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67話 求めるもの

 強い決意を固めたところで館内アナウンスが流れる。


≪アリス様、至急団長室までお越しください。繰り返します……≫


「あら、珍しいわね、こんな時間に」


「アリス様、私も……」


「柚子はここで待っていなさい。もしかしたら4席以上の者しか聞いてはいけない内容かもしれないからね」


 付いていきたいという思いを前面に出しているけれど、残念ながらそうホイホイ付いて来させるわけにはいかなくなってしまったわね。完全にこの騎士団を支配できれば好き勝手できるのだけれど、エデンさんやルカさんを圧倒できるほどの力の差があるかわからないもの。


「では行ってくるわ。心配しなくても大丈夫よ、エデンさんからは強い敵意は感じないもの」


 あの人は真に隊員を平等に扱っている。それは確信できたわ。頑なにわたくしに実力を見せないのは気に入らないけれど……。


 少し急ぎ足で団長室へ。いつも通り団長室にはエデンさんとルカさんがいた。もう見慣れた光景ね。


「夜分の呼び出し、申し訳ありません」


「いいですわ。それより良かったのですか? 戦場から団長も副団長も撤退されて」


 夜の戦闘参加スケジュールにはエデンさんとルカさんがしっかりと指名されていた。この2人が抜けるのは大きな戦力ダウンだと思うけれど……。


「ご心配なく。今日は他の幹部も多くが夜に出てもらっていますから」


 オレンジ色の長い髪を少し揺らして、エデンさんが余裕を見せる。


「そうですか。それで……ご用件は?」


「はい。ルカ、説明してもらえる?」


 ここに来てルカさんに振るエデンさん。打ち合わせをしていなかったのかルカさんはちょっと驚いた顔を見せた。でも数瞬後には仕事顔に戻って……


「わかりました。アリスさん、明日3席幹部試験を受けることが可能になりました。受けられますか?」


 簡潔にそう伝えてきた。


「突然ですね。戦闘が激化している今、幹部試験を行う時間があるのですか?」


「はい。問題ないと考えています。もちろん柚子さんには戦闘に出ていただく必要がありますが……」


 ルカさんはわたくしの質問にも淡々と答える。おそらくわたくしの質問も事前に予測していたのでしょう。抜かりないわね、エデンさん。


「わかりましたわ。柚子にはわたくしから伝えておきます。今回は団長公認の特別試験ではなく、通常試験、つまり直接戦闘による勝利で昇格できるのですよね?」


「はい。その通りです」


 表情筋を一切動かさず答えるルカさんからは昇格するなオーラをひしひしと感じる。


「ありがとうございます。ではここで失礼しますわね。良い夜を」


「あら、少しお待ちください、アリスさん」


 退室しようとしたところでエデンさんに呼び止められる。何かしら……あまりこの部屋に長居したくないのよね。得体がしれないし、なにより柚子との時間を大切にしたいですもの。


「第3席に与えられる情報は、今後の人類の勝敗に直結する内容になっています。当然、外部への他言は強く禁止させていただきます。それは【白百合騎士団】脱退後も変わりません。そのことに同意していただけたら試験を受ける許可を出します。さぁ、同意なされますか?」


 ……一種の脅しかとも思ったけれど、どうやらそうではなさそうね。ここだけはいつもの得体の知れないエデンさんの雰囲気が弱まって少女であるエデンさんになっている気がするわ。


「……初めましてね」


「えっ?」


「あら失礼。もちろん同意しますわ。外部へ漏れないよう努めますわ」


「内部、柚子さんにもですよ?」


「……わかっていますわ」


 最後の最後で抜け目ないところが出たわね。少女エデンさんとの対面はほんの一瞬だけだったか……。


「では失礼しますわね。良い夜を」


 バタンとドアを閉めて、思考をまとめるためにしばらくドアの前に立つ。完全に他言禁止の情報は今までで初めて。いったいどんな情報を握っているというの……? 約束した以上柚子にも伝えられないのは厳しいわね。


 そんなことを団長室前で考えていると中から声が……。盗み聞きは良くないですわね。そろそろ部屋に戻りましょうか……。


「いいよ……ルカ」


「私も凄くいいの……エデン」


 なっ!? こ、これは足早に去りましょう。聞いてはいけないものを聞いてしまった気がしますわね。

 そ、そう。そこまで進んでいますの。まぁ恋仲なのだから不思議ではないのだけれど……。


 もし……もしわたくしも柚子と恋仲になれたのならそういうこともするのかしら……。ちょっと恥ずかしい。でも……


「ただいま、柚子」


「あっ、お帰りなさい、アリス様!」


 でもちょっとシたい……かもしれないわね。


「アリス様? 顔が赤いですよ? 熱でもあるんじゃあ……」


「な、なんでもないわよ?」


 いけないいけない。こんなはしたないことを考えてはダメよアリス。でもそんなことを団長室で行なっている2人はどうなのかしら。団長・副団長として。


 そういうことが現実に行われているんだと思うと途端に意識するようになってしまうわね。例えば……柚子の胸がいつもより気になってしまったり……。


「アリス様? どこを見て……って! アリス様のえっち!」


 柚子が腕を組んで胸を隠すような仕草をとる。


「なっ! ち、違うわよ!? 別に変な意味じゃ……」


 いや変な意味だったわ。完全にわたくしが悪いわねこれ。


「……何かあったんですか?」


「別に……明日3席の試験を受けることになっただけよ」


「本当ですか!? おめでとうございます!」


 まだ昇格が決まったというわけではないのに喜んでいる柚子。気が早いわね。それだけわたくしを信用してくれているということかしら。


「戦闘は激化しているでしょう? だから柚子は戦場に出てもらうわ。くれぐれも気をつけてね」


「はい! お任せください! アリス様が安心して試験を受けられるように頑張ります! ……だから胸を求めていたのですか?」


「今の話のどこがどう繋がるのよ!」


「いや……試験前に癒しを求めているのかなって。一説によると胸には癒しの効果があるらしいので……」


 そうなの……? 初めて聞いたのだけれど。


「じゃ、じゃあ私も勇気を出します!」


「へっ?」


 柚子に腕を引っ張られる。頭が自然と柚子の胸に吸い寄せられた。この柔らかさ……温かみ。たしかに癒されるかもね。小恥ずかしいけれど。


 試験前に美味しい思いができましたわね。まったくの計算外ですけれど。

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