71話 戦闘開始ですわよ
「さ、準備できたわね? 行くわよ」
「はい!」
おにぎりを食べ終わった柚子と共に戦場へ。【魔導士】がいるのなら話は早いわね。速攻で倒して魔王討伐への足がかりとさせてもらうわよ。
戦場は……ここ最近に比べるとより混沌と化していた。暴れまわる巨大なナメクジのような魔獣を騎士団が抑え込んでいる。よく見るとメルトさんもいるじゃない。
「柚子、行くわよ。抜きなさい」
「はい! 行くよ……[ムラクモ]」
紫色のオーラを放出する柚子の神器、[ムラクモ]。ラファエルさんの[カグツチ]のように神が入ったのならさらに強化されるということよね……。それもいつか見てみたいものだわ。
「同時にいくわよ……3・2・1……」
「『紫電:一刀両断!』」
「『ライトニング!』」
紫色の雷と黄金の雷が同時にナメクジの巨体に襲いかかる。
「クチョッ!?」
高い音で驚愕を表すナメクジの魔獣はわたくしたちの魔法を甘んじて受け、絶命した。今ので倒せたところをみるとレベルは30前後かしらね。
「……アリスさん、柚子さん……」
メルトさんに声をかけられる。顔は当然険しい。
「ご機嫌ようメルトさん。獲物を奪うつもりは無かったことだけは先に伝えておくわね」
わたくしたちが手を出さなくてもいつかは討伐できたでしょうね。ただ……戦場では1分1秒が惜しいですわ。
「……はい。……ッ!」
メルトさんが驚きと訝しむ顔を見せたのはちょうどわたくしが3席のバッチを取り出したタイミングだった。我ながら性格が悪いわね。
「このバッチに恥じぬ戦いを誓いますわね。ではまた」
「ふん!」
柚子もまた、メルトさんに対しての嫌悪感を隠そうとしない。まぁ……これくらいの関係性でちょうどいいのかもしれないわね。
わたくしも柚子も北上していく。戦線は上げられるだけ上げた方が【クイーン】の奪還に繋がりますわ。
「それにしても……【魔導士】は本当に出てきているの?」
「どうでしょうか……今日現れている魔獣が大型だったり奇怪な魔獣が多いので、もしかしたらと思って……」
そう、【魔導士】の特徴の報告書の中には<大型・奇怪な魔獣を好んで使役する>と書かれていた。【魔女】のルカさんから得た情報だろうから信憑性は高いわね。最高機密だからそれを柚子に言うわけにはいかないけれど。
「……ん。来ますわね」
「はい。これは……下!」
一瞬で柚子に抱きついて飛翔。役得と思ってはいないわよ? いないわよ? ……えぇ。
地面から生え出てきたのは巨大なモグラのような魔獣。爪が大きくて鋭利ね……。あれは強敵かもしれないわ。久しぶりに……
≪スキャン≫
調べさせてもらおうじゃない!
≪スチールモールLv44≫
……なるほど、かなりとっておきを出してきたということかしら? だとしたら本当に【魔導士】がいるかもしれないわね。
「柚子、いけるかしら?」
「もちろん!」
頼もしいわね。さぁ……激闘の開始よ!
「開幕先制……『ダークネス:竜巻』」
闇の竜巻を発生させ下へ襲わせる。
「ユリアンちゃんの魔法を参考に……『紫電:爆裂飛斬』」
柚子はユリアンの爆裂手裏剣のような魔法を[ムラクモ]から放出させる。柚子も最近イメージから魔法を作れるようになってきたわね。いい傾向よ。
「ンガァァァ!」
スチールモールはわたくしたちの攻撃にいち早く気づき、爪を立ててまず闇の竜巻を、次いで紫色の斬撃を切り裂いた。
「……ふん。流石にこのレベルになると手を焼くわね」
「でも……私の今の魔法なら」
そう、切り裂いた瞬間にボンッ! と柚子の魔法が爆発してスチールモールにダメージを与える。
「ンガッ!?」
やるわね柚子。今の段階では貴女の方がリードしているわよ。でも……主人として負けるわけにはいかないわね。
「わたくしはそうね……その爪、砕いてやろうかしら『ライトニング』と『サイクロン』。この2つを掛け合わせて……『風来坊』」
雷を纏った大嵐を起こし、スチールモールの爪一点をめがけてぶつける。
「ンンンガァ!!」
スチールモールも負けじと爪を立てて切り裂こうとする。ただの『サイクロン』ならそれで良かったでしょうね。でも……雷を纏わせてあるのよ?
「ガッ! ……ギギッ!」
そう、切り裂いた風から雷が襲いかかってくるの。貴方の爪で耐え切れるかしら?
なんとか耐えようというスチールモールの意思は見られたけれど、その決意虚しくパリン……とガラスが割れるような音と共に爪が砕け散った。
「ふふ。これでもう攻撃も守備もガラ空きね」
「うわぁ……アリス様エゲツないですねぇ……」
圧倒的に強いと言ってもらいたいわね。さぁ、本体にトドメよ。
「『絢爛の炎:瞬』」
煌びやかな炎の渦を一瞬だけ放射する。炎を浴びている時間は1秒に満たない間だったけれどスチールモールはその場に倒れこむ。
「よし、降りても大丈夫そうね」
「はい!」
もう少し遊んで柚子に抱きついたままというのも良かったかもしれないわね……。ダメよアリス。ここは戦場。煩悩は捨てなさい!
「……さて、【魔導士】はいるのかしら?」
「どうでしょう……狡猾な奴ですからね。スチールモールが倒されたのを見て逃げ出したんじゃ……」
そう柚子と話している時だった。
≪誰が逃げたって?≫
ゾクッと背筋が凍るような感覚。青年のような声色……でも、圧が人間のものじゃない!
「お出ましってわけね? 【魔導士】」
姿はない。でも確実にいる。約3ヶ月……これまでで1番討伐に時間がかかった魔王軍幹部だけれど……ようやくそのチャンスが回って来たわ。
「いかにも」
ハッ! として後ろを振り返る。いつのまに後ろに……。
立っていたのは……あまりにも白い青年。目も、髪も、肌も。アルビノに近い感じかしら。本当に何もかもが白いわ。
「俺は【魔導士】。この茶番のような戦闘も飽きた。退屈だ。認めてやるよ、お前たちは強い」
「あら……敵に褒められるだなんてね」
「だが……弱い。俺の奇策にハマる」
「……なんですって?」
モゾッという音が聞こえた……? 気のせいかしら。
「アリス様!」
「ゆ、柚子!?」
柚子が私を押し飛ばしてきた!? 何なの!? ……と思っていたらスチールモールの死体から大量の蛆虫のような魔獣がワラワラと出てきている。しかもすぐ足元にまで迫っていた。柚子が押し飛ばしてくれなかったら危なかったわね。
「ふん。いい従者を連れているな。せっかく【魔蟲】のヤツから魔獣を借りたのだが……不発か」
これが【魔導士】……。これは援軍が必要かもしれないわね。




