45話 ニコラミッションよ
夜ご飯を食べ、水浴びをして就寝。明日は確か領主のニコラのところへ行く予定だったわね。
「あの……アリス様」
ユリアンとロマンが眠る中、柚子が話しかけてきた。
「まだ起きていたのね。それとも起こしちゃったかしら?」
「いえ。そんなこと! ……あの、ユリアンちゃんとロマンちゃん、【魔人】戦でも連れていくんですか?」
「……えぇ。わたくしについてくると決めたのだもの。【魔人】戦にはついてきてもらうわよ」
そう答えると柚子は不安そうな表情に。何を言うかはだいたい予想がつくわね……。
「危険じゃないでしょうか。アリス様がこの先危険だからとお考えになられて、マグマ蜘蛛の時はメインを2人に託しましたけど、【魔蛇】と同じレベルの相手と戦うとなったら……」
「えぇ。最悪、命の危険もあるわ」
「だったら……!」
「わかってる。わたくしもそんな無策で彼女たちの命を預かっているわけじゃないわよ。わたくしと柚子で、彼女たちを守る。でも……この先守れなくなるほどの敵が出てくるかもしれない。それが【魔人】である可能性だってあるわ。そうなった時、なんとか自分の身は自分で守れるよう最低限の力と経験を持って欲しいの。だから連れていくわ」
「そう……ですか」
わたくしの意思が固いと知った柚子は引き下がる。
「それと……アリス様は先ほどおっしゃっていた、【魔人】の正体について、もうわかってらっしゃるんですか?」
「……半分くらいね。まだ確信を持っているわけじゃないわ。でも……明らかに怪しい者なら見つけたわよ」
「そうですか。ありがとうございます。おやすみなさい、アリス様」
「えぇ。良い夜を、柚子」
少し、冷たい言い方をしてしまったわね。いつからわたくしはこんなに強欲な人間になってしまったのかしらね。柚子に好かれたいという気持ちと、ユリアンとロマンに死んでほしくないという気持ち。両方とも大事に持っている自分がいますわ。
「……少し、わたくしも変わっているのかもしれないわね」
それが良いことなのか、悪いことなのか、それはわからない。けれど、その事実を受け止め、わたくしはわたくしとして生きていく。それが、「わたくし」なのだから。
朝日が眩しいわね……もう朝なの?
「んっ……何よ、誰も起きていないじゃない」
わたくしが1番早いようね。まぁ昨日はマグマ蜘蛛討伐に温泉街襲撃の対応とみんな疲れたでしょうし、仕方がないわね。
さてと、わたくし1人で朝ごはんの準備を始めましょうか。
まだまだロマンセレクトのお野菜はたくさんある。何か炒めて減らしたいところね。そうだわ、このサツマイモ色したゴボウのような野菜を使ってみましょうか。お味噌汁に入れてみましょう。
わたくしがアイデア朝ごはんを作っていると次第にみんなが動き出す。一動作がどうしようもなく可愛いわね。
「んん……おはようございます。アリス様」
「おはよう柚子。お味噌汁、もうすぐできるわよ」
「やったー……」
かなり低血圧な「やったー」ね。
「おはようございます……アリス様、柚子さん。ユリアン、起きなよ」
ゆさゆさとロマンがユリアンの身体を揺らす。
「んん……あと5分なのです……」
「もう! アリス様の前で!」
「まぁまぁ、5分くらい寝かせてやりなさいな」
お腹が空いたらすぐ目を覚ますでしょうしね。
今日の朝ごはんはお味噌汁とご飯とベーコン入りの野菜炒め。なかなか贅沢な朝ごはんですわよ? 流石にユリアンとロマンに虫料理を食べさせるわけにはいかないですしね。
「クンクン……良い匂いなのです!」
ほら、お腹の虫が鳴いてユリアンが起きたわよ。
「もう……ユリアンったらぁ〜!」
まるで自分の失態のように顔を真っ赤にするロマン。それにまったく悪びれた様子のないユリアン。なんだか面白いわね。
「美味しいのです!」
肉派のユリアンも満足したようね。やっぱりベーコンを加えたのは正解だったわ。
「さて、今日の動きだけれど、まずニコラの元へ行くわ。そのあと……もしかしたら【魔人】との戦闘になるかもしれない。覚悟はできているかしら?」
全員の顔が引き締まる。
「体力……こちらでは魔力というのかしら? 魔力は回復した?」
「はい! バッチリなのです!」
「よろしい。それならあとは心構えだけよ」
今日【魔人】が仕掛けてくる可能性は低くない。昨日、わたくしたちの戦闘のデータはある程度盗めたでしょうからね。
「どう仕掛けてくるかわからない以上、いつもより警戒して行動すること。いいわね?」
「「「はい!!!」」」
3人の声が【アトロン島】に響く。いい返事ね。さて……来るなら来なさい【魔人】。わたくしたちでお前をぶっ飛ばしてさしあげますわ!
そしていつも通り一人一人抱えて飛翔。やっぱり何度やっても1人でやるには不便ね。
3往復してようやく行動が開始できる。さて、領主室へと向かいましょうか。今度は守衛さんを通すのも面倒なので忍び込んで直接領主室へ向かうことに。まぁ既にわたくしを崇拝しているニコラなら許してくれるでしょう。まぁ許してくれなくとも許させるのだけれどね。
「よっ、ほっ、ほら、ここから登れるわよ」
「はーい」
「落ちないようにね、ユリアン」
「わかっているのです!」
「こら静かになさい」
なんだか遠足みたいね。こんな調子で領主を訪ねる人なんているのかしら。
無事領主室前へと忍びこむことに成功した。コンコンコンとドアをノックする。
「入れ」
「失礼しますわ」
「あ、アリス様!」
わたくしの顔を見た瞬間、ニコラの顔がぱあぁっと明るくなった。まぁこの子も可愛いから正直悪い気はしないわね。
「頼んでおいたこの街の政治の概要のまとめ、できているかしら」
「はい! もちろんなのじゃ!」
ウキウキとした様子で何枚もの紙を持ってくる。受け取ってペラペラとめくりなんとなくを確認したところ特に不備はないようね。
「ありがとう。後でちゃんと目を通して、指示を出すわね。ではご機嫌よ……」
「ま、待ってほしいのじゃ!」
出て行こうとしたらガシッと腕を掴まれた。
「……な、何かしら?」
「言ったはずなのじゃ! 妾に稽古をつけてほしいと!」
あぁ……そんなこともあったわね。この天才たるわたくしですら忘れるくらいですもの、心底どうでもよかったことということね。
「稽古といってもね……」
ハッ! 人の気配が廊下から! 柚子、ユリアン、ロマンにアイコンタクトをし、領主室の中で隠れる。
「え、何をしているのじゃ?」
「いいから! いつものように振舞っていなさい」
「りょ、了解なのじゃ!」
人の気配がだんだん近くなる。やはり領主室が目的地のようね。
「領主様!」
ノックもせずに守衛さんが領主室へと入ってくる。
「何なのじゃ騒々しい」
「ま、また昨日に引き続き、スカルローたちの大群が現れました!」
「なんだと!」
……やっぱり仕掛けてきたわね。
「しかも数は昨日の3倍以上! このままではこの街は壊滅します!」
「ええい落ち着け! 妾もすぐに出る、お主も現場に向かい、戦闘に加担せよ!」
「は、はっ!」
ふぅん……なかなか領主として緊急時には様になっているじゃない。
「ということですのじゃ。妾は向かうがアリス様たちは……」
「もちろんわたくしたちも行くわよ。この街を守りましょう。それからニコラ、貴女にはついでに修行を課します」
そういった瞬間ニコラの目がキラキラと光った。
「な、何をすればいいのじゃ?」
「このスカルローたちを生み出している親玉、スカルゴールドという魔獣がいるわ。それを発見し、倒すこと。これが貴女の修行よ。いいわね?」
「ハッ! かしこまりなのじゃ!」
「さてと……柚子、ユリアン、ロマン。やっぱり今日も仕掛けてきたわよ。気合い入れて戦うわよ!」
「「「はい!!!」」」
3つのいい返事を聞いて、わたくしは外へと飛び出した。




