62話 10席ですわよ
試合時間は1時間もなかったというのにすごく疲れを感じる。お婆さまのレッスンがあったからかしら。
「さて、それでは10席になったアリスさんにこちらをプレゼントします」
エデンさんから手渡されたのは、「10」と書かれたバッチ。服に付けろということかしら?
「幹部の証みたいなものです。身につける必要はありませんが、携帯はしていてください」
「わかりましたわ。それで……どんな情報を10席では得られるのかしら?」
結局1番大事なのは何を得ることができるか。これに尽きますわね。最終的にここの持つ情報をすべて持って帰るのが目標だけれど、10席で何割得られるのかしら。
「そうですね……団長室までお越しください」
エデンさんに連れられ団長室へ。しばらく待っているとエデンさんが大きな地図を持って来て机に広げた。
「この【エクトル】の街から北側の状況についてです。E地区がここ【白百合騎士団】の本部。ほとんど戦闘はありません。D地区はかつて【オランド】という街でした。C地区はかつて【カナル】という街で、ここから戦火は激しくなっていきます」
なるほど……戦闘地区は魔王軍に支配されるまでは人間の住む街だったのね。
「B地区は【キクルス】、そしてA地区は首都【クイーン】という街でした」
あのデコボコとした岩肌を思い出す。あれが首都の跡ですって……?
「驚かれるのも無理はありません。あそこは最大戦闘地になり、ほとんどの建物、人、物が壊されましたから」
ルカさんがその言葉に目を瞑る。悲惨な戦いが行われていたことは想像に容易いわね。
「ここまでが10席に開示できる情報です。旧都のことはほとんどの人間が知らないことですからね。なぜなら……」
「【クイーン】の人間はほぼ全滅した……からかしら?」
「正解です。生き残ったのはおそらく、私だけです」
……首都が陥落したのはここ十数年の話ということね。わたくし達はこの世界から見たら異世界人だからそういう歴史には疎い。今聞けたことは貴重な情報になりそうね。
「……どうもありがとう。この世界の歴史は有益な情報ですわ」
「いえいえ。10席になられたのだから当然の権利です。明日はもっと情報を得られるといいですね」
ニコッと笑いながらそう言ったエデンさん。その胸中は……覗くことができないわね。本当に心の底では何を考えているのかわからないわ……。
「では柚子のところへ向かいますわね。ルカさん、今柚子はどちらに?」
「B地区で見張りをされていますよ。B地区は初めてですよね? ……ご案内します」
「それはどうも」
少し嫌味な感じを受けたけれど気がつかなかったフリで誤魔化しましょう。一人でB地区へ行くのは時間がかかりそうですし。
「ではこちらへ」
エデンさんに一礼してルカさんについて行く。先ほどの話だとB地区は【キクルス】という街なんでしたっけ。
20分ほどでB地区へ到着。少し建物の残骸が残っているわね。でも……どんな建物だったか判別はつかない。きっとこの街も激しい戦火に呑まれたのでしょうね。そして……【白百合騎士団】が敗れれば【イリス】や【アイン】だってこうなるかもしれないということよね。歴史を知れば今を知れるとはよく言ったものだわ。
「あ、柚子さんいらっしゃいましたよ?」
あ、本当だわ。見張り台のようなところで執事服を風になびかせている。カッコいいわね、惚れ直すわよ?
「柚子ー! 終わったわよー」
「あ! アリス様!」
ぱあっと柚子の表情が明るくなった。そんな可愛い笑顔を見せられたら戦う気が無くなるわよもう……。
「幹部試験お疲れ様でした。どうでした?」
バッチを取り出して……
「見ての通り、合格よ」
「やったぁ! 流石です、アリス様!」
「ちょ、ちょっと柚子!?」
興奮のあまり抱きついてきた柚子。そんなことをしてくれたらわたくしの方が興奮してしまうじゃない!
「あ……ごめんさない。つい興奮しちゃって……」
「まだ10席よ。上はまだまだあるわ」
「アリス様ならどこへだって行けると信じていますよ!」
「ありがとう柚子。さて、戦闘は?」
見たところ魔王軍や魔獣はいなさそうだけれど。
「やっぱり【魔龍】が倒されたからか、おとなしいですね。1時間半くらい見張ってますけどネズミ一匹すら通りません」
やはり指揮官を失ったらそうなるわよね。それと……もしかしたらお葬式に力を入れる文化が魔王軍にあるのかも知れないわ。あくまでもしかしての話ですけれどね。
「今日は一般隊員に任せましょうか。柚子さん、上がってもらってよろしいですよ」
ルカさんがそう言ってくださった。今からオフになるのね。じゃあ今日の午後は柚子とイチャイチャしようかしら。
一般隊員の皆さんに一礼をして隊舎に戻る。オフになったとはいえ戦闘が始まったらすぐに駆けつけなきゃいけないわね。となるとリラクゼーションは無しね。ふつうに部屋にいましょう。その前に……
「お昼ご飯を食べてから部屋に行きましょうか」
「はい! 食堂行きますか?」
「そうね、作る手間も省けますし、いいでしょう」
楽を覚えるとなかなか抜け出せなくなるものね。食堂ってもしかしたら魔力を持っているかもしれないわ……。4ヶ月後また自分たちで料理する生活が始まると思ったら少しだけ億劫ですわ。まぁ……無人島生活も楽しくなってきたのだけれどね。
食堂でお昼ご飯をいただいてからお部屋に戻る。まだ13時……何でもできるけれどもし戦闘が起こったら……と考えたら何もできないわね。
「んー! ユリアンちゃんとロマンちゃん元気かなぁ〜?」
伸びをしながら柚子がそう呟く。まだ数日しか経っていないのにずいぶん長く会っていない気がするわね。頭の中でユリアンの「なのです!」とロマンの笑顔が思い浮かぶわ。
「今ごろニコラと修行しているんじゃないかしら? 帰ったら柚子より強くなっていたりしてね」
「そうなったら悔しいけど……ちょっと嬉しいかもしれませんね。妹みたいなものですもん!」
やっぱり柚子にとってユリアンとロマンは妹みたいな存在になっているのね。まぁ……実を言うとわたくしも妹のように見ている面もあるけれど。あの二人は放って置けないし、可愛いものね。
「あー! 暇すぎます!」
1時間くらい部屋で経過すると暇を持て余したのか柚子が叫んだ。
「……柚子も本でも読んだらどう?」
「お堅い本は苦手なんですよ……異世界ライトノベル読みたい……」
ライトノベルがここにあったら驚くわよ……。本があるだけ幸運だと思っているのだけれど。
「そうだ! トレーニングルームみたいな看板ありましたよね? アリス様とトレーニングしたいです!」
「わたくしとトレーニングを?」
そういえばあまり柚子と修行することは無かったわね。剣術を盗めるかもしれないし……やってみても面白いかもしれないわね。
「はい! どうですか?」
「いいでしょう。ずっと部屋で本を読んでいたら身体も鈍ってしまいますものね。トレーニングルーム、行きましょうか」
「はい!」
イチャイチャする気だったけれど……一歩踏み出せなかったわたくしのせいでトレーニングになっちゃったわね。まぁでも……これで柚子と同じことを共有できるようになったし、これはこれで有り……と思っておきましょうか。




