70話 最高機密ですわよ
「私の……負けか」
両膝をついて負けを悟ったラファエルさんは……敗北しているのにも関わらずどこか勇敢に見えた。
「えぇ。そしてわたくしの勝ち、ですわね」
チラッと試合室の上にいるエデンさんとルカさんを見る。
≪勝負は決したようですね。ではラファエルさん、3席の称号をアリスさんに。アリスさんはラファエルさんに4席の称号を渡してください≫
エデンさんからの通達通りわたくしたちはバッチを交換し合う。柚子……わたくし、やったわよ!
「……済まなかった。試合中少し無礼を働いてしまって。今日から君が……この騎士団の3席だ」
「えぇ。構いませんわよ。わたくしがまだまだ鍛錬を積まないといけないのは事実ですもの」
最後に固い握手を交わし、お互い反対側の出口へ。振り向きはしない。今ラファエルさんがどんな表情を浮かべているかだなんて、そんなことを気にしてしまっては失礼ですわ。
「お疲れ様でした。アリスさん。ではこのまま団長室まで。この騎士団の秘密をお伝えします」
「えぇ。よろしくお願いしますわ」
さて……この先にどんな秘密が待っているのかしら? ルカさんがわたくしにどうしても隠しておきたかった秘密……気になりますわね。実際今もなんとかこらえようと必死だけれど少し嫌そうな顔が漏れてますし。
団長室までついて行くとエデンさん、わたくし、そして扉側にルカさんという並びになる。妙ね。いつもはルカさんはエデンさんの横に並ぶのだけれど。
「では最終確認です。アリスさん。この秘密は騎士団だけでなくこの人類の未来をも左右するレベルのトップシークレットです。よろしいですね?」
「……えぇ。他言はいっさいしないことを誓うわ」
「では……説明してくれる? ルカ」
「……はい。アリスさん、私は……」
ルカさんはあえてなのか間を置く、緊張感を高めるためか、それとも単に言いたくないだけなのか。
「私は魔王軍幹部、【魔女】のルカ・モラルッチです」
「……へ?」
今……なんておっしゃいました!?
「ルカさんが……魔王軍幹部ですって!?」
ちょっと……異世界に来て初めて大きく動揺してしまったわね。でも流石に想定外だったわ。落ち着きましょう。それをエデンさんも知っているということは……
「ということは……二重スパイということかしら?」
「ご名答です。ルカは魔王軍から【白百合騎士団】に派遣されたスパイ……だったのですが、私が力ずくで屈させました。今では騎士団のために動きつつ、【魔女】として情報を魔王軍に流しています。当然、我々の脅威となり得ない情報のみですけどね」
なるほど……確かにそれは人類の今後を左右する情報だわ。まったく大げさな話でもなく、事実だったわね。やけに魔王軍の情報を持っていると思っていたけど、情報の出所が魔王軍幹部なら納得だわ。
「この情報は基本3席から上の者しか知りません。今はラファエルが4席になったので4人が知っていることになりますね」
「……ひとつ質問をいいかしら?」
「なんでしょう?」
まるでわたくしの質問を知っていたかのように即返事をするエデンさん。……これだから嫌なのよ。
「魔王を倒すためには魔王軍幹部を倒さないといけないと聞いたのだけれど……このままでは魔王は倒せないのではなくて?」
わたくしの冒険者カードにも記載されている【魔蛇】、【魔人】、【魔龍】討伐の証である○のマーク。あれを7つ集める必要があるのだと今まで思っていたのだけれど。
「魔王を倒すために証を得る必要がある。それは間違い無いです。ですが……その証を得る条件は別に倒すことだけではないのですよ?」
「そうなのですか? 例えば他にどんな方法が……」
わたくしのその言葉すらお見通しと言わんばかりに微笑んだエデンさんは話を続ける。
「例えば……本人にその証を貰うという方法ですね」
「……ではエデンさんはルカさんから証を?」
「いえ。そういえば貰っていなかったですね、ルカ」
「欲しいのならいつでも……」
気のせいか、少しいつもの棘が抜けた感じがしますわね。何というか……自信をなくした感じかしら。
「とまぁそんな感じです。ですからこちらにルカがいることを心配なさらなくていいですよ」
「……えぇ。ありがとうございます」
この話をもって3席昇格試験が終了となった。ルカさんはこの世界の人類の希望、魔王軍に勝てる一矢を放つことができる存在なのね。
さて、柚子に戦勝報告にでも行きましょうか。A地区の戦闘にも参加してあげましょう。と思ってA地区へ向かう途中、B地区へ向かうであろうラファエルさんを目撃した。……悔しかった後なのに、真っ直ぐで強い人ね。そういう人は結構好きよ。
声をかけずにそのまま前へ。わたくしが声をかけたら悔しさを押し殺して戦場へ向かう彼女の意思を邪魔してしまうものね。
しばらく歩いてようやくA地区へ。流石ね、柚子。昨日より結構前に進めているじゃない。
「柚子は……あっ、いましたわね。柚子ー!」
ちょうど休憩の時間だったのかおにぎりを食べている。微笑ましい光景だからもう少し見ていたかったけれどついつい声をかけてしまったわね。
「アリス様!」
柚子の方はわたくしを確認したらぱあっと顔を明るくした。可愛い……もうどうにでもしてしまいたいわ。
「どうでしたか? アリス様!」
「ふふ……この通りよ」
3席のバッチを見せる。すると柚子はまた笑顔になって……
「やりましたね、アリス様!」
ガバッと勢いよく抱きついてきた! 嬉しいのだけれど恥ずかしくてよ……!
「有益な情報は得られましたか?」
「えぇ。それはもう。でも内緒よ」
「はい。わかってます!」
よしよし。いい子ね。
「さて、戦況は?」
「上々です。ただ……噂によると【魔導士】が介入してきたと……」
「なるほど……柚子、食べ終わったら行くわよ。わたくしも戦場にて暴れてやりますわ!」
「はい! あむっ!」
おにぎりを頬張る柚子に緊張感をすべて持っていかれた気がするわね……。まぁいいのだけれど。




