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68話 第3席ですわよ

 柚子の温もりを長い間感じて、心を落ち着かせる。

 わたくし、どこかで焦っていたのかもしれないわね。柚子はどんなわたくしだって受け入れてくれていたというのに。

 でもね、柚子。わたくしは今弱いところを見せているけどね、好きな人には強いところを見せたいのよ。だから……貴女が笑って3席になったわたくしを迎えられるように、頑張るわね。


 心の中での誓いを聴き終えたとでも言うように柚子はわたくしを抱きしめていた腕をそっと解く。


「癒されましたか? アリス様」


「えぇ。ありがとう、柚子。貴女に支えられてばっかりね」


「そんな! 私の方がアリス様に支えられています。どんな時だって、アリス様がいらっしゃるから頑張れるんです」


「柚子……!」


 もう……告白してしまおうかしら。変な意地だとか、主人から想いを伝えるわけにはいかないだとか、言い訳を吐くのは辞めて。でも……臆病なわたくしはそれができない。柚子はルカさんにわたくしへの想いを聞かれた時に「わからない」と答えた。まだ柚子の中で整理がついていない可能性が高い。……まだ踏み込めない。つくづく弱虫ね、わたくしは。


「柚子……わたくし……」


 この先をどんな言葉を紡ぐのだろう。そうね、弱虫にはぴったりの言葉だわ。


「わたくし、明日頑張るわね。だから……応援してくれる?」


「はい! 当然じゃないですか!」


 ……今はこれでいいわ。これ以上、進むことはできないと自分で思ったのだもの。だから……この言葉にだけはせめて責任を持たないとね。絶対に明日、3席になってやるわよ!



 そして夜は明け……試験の日の朝に。


「おはようございます。アリス様」


「えぇ。おはよう、柚子。今日は戦場の方は任せたわよ?」


「はい! お任せください。アリス様の顔に泥を塗るような結果は持ってきません! だから……アリス様も頑張ってくださいね」


 そう言って上目遣いで手を握ってくる柚子。可愛い……。朝からこの可愛さは致死量よ……。


 朝ごはんは何と久しぶりに柚子が手作りしてくれることに。これが一番元気になれますわね。お味噌汁、魚の塩焼き、ご飯、卵焼き。【アトロン島】にいた頃と似たメニューに安心感を覚える。あの慣れ親しんだ島にも早く帰りたいわね。ユリアンとロマンも連れて。


「ごちそうさまでした。ありがとう柚子。さて、元気100%よ。行ってくるわね」


「はい! 頑張ってください!」


 あまり慢心だとか、強気すぎる発言はしたくないけれど……今だけはハッキリと言えますわね。


「負ける気がしないわね」


 小声で呟いた声は廊下で小さく反響してもう一度わたくしの耳に入る。さて……行きましょうか。

 意を決し、団長室へ。


「おはようございます。エデンさん、ルカさん。それと……」


 エデンさんとルカさんの横に立っていたのは見知らぬ女性。この状況から考えて、おそらくこの方は……


「初めましてだな。B地区総司令官、かつ第3席。ラファエルだ。よろしく」


 左目に眼帯、燃えるような長い赤髪、軍服に迷彩柄の制帽。かなり特徴的な方ですわね。


「よろしくお願いしますわ。4席、御陵院アリスと申します」


「うむ。君のことは団長殿からよく聴いている。たった3ヶ月で4席にまで上り詰めた者がいるとな」


 ラファエルさんが左腰に下げられた剣の柄を握った。……まさか


「ふっ!」


 ラファエルさんの叫びと同時に身を動かす。


「はっ!」


 髪色と同じく赤い刀身の剣がわたくしの目の前を横切る。


「……いい反応だ。これに当たるようでは試験をするまでもないと思っていたが、どうやら私も全力で行く必要があるようだな。これまでの4席までのように楽に登れるとは思わないことだ」


「そうね。今の剣筋を見たらそれは把握できたわよ」


 剣と刀のみで戦わせたら柚子と同格……もしくは……くらいには見えたわね。確かに4席までとは格が違う。強さだけなら魔王軍幹部に近いものを持っているかもしれないわね。


「突然失礼した。では試合室へ行こうか」


「えぇ。参りましょう」


 廊下を歩くは団長のエデンさん、副団長のルカさん、3席のラファエルさん、4席のわたくし。【白百合騎士団】の四天王とも言える存在が歩いていると流石にちょっとした騒ぎになる。まぁ……見た目的にも目立つ4人よね。


 数分歩いたところで試合室に到着。今回は特例での試験ではないため、相手の好きな種目で競うのではなく、シンプルな直接対決。この3ヶ月の間でわたくしも成長できた。『絢爛の炎』以外の魔法の使い方を覚え、力の加減、威力を伸ばす方法、そのすべてを知り尽くそうと努力した。


 さぁ……やりますわよ、わたくし。戦場でわたくしを応援しながら戦っている柚子のためにも、この勝負、絶対に負けられませんわ。


 試合室のドアを開けて中へ。すでに反対側のドアからラファエルさんは入室していた。


「……戦う前に一ついいだろうか?」


 意外にもラファエルさんから話かけられましたわね。どうしたのでしょう……。


「なんです?」


「この戦いは遊びでも試しでもない。この騎士団のナンバー3を賭けた大いなる戦いだ。それを軽視し、私が貴女を傷つけないと思って挑むと……死ぬこともあるぞ」


「……ご忠告どうも。ならわたくしからも一ついいかしら?」


「……あぁ」


 少し驚いた顔のラファエルさん。わたくしから何か言われるのが意外だったのか、それとも自分の言葉に臆さなかったことが意外だったのか。おそらく両方ね。


「この戦いは遊びでも試しでもありませんわ。この騎士団のナンバー3を賭けた大事な戦い。わたくしを軽視し、貴女を傷つけないと思って挑むと……死んでしまうかもしれませんわよ?」


 ラファエルさんが言ったこととほとんど同じことを、ラファエルさんに返す。


「くっ……はっはっはっ、ここまで胸踊るのは久しぶりだ。もちろん、貴女を軽視するつもりはない。こちらも全力で……抜かせてもらおう」


 真紅の剣。おそらく神器ね。柚子の剣と同じく赤いオーラが溢れでたわ。


≪双方準備はよろしいですね? では……試合開始!≫


 エデンさんのかけ声で試合が始まる。


「行くぞ! 『獄炎斬』」


 剣を燃やし、超速でわたくしの前に出現したラファエルさん。もしかしたら3ヶ月前のわたくしなら敗れていたかもね。でも……


「『ライトニング:波動』」


「なっ!?」


 バチチチッ! という音と共に雷の波がわたくしを中心に放出される。ラファエルさんは一度体制を立て直すために退く。流石ね。


「さぁ……始めましょうか。戦いを」

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