49話 勧誘ですわよ?
「メルトさん……なぜ貴女はわたくしたちに手助けもせず倒れていたフリをしていたのかしら? 騎士団というくらいですもの。戦うことはできたのでは?」
わたくしが意地悪に聞く。理由はわかっているのだけれど、サボっていたのならこちらも黙ってはいられないわね。
「……貴女の力を見極めるためです。アリス様、柚子様」
でしょうね。その理由も、だいたい察しがつくわよ。
「……わたくし達をその【白百合騎士団】とやらに引き入れるためかしら?」
「はい。団長からそのように命じられています」
やっぱりね。どうりで行く先々でノメド……いやメルトさんに会うと思ったわ。
「でも……少しくらい手助けしてくれてもいいじゃないですか!」
柚子が少し怒った顔でそう訴える。もっともな意見だわ。
「それは……」
「初めて見る魔王軍幹部クラスに怖くなって、立ち上がることができなくなった……かしら?」
「ッ!」
図星だったかしら……?
「そ、そんなことはもうどうでもいいことです。本題に入りましょう。アリス様、柚子様、【白百合騎士団】に入る気はありませんか?」
「断言しましょう。無いわ。そもそも勧誘に来るのが第5席というのはどういうことなのかしら? わたくし達の価値がその程度のものだと?」
「……私では不服でしょうか」
少し怒らせることに成功したわね。このまま怒って帰ってくれると楽なのだけれど。
「そうね。仮にもこの世界にいる7人の魔王軍幹部の内の2人を倒しているのよ? 勧誘に来るなら団長を寄越すのが礼儀じゃないかしら?」
「団長はそんなに暇ではありませんので」
「……」
わたくしを怒らせたいのかしら。中途半端に優秀なのでしょうけど、よくわからない子ね……。
「入団の意思は無いということでよろしいですね?」
「えぇ。わたくしは何者にも縛られるわけにはいかないの」
「【白百合騎士団】は人間を守る最期の砦となる冒険者部隊です。そこへの加入を拒否するということは、この世界を心底どうでもいいと思っていることと同義ですよ」
……まぁ、その点は否定できないわね。この世界がどうなろうと、外様のわたくしには知ったことでは無いわ。
「そう思いたいならそう思えばいいじゃない。わたくしはわたくしの方法で魔王を倒す。それだけよ」
「細々と魔王軍幹部の情報を集め、遠回りして戦うということですね。それならばどうぞお好きに。私個人の意見では、元から貴女を誘う気などなかった!」
でしょうね。本気ならもっとやる気と誠意を見せて勧誘してくるはずだもの。柚子がその言葉に激怒しそうだったけれどなんとか腕でおさえる。
「あ〜あ、ダメじゃない。もう」
「なっ!?」
闘技場入り口に人影……白髪ロングの美しい女性。ただ格好から察するに冒険者。それもかなりのやり手ね。
「アリス様、もうみんなを起こして行っちゃいましょうよ!」
「……ちょっと待ってなさい、柚子」
ただ者じゃない。それに……
「初めまして。私はルカ。【白百合騎士団】の副団長を務めています。以後、お見知り置きを」
「ご丁寧にどうも。わたくしはアリス。こちらは使用人の柚子ですわ」
もう柚子は【白百合騎士団】に敵意をむき出しにしている。わたくしに無礼ともとれる態度をとったことが気に食わなかったようね。
「アリス様、柚子様。私の部下であるメルトが失礼を働いたようで。謝罪いたします」
「そんな! ルカ様が頭を下げるだなんて!」
長い白髪を揺らし、頭を下げる。はぁ。なんだかこっちが悪者になった気分ね。
「頭をお上げくださいな」
「では……失礼します」
素直に頭を上げたルカさん。……かなり美しいわね。
「私たちの騎士団に入ってもらうことにデメリットは無いかと思いますよ」
率直に入団に関しての話を切り込んできた。
「魔王軍は【アイン】と【イリス】にそれぞれ冒険者の芽を摘むために幹部を置いていました。しかしそれ以外の5人は戦争の最前線、【エクトル】の街より北側にいます」
そう言って、ルカさんは地図を広げる。この世界の地図を見るのは初めてね。大陸の南端に【アイン】。その少し北側に今いる【イリス】。そしてそのさらに北にもいくつか街がある。大陸のちょうど中央に位置するのが【エクトル】かしら。
ただ……【エクトル】から北には黒くバツ印がつけられている。
「何ですか? このバツ印は」
柚子がルカさんに質問する。おそらく、これは……
「これは魔王軍に支配されてしまった街に印をつけました。そこが魔王軍の拠点になっています」
やはりね。となるともう半分も支配されているということじゃない。
「と、こうした最前線で戦う情報を、貴女たちにお伝えすることができるのも入団するメリットの1つでしょう」
「1ついいかしら?」
「何です?」
「なぜわたくしたちが【魔蛇】を倒し、【イリス】へ来たと貴女達は知ったのかしら?」
「それは……申し訳ありません。お答えすることはできません」
「そう」
無理に聞いても仕方がないわね。【アイン】の領主室に何かしらの機関を設置しておいて盗聴でもした。というのが一番高い可能性かしら?
「ではもう一度お伺いします。私たちの騎士団に入っていただけませんか?」
「……残念ね。答えは変わらないわよ」
確かに大きなメリットはある。わたくしたちの知らない情報をたくさん持っているでしょうしね。ただ……それでも何かに縛られていると動きにくくなるのは確かだわ。日本に帰った時のためにちゃんと政治を裏から操る練習をしておきたいもの。
「なら4ヶ月の間、仮に入団するというのはいかがでしょう?」
「……へぇ」
「ちょ、アリス様!? まさか……」
「ちょっと落ち着きなさい柚子。考え中よ」
それならば得られるものと失うもののバランスがちょうどいい。それに……やらなければならないことの一つも消化できるしね。
「……いいでしょう。それならばわたくしは4ヶ月間、貴女達の騎士団に入れされていただきますわ。色々な情報を得らせていただくわよ」
「はい。では……」
「少し待ってちょうだい。条件があるわ。1つ。柚子も加入すること。もちろんわたくしと同じ4ヶ月の仮入団としてね」
これには無言で頷くルカさん。よし、これでずっと柚子と一緒ね。
「もう1つ。入り次第すぐに貴女達が掴んでいる魔王軍の情報をいただけるかしら?」
この言葉を発した瞬間、ルカさんの顔色が曇る。
「それは……できません。【白百合騎士団】では知れる情報は階級によって変わってきます。もし欲しい情報をすべて欲しいのなら、幹部になっていただく必要があります」
面倒……だけれどわたくしと柚子から不可能なことではないわね。幹部になる自信はありましてよ?
「いいでしょう。では明日、またこの領主室前で待ち合わせというのはいかがかしら? 今日のうちにやっておきたいことがあるの」
「構いません。その際はこちらのメルトを遣わせます。私は先に【エクトル】の地に戻り、戦闘に参加するので」
そう言ってルカさんは一礼し、闘技場を後にした。
「私は……私は! 認めません! 貴女達からは悪の匂いを感じます! 貴女達に幹部の座は、譲りません!」
「そう。せいぜい頑張るのね。【魔人】を倒したわたくし達に、【魔人】に震え上がった貴女がどう立ち向かうのか、楽しみにしているわ」
かな〜り意地の悪いことを言ってしまっているわね。これ以上神経を逆なでするのはやめておきましょう。
「くっ……明日! 朝10時にお待ちしています! それでは!」
半ばヤケになって飛び出して行ったメルトさん。
「アリス様……本当に4ヶ月も騎士団に入るんですか?」
柚子が少し不満そうな顔で尋ねてくる。
「えぇ。わたくし達はこの世界にあまりに疎い。今幹部を2人倒せているのは偶然に過ぎないのよ」
運良くここまで来れているだけということね。
「さて、と。みんなを起こさないとね。なんだかドッと疲れが出てきたわ……」
やる事なす事が速いのよね……。まぁ天才の宿命というやつかしら?




