57話 vs魔龍ですわよ
「行くぞ! 『ドラコフレイム!』」
【魔龍】の口から渦巻く炎が放射される。
「柚子!」
「はい! 『紫電:十文字斬り』」
柚子の剣術で応戦。当然エデンさんも後ろには控えているから何とかなるでしょうね。そのうちに……
「『ライトニング!』」
「むっ!」
本体への攻撃を忘れない。ここで沈めておく方が後々楽になりますわ。
「舐めるなぁ! はあっ!」
「なっ……! 気合いで!?」
いや……冷静に見てみると【魔龍】の周辺の空気が震えている。声の振動で空間を震わせて雷を止めたのね。意味がわからないけれど。
柚子もなんとか『ドラコフレイム』を斬り裂いたようね。流石よ、柚子。
「どうした? なぜ剣で語らぬ。エデンよ」
エデンさんは白い宝石のような剣を持ったまま動かない。【魔龍】の口ぶりから察するに、常日頃から剣を交えているようね。
「今日はアリスさんと柚子さんがいらっしゃいますから」
簡潔に答えるエデンさんが気に食わなかったのか、【魔龍】が眉をひそめる。
「【魔蛇】と【魔人】を屠って勝者気分か? 我は奴等ほど甘くはないぞ」
「……でしょうね」
見ていればわかるわよ。【魔龍】はどこからどう見ても戦闘のための幹部。もしかしたら幹部の中で一番強いかもしれない。【魔蛇】は冒険者の芽を摘む役割で、【魔人】は恐らく雑兵を生む役割。となればレベルも違ってくるでしょうね。
「でもだからといって逃げるわけにもいきませんの。わたくし、【白百合騎士団】の幹部になる者ですので」
そう答えると【魔龍】は高らかに笑う。
「はっはっはっ! 我を前にして幹部入りを宣言とは面白い。なるほど確かに肝の座った女よ。エデンよ、この者の真価を見極めるために手を出さぬのだな?」
「……さぁ? どうでしょうかね」
はぐらかすエデンさんと見破ったりという様子の【魔龍】。なんだか敵同士でなければ親友になれそうな2人ね。
「剣で語らぬというなら語らせるまでよ。ヌゥン!」
【魔龍】が思いっきり地面を蹴って大加速! 6本の腕に刀を握り、突進してきた。
「くっ!」
「うわわっ!」
「はぁ」
わたくしも、柚子も、エデンさんも2本ずつ刀を受け止める。近くにくると大きいわね……身長は軽く2メートルを超えているかしら?
「ふむ……やるな。ではこれでどうだ! 『ライトニング』」
【魔龍】が刀に雷を通して切れ味を上げてきた。わたくしと同じ手法を! なら……
「『ライトニング!』」
こちらも同じ手法を使わせていただきますわ。
「ぬっ……うぉおおお!」
「ぐっ……!」
純粋な力比べで勝てる相手ではない。今の一瞬の鍔迫り合いでそれを悟った。
3人同時に下がり距離をとる。あの刀の間合いに入ったら面倒ね……。【魔龍】の領域にわざわざ入ることは今後やめましょう。
「ふっ。我の力、思い知ったか」
誇らしげに6本の刀を日に照らして眺める【魔龍】。少しナルシストなのかしら……。
「さて、アリスさん、柚子さん。朗報です」
突然エデンさんが呟く。こんな戦闘中に何を朗報だと言うのかしら。
「今勝手に私がルールを追加しました。今日から魔王軍の幹部を倒したものは、【白百合騎士団】の幹部試験に受ける権利を授けます」
……この人は本当に何を考えているのかしら。いや……もしかしたら本当に目の前の【魔龍】を倒すことだけを考えている? よくわからない人ね。でも……
「そういうことなら話は早いわ。柚子、絶対に倒すわよ」
「はい! 【魔龍】討伐ですね!」
「……気のせいかずいぶんと無謀なことを口走ったな。我を討伐……か。活きのいい小娘よ」
「その小娘に討伐されるのが貴方よ、【魔龍】。悪いけれどこうなった以上貴方にはおとなしく倒されてもらうわね?」
「ほざけ! 『ドラコフレイム』」
バカの一つ覚えのように同じ魔法を撃ってくる【魔龍】。いいわ、完全に本気で行きましょう。
「『フレイム!』」
手加減なし、本気の『フレイム』。もちろん魔法だけなら『ドラコフレイム』には劣るでしょう。でも……
「何っ……! 何故『ドラコフレイム』が『フレイム』なぞに!」
そう、今の状況はわたくしの『フレイム』がじわりじわりと『ドラコフレイム』を押している状態。剣術に磨きをかけてばっかりで魔法に力を入れていなかったのね。わたくしの低い魔法レベルでも十分に競り合えますわ。
「ぐっ……! このぉ!!!」
また直撃前に声を荒げてバリアを張る。あればっかりはとんでもない技ね。
「……エデンさん、先ほど言われたこと、お忘れなきよう」
「え?」
「アレを倒したら幹部になれる試験を受けてもいいのですね?」
「はい。二言はありませんし、とぼけるつもりもありません。……全力を?」
「A地区はボロボロになるかもしれないけれど、そこは許してくださいね」
そう言って前に出る。
「アリス様、危険です!」
どんどん前に出る私に向かって柚子が叫ぶ。まぁ……命知らずな行動よね。でも……
「大丈夫よ、柚子。今のわたくしは……100%の全力だからね」
そう言うと安心したのか、柚子はそれ以上何も言わない。さて……【魔龍】には悪いけれど踏み台になってもらうわよ。全力をエデンさんに見られるのは痛いけれど……まぁ幹部に近づけるのならいいでしょう。
「……雰囲気が変わったな、小娘よ」
「えぇ。それがわかる貴方も流石魔王軍の幹部ね」
「……我は魔王軍の幹部である前に武人だ」
まぁ……今の所卑劣なところは一切ないしね。悪人というよりは武人の方が確かに合っている気がしますわ。
「行くぞ、小娘」
「来なさい【魔龍】。貴方の全てを否定して倒してみせるわ」
6本の刀を握る力が強くなる。さぁ……こちらも『絢爛の炎』で相手しないと失礼というものよね。
「『絢爛の炎』」
足元から渦巻く炎が出てくる。煌びやかに、華やかに輝く炎は【アイン】南東で撃った時以来の全力の証。
幸いA地区は戦場であるため建物など価値のあるものはほとんど残っていない。焼き尽くしても問題ない岩肌ばかりね。
「うああっっ!」
叫びながら突進してくる【魔龍】。さぁ……行くわよ!
「『絢爛の炎』、放射!」
華やかに輝きながら渦巻く炎を迫り来る【魔龍】に向かい放出する。炎は爆炎も生じながら前へと進み、空気すら飲み込みながら力を蓄える。
「ぬぅお!!!!」
直撃間近のところで【魔龍】は6本の刀を構えて応戦する準備をする。でも……
「がっ……な、なにぃ!?」
そんな刀なんて何本あったところで変わらないわよ。わたくし……この天才、御陵院アリスの本気の『絢爛の炎』なのだから!
「燃え尽きなさい!」
この声に応じるように『絢爛の炎』は爆発的に威力を高め、【魔龍】を一気に飲み込んだ。空に点在していた雲もその爆風に煽られ姿を消す。それほどまでの高エネルギーを持つ炎は【魔龍】すらも飛び越え、A地区のはるかかなたへと消えていった。
「……どうかしら? エデンさん」
「……想像以上です。流石ですね、アリスさん」
言葉では賛辞を贈るものの、やはりどこか奥底にまだ何か余裕を感じる。何なのかしら……この違和感というか、気持ち悪さは。
『絢爛の炎』で生じた煙が晴れ、【魔龍】がいたところが見えてきた。
「なっ!」
完全に消し炭になっていると思っていた。でも実際は【魔龍】の形を保ちながら立って絶命していた。まるで弁慶のように。
「……敬意を表すわね。他の幹部より、貴方が一番マシだったわ。【魔龍】」
さて……これでようやく幹部への挑戦権を得たわね。どんなものが待つかは知らないけれど、待っていなさい。




