よ」
「ガウ……オゥゥ!!!」
「アリス様……? これ」
「ええ……」
ポルシェくらいの大きさの動物は口を大きく開け、口元に火炎を生み出し始めた。
「や、やっぱり! 魔法ですよ!」
「慌てない! わたくしたちのLvを忘れたの?」
わたくしたちのLvは100と65。まず負けるLvじゃないけれど……本当にそうなの? あの動物のLvが低い保証はどこにもない。確認する手段が欲しいところね……。
いや……もしかしたらできるのかしら? あの役場の人が使っていたメガホンのような魔道具をわたくしが再現すれば……。試してみる価値はありそうね。
こう……両手で三角形を作るようにして……
「≪スキャン!≫」
「あ、アリス様!?」
オレンジ色の輪っかが手で作った三角形の中から出てくる。そのままの勢いを保ったまま動物を取り囲んだ。
「成功……しましたの?」
≪コモンウルフLv7≫
目の前に突然メッセージが表示された。一体どういう仕組みなのかしら……。
それにしてもLv7にこんなに怖がっていたなんて……恥ずかしいですわね。
「柚子、大したことないわ。あなたも何か使ってみたら?」
「そ、そうですね。やってみます!」
そう言って元気よく刀を抜く。
「ウォオーーン!」
叫び声と共に炎を放出した!
「行きますよ……『一刀両断!』」
雑に名前つけたような気がするのだけどいいのかしら。
その技名の通り炎を一刀両断してかき消した。
「ヴィ……ウォーーン!」
それに対抗するようにコモンウルフとやらも負けじと魔法を使ったのか体に紫色の雷を纏わせる。
「か、カッコいいー!! 何それずるい!」
どうやら柚子の琴線に触れたようね。何がいいのか正直わかりませんけど。
「アリス様ー! 私もあれやりたいんですけどどうすればいいですか?」
「そうね……さっき『スキャン』を使った時は実際役場で見たことをできるだけ鮮明に思い出してみたわよ」
「なるほど……じゃあ……『紫電!』」
柚子の持つ刀がバチバチと鳴く雷を纏って輝きだした。あの動物が使っても何も思わなかったけれど…柚子が使うとカッコイイのが分かる気がするわね……。
「行くぞ魔獣……『紫電:一刀両断!』」
「ウゴォッ!?」
コモンウルフとやらは一瞬で丸焦げになって真っ二つに。Lv65の魔法をLv7が受けるとこうなるのね…恐ろしいわ。
「やりましたよアリス様ー!」
「えぇ、これで私たちが通用することがわかったわね」
さぁ行きましょうと前を向いたら……
「……力をセーブすることも覚えないとダメみたいね」
「そ、そうですね……」
前方20mほどの木が消し飛んでいたことに気がついた。刀を振っただけでこうなりますの!?
柚子の魔法で大きな音が生じたのか……囲まれていますわね。
「出てきなさい。いるのはわかっていましてよ?」
わたくしの言葉が理解できるのか、のそのそと木に隠れていた獣たちが姿を現した。5・6・7……軽く10匹は超えていますわね。
「あ、アリス様?」
流石にさっきあれだけの威力を見せた柚子でも不安みたいね。ここはひとつ……
「柚子。手出しは無用よ。わたくし一人で片付けるわ」
「は、はい!」
さて……あれを試してみることにしましょうか。
「パーフェクトリング発動ですわ!」
右手中指に装備した指輪が5色に輝きだした。確か炎・水・雷・風・闇の基本魔法を使えるんでしたっけ。なら……
「まずはこれですわね。『ウインド!』」
わたくしの足元から銀色の風がわたくしを取り囲むように吹き出す。ちょっとこれ……スカートがめくれてしまいそうですわ……。
「キャー! アリス様大胆ですね!」
「ちゃ、茶々はやめなさい!」
下着くらい見たかったらいくらでも見せてあげますわよもう!!
「こ、このくらいかしら……えいっ!」
ちょうどいい威力に抑えた銀色の風を目の前の獣にぶつける。直撃した獣はぐるぐると宙で回転しながらその身を削られ……絶命した。
かなり威力を抑えたわりには一撃で仕留められるのね。気に入ったわ。スカートのことは……一旦忘れることとしましょう。
「グルゥ……」
仲間が一体やられたことで獣たちの間に動揺が走っているのがわかる。
「次よ。『ライトニング!』」
柚子の紫色の雷とは違ったオーソドックスな黄色の雷を前方に向けて放つと分散するように雷は進んでいった。
バチチッ! という轟音を響かせながら獣の身体を焼き尽くす雷は直撃した獣のとなりにいた獣たちへも襲いかかった。
「ふぅん。全力で撃てば全滅も狙えそうね。次よ!」
ノリノリで意気込んだのに辺りの獣たちはいつのまにか姿を消した。
まだ炎・水・闇の三属性が残っているというのに肝心の実験台が逃げてしまってはどうしようもないわね。
「まぁいいわ。初めての戦闘にしては上出来じゃないかしら」
「はい! 圧倒的でしたね!」
「しっ! 静かに。何か聞こえますわ」
耳をすませばズン……ズン……という重い音。それに枝が折れる音が聞こえてくる。
大蛇……は森の奥のほら穴に生息しているとクエストの紙には書いてありますし……何者なのかしら。
「あ、アリス様! あれ!」
「あれは……熊ですわね」
熊。ただしわたくしのイメージする熊の3倍ほど大きな熊が明らかに敵意を持った目でわたくしと柚子を見つめていた。
なるほど……この辺りの主人と言ったところでしょうか。
「柚子。あれもわたくしがやりますわ。いいわね?」
「は、はい! どうぞ……」
「『スキャン!』」
念には念を入れて一応測定することにする。さてさて結果は……
≪ヒヒグマLv22≫
あら。あの領主のクズ息子と同じLvじゃないの。よく見たら怒っている顔があのクズの顔にそっくりね。
「ちょっと思い出して怒りがこみ上げてきましたわね…貴方には罪はないのだけれど、これも何かの縁と思って諦めてちょうだい?」
「アリス様? 指輪はいいんですか?」
「えぇ。ちょっと……全力で今ある魔法を撃ってみたくなったの」
「なるほど……全力で……ん?」
今ある魔法は『絢爛の炎』くらいね。個人Lv100に魔法Lv4よ。喰らいなさい!
爆炎が生み出されわたくしを取り囲む。渦巻いた炎は不思議とわたくしには熱を感じさせない。
「いくわよ……『絢爛の炎!!!』」
「ダメです! アリス様!」
「へ?」
柚子に制止されるも途中で止められるものじゃない。全力を込めた爆炎は熊を襲う……だけでは飽き足らず周囲の森へ侵食、燃焼、爆発し、完全に地獄絵図を生み出していた。
「ゆ、柚子! 飛ぶわよ?」
「はい!」
柚子を抱きかかえて飛翔! なんとか巻き込まれずに済みましたわね……。
恐る恐る森を見てみると信じられないほどの勢いで炎が渦巻いていた。
「これ……自分の意思で消せたりしないんですか?」
「そんなの出来るのかしら」
でもやってみる価値はあるわね。今後もこういうことが起きないとも限りませんし。
とりあえず大事なのはイメージよ。火が消えるイメージ……
「『絢爛の炎:滅』」
強くイメージを持ったまま呟く。すると炎はだんだんと侵略をやめ、やがて綺麗さっぱり消えて無くなった。
「そういえばわたくし天才でしたわね」
「いやぁ……王道ですけど流石です! アリス様!」
「当然よ」と返しつつ森……だったものに再び降り立つ。自分でやっておいてなんだけど焦げ臭いわね…。
「これ何メートル燃やしたんですか? もしかしらもう大蛇も倒していたりして」
「そんなわけないでしょう? 森の奥ってあるんだから無事よ……きっと」
確証は持てないまま……森の奥へと進んでいく。これ以降獣たちは襲ってこなくなった。まぁ……当然ですわね。