56話 A地区ですわよ
「……ん」
あら……いつの間にか眠ってしまっていたのかしら。ここ最近忙しかったものね。
チラと横を見ると柚子もスヤスヤと寝ている。この世界では高価だという時計も、流石【白百合騎士団】と言うべきか、部屋には備わっていた。時刻は朝6時。そういえば何時にA地区へ行けばいいのか聞いていないわね。もう少し寝ていようかしら……。
もう一度ベットに入る。わたくしの温もりか、柚子の温もりかはわからないけれど確かな温かみを感じる。なんだか……心地いいわね。これだけ安眠できるのも久しぶりですし。
「んん……アリス様ぁ……」
柚子の寝言かしら? 夢にわたくしが出ているのね、ちょっと嬉しいわ。
そう思っているうちに、また意識が遠のいていく……。ここのベット、気持ちいいわね。
≪ピンポーーン!≫
……あら、来客かしら? ってもう8時じゃない!
「柚子、起きなさい、柚子!」
「むにゃ?」
さて……わたくしは出ないと。
「はーい」
「おはようございます。アリスさん、柚子さん」
「だ、団長!?」
ドアの前に立っていたのは【白百合騎士団】団長のエデンさん。オレンジ色の長い髪を揺らし微笑んでいた。
「驚きました?」
「そ、それはもちろん。まさか団長自らわたくしたちのモーニングコールに来てくださるとは思ってもいませんもの」
「ふふ……VIP待遇だと他の隊員に嫉妬されてしまうかもですね」
……どこか掴めない人ね。やっぱり。できればあんまり近くにいたくないわ……。
「朝食を食べてA地区へ向かいますわね。先に行っておいて……」
「ご心配なく。朝食、持ってきましたよ。3人分」
「……え?」
そう言ってエデンさんは横に置いてあったリアカーのようなものを取り出し、部屋の中へと入ってきた。
「ちょ!」
「親睦を深めましょう? アリスさん、柚子さん」
……本当に何を考えているのかしら。ルカさんも厄介だったけど、この人はそれを軽く凌駕してくるわね。
エデンさんは勝手にわたくしたちの部屋の机を部屋の中央に置いてパンとスープを並べた。本当に一緒に朝食をいただくつもりなのね。
「うわぁ美味しそう!」
柚子はエデンさんを訝しがる様子もなく、いつのまにか机に向かって座っていた。寝起きなのにすごいわね。
「ほらほら、アリス様もいただきましょうよ!」
「……そうね」
固まっていても仕方がないわ。もうどうにでもなれですわね。この方は少なくとも悪人というわけでは無さそうですし。
「いただきます」
パンと手を合わせてエデンさんが呟く。柚子もそれに続き、わたくしも渋々続くことにした。
「さて……本日向かうA地区ですが、ご存知の通り最も戦火が激しい地区です。心の準備はよろしいですね?」
「はい!」
「えぇ」
元より魔王軍幹部との争いをしている身。激しい戦いなど覚悟の上ですわ。
「ちなみに現在A地区には魔王軍幹部の【魔龍】が出現しています。ご注意を」
「なっ!」
魔王軍幹部が……そこにいるというの!?
「そんな珍しいことではありませんよ? むしろしょっちゅう魔王軍幹部は現れます。討伐できたことは一度もありませんが」
なんてこと……こんなに早く魔王軍幹部との戦闘が始まる可能性があるだなんて。
「魔王軍幹部がいて大丈夫ですの? 特に……エデンさんはこちらにいらして」
「えぇ。今はルカに任せていますから」
……なるほど。
「それに、他の隊員たちも冒険者として一流の者たちが集まっています。よほどのことがない限り全滅はあり得ません。指揮を執っているのは私ですしね」
絶対的自信を見せるエデンさん。まるでわたくしのような自信ね。
「ごちそうさまでした。さぁ、行きましょうか」
マイペースに話を進めるエデンさん。こういうところも掴みにくいところの1つなのよね。
エデンさんについて行きA地区へ。
「うわぁ……なんか……不快感?」
柚子のいうとおり、ここに入った瞬間体に死神がまとわりついたかと思うほどの不快感が襲ってきた。
「最前線の最前線。死と隣り合わせの世界ですから。さ、行きましょう」
こんな中でも平然と歩くエデンさん。しかしいつのまにか甲冑の頭部分以外を身につけていた。召喚でもしないと不可能な速さよ……? こっそり≪スキャン≫をかけようと思っていたのに……不可能になりましたわね。
しばらく歩くと拠点が見えてきた。C地区と比べると入り口から近いから……結構押し込まれているということね。
「団長!」
隊員の1人がエデンさんを見つけ駆け寄ってきた。
「戦況は?」
「押し込まれています。【魔龍】の影響が濃く、副団長だけではちょっと……」
「了解しました。では……向かいましょうか、アリスさん、柚子さん」
「は、はい!」
「はい」
団長について行っているだけあって無駄に注目を浴びるわね……。
しばらく歩くと激戦の音が聞こえる。
「『ホワイトウィンド!』」
白い髪をなびかせながら戦う女性……ルカさんね。
「ルカ! 来たわよ」
「よし、みんな、撤退!」
「「「ハッ!!!」」」
隊員みんなが全力疾走して撤退する。実質これが交代なのかしら? 今まで10人で戦っていたものを3人でやれというの?
「逃すかぁ!! 『ドラコフレイム!』」
煙の中から唸る炎が飛び出してきた。あの中に……【魔龍】がいるのね。
「お疲れ様、みんな。『テラシールド』」
エデンさんが超巨大な盾を召喚する。巨大な淡い橙色の盾は炎を完全に防ぎきった。
「む……来たか! エデンよ!」
「馴れ馴れしいのは相変わらずですね、【魔龍】」
煙が晴れ……そこに立っていたのは緑色の肌をした龍。ただし二足歩行。空を飛ぶわけでもなく、地を歩いていた。龍と人のハーフといったところかしら?
「貴様と剣を交えることこそ我が人生よ。……む? 今日は邪魔者がおるようだな」
【魔龍】の視線の先にいるのは、もちろん私と柚子。完全に邪魔者扱いね。
「アリス様を邪魔者だと……!」
「落ち着きなさい、柚子」
わたくし達の今の会話に【魔龍】の耳がピクリと動いた。
「……アリス、柚子? そうか。貴様らが【魔蛇】と【魔人】を討ったという人間か。面白い……相手にとって不足はない」
こちらは実力者が3人。向こうはたった1人。どうやって相手をする気なのかしら。
「数で安心なさらないでくださいね、【魔龍】に数は関係ありません」
「そうだ! 我の腕は……ぬんっ!」
「ひっ!」
【魔龍】の行動に、柚子が小さな悲鳴をあげる。腕が生えた……それも4本も。
「この6つの腕で貴様らをさばいてやる。六刀流だ」
6本の腕すべてに刀を持ち、自信たっぷりの笑みを浮かべる【魔龍】。
「柚子、行くわよ」
「はい! 行くよ……[ムラクモ]」
紫色のオーラがいっぱいに広がっていく。その刀を見て【魔龍】が唸った。
「素晴らしい刀だ……。神器か。しかし神無しとは勿体無いことよ」
「私も剣で勝負をつけることとしましょう。[セントエスパーダ]」
エデンさんが抜いたのは白い宝石のような剣。確かめなくてもわかる。神器ね。
「お主は剣は持たぬのか?」
乗る必要はない。でも柚子とエデンさんが刀と剣の至近距離での戦闘をするというのならわたくしの魔法主体の戦い方では邪魔になる可能性がある。ならば……
「『ストレージボックス』」
漆黒の大剣を取り出す。
「これで満足かしら?」
そう問うと満足であると言わんばかりの笑顔になった【魔龍】。
「役者は揃ったな……よし。では行くぞ【白百合騎士団】! 貴様らは今日で終わりだ!」
「行きますよアリスさん、柚子さん。突然の幹部戦ですがよろしくお願いします」
「はい!」
「えぇ!」
本当に突然だけれど戦争というものはそういうものなのね。受け入れるしかないわ。




