60話 試験前日ですわ
「私が……アリス様を?」
柚子の気持ちをまっすぐに聞くルカさん。わたくしも涼しい顔を装っているけれど内心期待と不安が渦巻いていますわ。心臓バックバクですわよ?
「もちろん……お慕いしています」
「……それは好きとは違う、ということですか?」
そう聞かれると黙り込む柚子。何かを考えて、悩んでいる。というより初めて考えているという感じね。
気になるけれど……使用人が困っている時に助け舟を出さないような主人でいるわけにはいかないわね。
「ルカさん、その辺にしてくださる? 柚子が困っていますわ」
「……そうですね。失礼しました」
思ったよりあっさりと引き下がったわね。やっぱりエデンさんに比べると底知れない感じはまだ浅い方だわ。
「アリス様……私は……」
モジモジとしながら俯く柚子。きっと……考えたこともなかったのでしょうね。ちょっと寂しいけれど、今はそれが現実なのだと受け入れるしかないわね。
「気にしなくていいのよ柚子。貴女はずっとわたくしの隣にいてくれたらいいわ」
「……はい」
「それも、はたから見たら愛の告白ですけどね」
……まぁここで茶々を入れてくることはなんとなく予想済みでしたわよ? エデンさんには無いものをこの人は持っているわね。不気味さよ。得体の知れないところ含めてね。
「わたくし達にはわたくし達なりの距離感がありますの。それで? ルカさんとエデンさんはお付き合いされているのですか?」
そう聞くと周りで聞き耳を立てている者がいないかどうかを調べるためか首を動かしてキョロキョロとする。
「ここだけの話ですが、付き合っていますよ」
「ほわぁ……!」
なぜか柚子が顔を赤くして口を両手で抑える。なるほど……つまりルカさんとエデンさんはわたくしにとって恋愛の先輩でもあるのね。一応今まで以上に敬意を持っておきましょうか。
「ど、どんな感じなの? その……女性同士のお付き合いって」
……しまった! 聞くつもりもなかったのに無意識のうちに聞いてしまいましたわ。言ったことは取り消せませんし、仕方ないですわね。
「そうですね……特にイメージと変わらないと思いますよ? 愛を育むことに性別は関係ありません」
素晴らしい……気に入ったわ。その考え。柚子も堂々と話すルカさんに向けて拍手を送っている。
「ふふ……照れますね。エデン、あぁ見えて2人きりだと結構甘えてくるんですよ? 昨日なんて膝枕しろーだなんて言って」
「「ふむふむ!」」
わたくしも柚子も興味津々でルカさんの話を聞く。
「そんなところも……大好きなんです」
照れながらも言い切ったルカさん。なんというか……尊いわね。実際の声を聞いて、なんだかもっと柚子と付き合うことにワクワクしてきたわ。……柚子はわたくしのことを恋愛対象として好きか、違う意味での好きかを理解しきれていないようだけど。
「って、話し過ぎちゃいましたね。エデンに叱られる前に止めておきめしょう」
えぇ……もう少し聞いてきたかったわ。でもせっかく話してくれた方にそんなことを言えるはずもなく……
「貴重なお話をありがとうございました」
「ありがとうございました!」
とりあえず礼を言うことにしましょう。
「……明日から幹部試験を受けることができるようになったらしいですね」
……なるほど、わたくし達が聞きたいことを聞いて逃げるのを防ぐために話したのね。やけに饒舌になるなと思ったわ。さすが副団長、本題のために仕掛けていたわけね。
「……えぇ。わたくしは明日臨むつもりですわ」
「そうですか……幹部のどの席を取るおつもりですか?」
「そうね……団長の座だって、夢物語ではないと思っていますわよ」
その言葉にルカさんは反応を隠しきれてない。明らかにわたくしに幹部になって欲しくないのはわかる。それが何故かも……半分くらいわかりますけど。
「……気をつけてくださいね。うちの幹部には魔王軍幹部と十分戦える者がいますし、基本的に現幹部に有利なシチュエーションでの模擬戦等が行われますから」
わたくしも柚子も食べ終わった。このあたりで退散したいところね。
「……忠告どうも。でも1ついいかしら? ……わたくしは負けませんわよ? なぜなら……天才ですもの」
その言葉を残して席を後にする。柚子と一緒にルカさんに一礼をして、食堂を出た。
「ふぅ……前半は楽しい会話だったのに後半は息がつまる思いでしたよ! 何であんなに殺伐とするんですか!」
「仕方ないでしょう。仕掛けてきたのは向こうじゃない」
幹部試験……思ったよりトントン拍子で進んでいくわけではなさそうね。
そしてルカさん。あの人がわたくしに幹部になって欲しくない理由は、情報。何かとんでもない秘密を【白百合騎士団】は持っていて、それを4ヶ月で外部の人間になるわたくしに渡したくないから幹部になることを良く思っていない、という線かしら?
それならその秘密……何が何でも幹部になって得たいものね。
小難しいことを考えながら歩いているといつの間にかお部屋についていた。あとはお風呂に入って寝るだけですわね。
「アリス様が幹部試験を受ける間、私は様子を見守れるんですかね?」
部屋について早々にベットに腰かけた柚子が問う。
「どうかしら。見守ることもできるかもしれないけれど、もし戦いが始まったら参加してきなさい。助けになるでしょう」
指揮官である【魔龍】を失った魔王軍に戦いを仕掛ける体力があるかはわからないけれど、警戒はしていないとね。
「幹部試験で幹部の人たちが動いちゃったら戦場が手薄になっちゃいますもんね……わかりました! 戦いがあったらそっちを優先します。……アリス様を見ていたいですけど!」
そう真っ直ぐ言ってもらうと照れるわね。
「……ねぇ柚子。わたくしのことを聞かれて戸惑っていたわよね? どうして?」
「えっ……」
やっぱり気になる。柚子がわたくしのことを恋愛対象として好きであるのか、そうでないのか。結論は出ずとも、そのヒントになるようなことくらいは知っておきたい。
「アリス様のことは……もちろん好きです。でもそれが恋愛対象としてなのか、自分でもわかっていません」
俯きながら申し訳なさそうに言葉を紡ぐ柚子。
「アリス様は……どうなんですか? 私のこと、好きなのですか?」
なっ!? ここでカウンターが飛んできますの?
「も、もちろん好きですわよ。でも……貴女と一緒。恋愛対象としてかはわからないわ」
真っ赤な嘘。わたくしはわかっている。この気持ちは、恋だって。でも……わたくしから想いを伝えては日本に帰った時に体裁が保てない。使用人である柚子から気持ちを伝えてもらう方がベターですわ。
「アリス様もでしたか……自分の気持ちって、案外わからないものですね」
「……そうね」
ごめんなさいね、柚子。貴女の主人がもっとしっかりしていたら、もっと素直になれたなら、もっと普通の少女だったら、想いを伝えられたのに。こんな嘘で塗り固めてしまって……ダメな主人だわ。
「そろそろ寝る準備をしましょうか、アリス様」
「えぇ。お風呂、先にいただくわね」
「はい!」
リラクゼーションでゆったりした体にお風呂で追い討ちをかけるように安らぎを与える。これがまた効くわね……!
さっぱりとして、あとは寝るのみ。この前は柚子の膝で眠ってしまったけれど、二度もそんなミスは犯せないわね。
「おやすみなさい、柚子」
「はい! おやすみなさい。明日、頑張ってくださいね!」
柚子からの真っ直ぐすぎるエールをもらう。単純な言葉だけれど、元気100倍になるわね。
「えぇ。ありがとう。必ず幹部になってくるわ」
期待してくれている柚子のためにも、負けられませんわね。




