52話 エクトルへですわ
「……む。下がってください」
来たわね。魔獣かしら?
「ジュククク……」
「うわぁ……人型の魔獣ってグロテスクですね……」
出てきた魔獣は例えるならゾンビ。身体が腐っているようにも見える。確かにグロテスクだわ。
「柚子、やるわよ」
「はい!」
「必要ありません」
メルトさんが私たちを止める。どうやら彼女だけでやるつもりみたいね。まぁ魔獣も一匹だけですし、心配はいらないわね。
「アリス様……」
「まぁ、【白百合騎士団】の幹部様の実力を見るいい機会だわ。ここは見せてもらいましょう?」
「わ、わかりました!」
さて……どうするのかしら? メルトさん。【魔人】戦で怯えて立てなかった汚名を返上したいところでしょうしね。見せてみなさい、貴女の実力を。
メルトさんは背中に背負っていた銀の大剣を構える。その風圧でメルトさんの短い緑の髪がほんのりと揺れる。
「行くぞ……『輝剣!』」
「おお! カッコいい!」
柚子が歓声をあげるのもうなずける。メルトさんが持つ銀の剣がまばゆい輝きを発し始めたから。
「ジュアァ!」
ゾンビ型の魔獣は爪を立てて威嚇。もちろんそれごときで動じるメルトさんではない。
「シャアッ!」
威嚇は通じないと悟ったからか突然飛びついて来たゾンビ型の魔獣。さぁ、どうするの? メルトさん。
「……隙だらけです!」
「シャ?」
輝く光の一閃。その剣の一振りで魔獣を簡単に一刀両断してしまった。
「おぉ〜」
パチパチと拍手を送る柚子。まぁ確かに見事だったわね。技術は高いのがわかったわ。流石【白百合騎士団】の幹部様といったところかしら?
「大げさですよ。この程度で」
そう言いつつ明らかに照れているメルトさんが銀の大剣を腰にしまう。背が高いからこそできることね。
「さぁ、先へ進みましょう。この辺りに長居しているとまた魔獣が襲ってくるかもしれません」
どうやら岩陰に隠れて魔獣たちが機会を伺っているようね。今の一撃を見て突撃をやめた魔獣もたくさんいるようね。……メルトさんや柚子はそのことにまだ気がついていないようだけど。
先へ進むと【エクトル】の街並みの橋が見えてきた。それと同時に、戦火も。……ここが最前線。異世界に住む人類と魔王軍との戦争地帯なのね。
「ここまで来たらあと少しですが……どうやら素直に通してくれるわけではなさそうですね」
進路を塞ぐ巨大な影。
「あれは……?」
「あれはロックゴーレム。厄介なヤツに阻まれましたね……」
身長5メートルはあるかという岩の巨人、ロックゴーレムとやらが道を塞いでいた。もちろん、わたくしたちに敵意をむき出しにして。
「≪スキャン≫」
≪ロックゴーレムLv30≫
……なるほど。厄介ね。
「貴女1人では大変でしょう。今度はわたくし達も……」
「いえ、必要ありません。私だけで十分です」
「えぇ!? 危険では……」
「まだあなた方は正式には【白百合騎士団】に入団していない一般人です。一般人を守るのも、【白百合騎士団】の仕事ですので」
そう言いながらメルトさんは背中に背負っている大剣を再度構える。本当に大丈夫かしら。レベルの上ではメルトさんの方が若干有利だけれど……。
「行くぞ……『輝剣!』」
大剣を再び輝かせたメルトさん。
「グゴゴゴ……!」
唸るロックゴーレム。向こうも戦う気満々のようね。
「せやぁ!」
輝く剣の一閃……も分厚いロックゴーレムの岩の皮膚に防がれる。
「チッ。『スモーク!』」
「グァ!?」
ロックゴーレムの目に煙をぶつけて退避する。戦い方が上手いわね。
「苦戦中のようじゃない? お手伝いしましょうか?」
「結構です!」
……そんなに意地を張ることではありませんのに。わたくしや柚子の力を借りるのがそんなに嫌なのかしら。
「グゴァ!」
ロックゴーレムの巨腕が襲いかかる。
「『ブライトシールド!』」
光の盾で防ごうとする。でも……
「うぁっ!」
すぐに盾にヒビが入る。あの一撃は彼女のレベルと魔法のレベルの合計よりも強力なのね。恐ろしいものだわ。
「いい加減意地を張るのも……」
「黙っていてください! 私1人で十分ですから!」
……何が彼女をそう突き動かすのかしら。正義感? 意志? 誇り? 何だろうとすごいことだとわたくしは思う。命がけで命を張っているのだもの。なかなかできることではないわ。
「グゴォ!」
もう一度ロックゴーレムは拳を振るう。さぁ……どうする気?
「『スモーク』」
今度はわたくし達の周りに煙を出して姿を隠した。なるほど、考えたわね。あの魔法……よく見ておいてわたくしも使えるようにしておきましょう。便利そうだわ。
「『ブライトシールド!』」
1枚盾を張ったであろうメルトさん。そこに気をとらせておいて……
「せやぁ!!!」
横から飛び出して攻撃を仕掛ける。完全無防備なロックゴーレム。これは……!
ガキンッッ! と甲高い音が響いた。……残念なことに彼女の剣ではあの岩の皮膚は斬れないようね。
「そ、そんな……私は……」
「ちょ、避けなさい!」
戦意喪失したのかただ立ち尽くすだけのメルトさん。その隙を見逃すはずもなくロックゴーレムは攻撃を仕掛ける。こうなったらもうメルトさんを尊重するだけでは無理ね!
「『ライトニング!』」
「グギッ!?」
振るわれた岩の腕に雷をぶつける。その衝撃で少しロックゴーレムの身体が揺れ動いた。
「柚子。メルトさんを安全な場所まで避難させてちょうだい」
「了解しました。アリス様は……」
「もちろん、あの岩の化け物を片付けるわ」
さて……岩の巨人を相手にするなんて想定していなかったけれど、どうやって倒せばいいのかしら? 『ライトニング』で怯む程度となると……それこそ『絢爛の炎』ですべてを焼き払う方が早いわよね。幸いこの辺りは木すらない谷底の道ですし、撃っても被害は出ないでしょう。
「ということよ。一撃で仕留めてあげる。最後にわたくしの言葉がわかるのなら退散をお勧めするわ」
「グゴゴゴ……!」
そう、まだ闘志を見せるのね。ならいいわ。その闘志ごと……炭になりなさい!
「『絢爛の炎!』」
渦巻く爆炎が足元から巻き上がる。わたくしを取り囲むように現れた爆炎はいつでもいけると言わんばかりに燃え盛っている。
「グゴゴオオオ!!!」
本能で危険だと感じたのか、ロックゴーレムが走ってこちらに向かってきた。
「……遅いわよ。はあっ!!!」
渦巻く爆炎をロックゴーレムに向けて放出! 炎は勢いを衰えさせることなく進み、岩の巨人を飲み込んだ。
「ゴ……! ゴゴ……」
数秒後……目を開けるとそこにロックゴーレムの姿は無い。ただ乾いた空気のみがそこにはあった。久しぶりに使ったけれど恐ろしい魔法ね。使い所が限られるのが欠点だわ。
「柚子、終わったわよ」
「お疲れ様でした。あの……メルトさんが……」
メルトさんに目をやると見るからに落ち込んでいた。
「……笑いたくば笑ってください。私なんて……弱い女です」
「あのねぇ……あの魔獣は上位の……」
「それでも私たち【白百合騎士団】に、負けは許されません。それが私たちですから。ましてや一般人の命を背負っていたというのに……」
まったく……正義感が強すぎるのも考えようね。
ポンと頭を手を置いてナデナデする。
「なっ、何を!?」
「肩肘張りすぎなのよ貴女。もう少し力を抜きなさい。今度からは一般人をしっかり守りたいならね」
そう声をかけるとメルトさんは立ち上がって進み出した。……前を向けたみたいね。
さてわたくし達も行きましょうと柚子に目をやると柚子は目をキラキラさせてわたくしを見ていた。
「……何かしら?」
「いえいえ! アリス様、やっぱりカッコよくて、お優しいな〜って♪」
「もう……何よそれ。そんなんじゃ無いわよ」
そういうと柚子は決まって「ツンデレ」と言う。どういう意味か、日本に帰ったら調べる必要があるわね。




