55話 団長ですわよ
「……」
サンドシャークをお望み通り全力を使って倒したというのに、沈黙を貫くルカさん。
「お望み通り、全力を出しましたわよ?」
「……ありがとうございます」
何か不服そうね。まぁ、理由はわかりますけど。
地上に降りると先ほどの女性兵士が地図を持ってこのエリアを赤く塗りつぶした。
「よーっし、今日はもしかしたらC地区全部を奪還できるかもしれませんよ!」
「焦らないの。じっくりと進んでいくわよ。あ、1人後退した部隊に倒したと連絡してきてね」
わたくしとの2人きりから解放された瞬間からルカさんはまた幹部然とした対応をとる。これがプロ意識というやつかしら?
「お疲れ様でした。アリス様!」
「えぇ。なかなかに骨のある敵でしたわね」
全力を出すのは久しぶりだったけれど、あんまり騎士団のみんなは騒がしくないわね。もっといろいろ質問責めに合うかと思いましたけど。もしかしたら団長がわたくしほどに強いのかしらね。
「アリスさん、柚子さん。感謝しますね。お二人がいなかったら討伐は難しかったでしょう」
ルカさんが感謝を伝えにくる。その言葉……本心から言っているのかしら? ルカさんはわたくしを幹部に近づけたくないように思えますしね。
今日はそのあとC地区をどんどん北上し、仮の拠点を作って交代することに。約6時間くらい見張っていたけどサンドシャーク以外に敵は現れなかった。本能的にわたくし達にちょっかいを出したらマズイと思ったのか、それとも魔王軍の判断があるのか。それは定かではないわね。
「ん〜〜疲れましたねぇ。監視が一番大変でしたよ〜」
柚子の言う通り、監視が一番長く感じた。まぁ敵が現れなかったから暇だったというのもありますけどね。
「お疲れ様でした。アリスさん、柚子さん。明日は私は付きませんのでご自身でC地区にお願いします」
「はい。色々ありがとうございました、ルカさん」
これで仮入団初日は終了ね。
「さて、わたくし達の部屋に戻りましょうか」
「はい!」
そう、部屋に戻ろうとしたところで
≪館内アナウンスです。アリスさん、柚子さん。至急団長室までお越しください≫
……アナウンスなんてあるの? まぁ魔法でしょうけど。流石にこれにはビックリしたわ。
「団長室……ってことは、団長に会えるってことですかね?」
「さぁ? そもそも団長室ってどこよ?」
「そのために私が来ましたよ」
……いたずらっ子のように笑うルカさん。だったらアナウンスかける必要無かったんじゃないかしら。わたくし達を慌てさせたかっただけ?
「案内します。どうぞこちらへ」
なんだか最近ルカさんの後ろ姿についてばっかりな気がするわね。いや気がするんじゃなくて実際そうなのよ。ついて行ってばっかりだわ。
2階……3階……4階と上がっていく。4階の奥の奥に団長室と書かれた部屋があった。
ルカさんが団長室のドアを3回ノックする。
「入りなさい」
奥から透き通った女性の声が。
「失礼します」
ドアを開けるとそこには圧倒的なオーラを出す女性がいた。髪の毛の色が珍しくオレンジというのもあるかもしれない。でも……何かしらこのオーラ。わたくしに近い支配者のオーラを感じますわ。
「初めまして。お話は聞いていますよ。アリスさん、柚子さん」
透き通った落ち着いた声。長く美しいオレンジ色の髪。端正な顔立ち。どれを取っても印象に強く残る女性ね。
「貴女が団長ですね……えっと……」
「エデンといいます。以後よろしく」
団長エデン……なんだかすごく強そう。というか柚子が好きそうな名前だわ。偏見かもしれないけど。
「よろしくお願いしますわ。それで? わたくし達を呼びつけたご用件は?」
「そうですね……貴女達、明日からA地区へ来る気はありませんか?」
「「「えっ!!!」」」
A地区……確か団長のエデンさん自ら赴いて戦っている地区よね。最上級難易度の地区……それに誘われるだなんて。ルカさんすら驚いていますわよ?
「驚かせてしまったかしら? そうねぇ……幹部を目指すというのなら、私の目の前で戦果をあげるのが手っ取り早いと思うわ」
「……それはわたくし達が幹部を目指すことを容認しているということでしょうか?」
「私は平等に扱います。誰であろうと幹部の素質があるのなら幹部の座を明け渡すべきでしょう。もちろん、私の団長の座も例外ではありません」
この人と話していると……どこか不思議な感覚に陥る。まるでわたくしすら手駒にしているかのような言葉遣い、態度、呼吸。ただ者じゃない……。
「幹部の素質というのは?」
「統率力と、シンプルに力。この2つは必須だと思っていますよ」
……ルカさんと話した時と違ってかなり幹部に近づけた気がするわね。
「……ありがとうございます。ではそのご提案、受けさせていただきますわ」
「えぇ。そういうと思いました。貴女の目……強い意志を感じます」
何やら哲学的な話に持ち込まれそうね。むしろこの人の存在こそ今のわたくしにとって一番の哲学なのですけれど。
要件は済んだからと団長室を出る。あまりあの人に関わりすぎると裏を取られそうね。
なるべく早く部屋に戻れるように自然と早足になる。それほどまでにエデンさんという人物はわたくしにとって衝撃的な人物だった。もし彼女が日本にいたのなら、覇権を握っているのは御陵院家か……あるいは……。
「どうしたんですか? アリス様。難しい顔をされて」
部屋について柚子と2人きりになる。柚子は特に気にしていない様子。気にしなくてもいいというのは羨ましいわね……。
「何でもないわよ。気にしないで」
わたくしが少し冷たくそう言うと……後ろから柚子の腕が伸びてきた。
「えっ!? ゆ、柚子?」
「……アリス様、何か無理をなされていませんか? 柚子は……心配です」
後ろから抱きしめてくる形になる。こ、これは嬉しいけれど恥ずかしいわね……まだお風呂にも入っていないし……。
「む、無理なんてわたくしは……」
「そうですか? だってアリス様……日本にいた時のようなお顔になられています。こっちに来てから初めてでした」
「……」
エデンさんをただならぬ人と認識して、まるで政敵と争う時のような顔になってしまったのね。
そっと後ろから伸ばされた柚子の手を握る。
「心配かけてごめんなさいね。でも大丈夫よ。わたくしはこの程度でどうにかなる存在ではないのは、貴女も知っているでしょう?」
「はい……でも、たまには甘えてください」
「甘えるって……どうすればいいのよ」
思えば甘えるだなんてしたことなかったわね……。
「う〜〜ん……おっぱい飲みます?」
「おっ……おっぱい!? い、いいの?」
「や、やだなぁ……冗談ですよぉ〜」
ハッ……! わたくしったら煩悩に負けてはしたないことを……。ただ柚子のおっぱ……胸、気持ちよさそうね。
「甘えるならこちらはどうです?」
「ひゃ!?」
いわゆるお姫様だっこをされる。やだ柚子……カッコいい!
そのままわたくしの頭を柚子のひざへ。これは……噂に聞く膝枕というやつね!
「どうですか? 落ち着きますか?」
「……そうね。すっごく安心するわ」
柚子がわたくしのことを……大切に思ってくれていることも知れて、そういう意味でも安心するわ。
柚子のひざ……執事服が厚いから生では感じなれないけど、あったかいわね。なんだか……心地よくて……寝てしまいそうだわ……
そこから先、意識は遠のいていった。ほんのりと、唇に柔らかい感触があった気がしたけれど、何だったのかしら。知るよしもないわね。




