43話 パニックですわ!
「アルカスさんは普段は一人で冒険者を?」
結局湯船に残ることになった銀髪女冒険者に問う。癖のある短髪をクシャクシャと掻きながら答える。
「あぁ。人と群れるのは好かないんでね」
まぁそんな雰囲気は出していますわね……。なんというか、「近づくな!」と周りに言いながら歩いているオーラですわ。
「一人で冒険してて、危険なこととかないんですか?」
柚子が興味本位で聞いたようね。
「あるさ。こんな風に……」
「ひっ!」
ロマンが小さな悲鳴をあげる。そう……アルカスさんの背中には大きな爪痕が残されていた。魔獣にやられたものというのは想像に容易いわね。
「一匹オオカミってなぁ辛いもんだよな、わかるぜ」
リョウさんが共感しているようにつぶやく。
「辛くはないさ。気楽だからな。だがまぁいつかクエストで一緒にすることはあるかもしれない。その時はよろしく。えっと……アリスパーティだったか?」
「えぇ。こちらこそよろしくお願いしますわ」
ガッチリと握手をするも、裸だといまいちカッコつかないわね……。
アルカスさんと和解してしばらく湯船に浸かっていると、何やら浴場の外が慌ただしくなってきた。
「……ん? 何かありましたかね?」
柚子も気がついたようね。流石よ。ユリアンとロマンは……まだ気づいていない様子。アルカスさんは眉ひとつ動かさないからわからないわ……。リョウさんは……常に喋っているからこの議題に関係ないわね。
ドンドンドン! と更衣室から足音が聞こえてくる。な、何なのかしら。
「ぼ、冒険者のみなさーーん! 助けてくださーい! なんか、なんか魔獣が!」
慌てて浴場に入ってきたのは番台のクリスさんだった。うさ耳をぴょこぴょこ揺らしながら状況を説明しようとする。
「落ち着いて頂戴。まずは深呼吸して、状況を教えてくださる?」
「は、はい! スゥーー! ハァーー!」
あ、本当に深呼吸するのね。素直な人だこと。
「な、なんか骸骨みたいな魔獣がこの温泉街に溢れ出してきたんです! 今冒険者の方たちがなんとか応戦してくれているんですけど、まったく数が足りてないんです!」
「なるほどね、状況はわかったわ。最悪だとね」
兵量が足りない。これでは一般人にも被害が出る可能性があるわ。
「柚子、ユリアン、ロマン、聞いといたわね? 行きますわよ!」
「「「はい!!!」」」
3人同時にいい返事を返して湯船から立ち上がる。柚子の胸が震え、ちょっと煩悩を撫でてきたけれど我慢よ。ここで煩悩が顔を出したところでどうしようもないわ。
「チッ。私も出るか」
「アタシも行くか」
アルカスさんと、リョウさんも立ち上がる。
「リョウさんもなのですか?」
ユリアンが当然の質問する。
「そりゃそうさ! アタシだって冒険者だしな!」
えっ……初耳ですわ。
「みなさん! 出来るだけお早く!」
うさ耳を右に左に揺れるほど体を揺らしてわたくし達を急かすクリスさん。
「えぇ。行きましょう」
大慌てで着替えて外へ。うっ……なんか臭うわね……。
「なんか嫌な臭いですね……」
「嗅いだことないのか? これは死の匂いだ」
「死の……」
「匂いなのです?」
なるほど……この背中に走る嫌悪感はそれね。完全に本能が危険信号を発しているわけだわ。
「ヌォォ……」
上から魔獣のうめき声が聞こえてきた!
「何っ!?」
呻く魔獣はアルカスさんめがけてダイブしてくる。
「『ライトニング!』」
「ヌゥゥーー!」
アルカスさんに直撃する直前でわたくしの魔法で吹き飛ばす。ギリギリでしたわね。
「ふぅ。危なかったわね」
「……助かった。礼を言う」
「構いませんわ。それより、次も来ますわよ」
ゾロゾロと温泉街を闊歩する魔獣達。見た目は完全に白骨死体。不気味も不気味。最悪だわ。
「≪スキャン≫」
≪スカルローLv9≫
レベル自体は高くないわね。脅威になるのは今のところ数だけかしら。
「アリス様、私も戦っていいですよね?」
「えぇ。期待しているわよ、柚子」
そう答えるとよほどマグマ蜘蛛戦では鬱憤がたまっていたのか、すぐさま[ムラクモ]を抜いた。紫色のオーラが温泉街に広がり、その存在感を示す。
「ほぅ……こりゃ見事なもんだな」
リョウさんがそう呟く。アルカスさんも同意見のようで小さく頷いた。
「さぁ、戦闘開始ですわよ! 『ウィンド!』」
まずは温泉街に被害が出ない程度に風で相手を威嚇する。でもそこは魔獣、まったく怯まずにゆっくりと歩いて向かってくる。
「なら私が! 『紫電:一文字斬り!』」
バチバチと紫色の雷を刀に纏い、柚子が突っ込んで行く。それを援護するようにユリアンも手裏剣を手に持ち、ロマンは短剣を抜いた。いつのまにかパーティとしての形が出来上がってきたわね。
「私も行くか……」
「お供しますよー!」
アルカスさんは鎌を、クリスさんは手で戦うのか薄いグローブのようなものを装着した。
この広いとは言えない温泉街の一本道で戦う上でわたくしみたいな魔法主体の人だと不利ね……。それはどうやら隣で良さげな杖を持ちながら何もできないでいるリョウさんも同じようで……
「チッ。せっかくの超級アイテムなのによ。まぁしばらくお前らを観察させてもらうぜ? 今後の冒険者稼業の参考にな?」
「……えぇ、どうぞご自由に」
遠回しのサボり宣言。やる気だった割には諦めが早いのね。
「『ストレージボックス』」
取り出すのはもちろん大剣。これでも戦いづらいけれど魔法を撃って温泉街を壊すのは申し訳ないですし、仕方ないわね。
「さ、行きましょうか」
「ヌルル……」
「嫌な鳴き声ね。もう少し可愛げを持ったらどうかしら。と言っても、言葉も通じませんわよね?」
「ヌゥオーー!」
遅い!
「はあっ!」
大剣を振り下ろし、動く白骨魔獣はバラバラに砕け散る。手加減しても一撃なところをみると、ユリアンやロマンの心配も必要無さそうね。ただ……これだけの群衆、おそらく統率しているリーダー的存在がいるはずだわ。
「柚子、この場の統率は任せたわよ」
「え、は、はい!」
わたくしはジャンプして[温泉所:癒しの湯]の屋根上へ。この白骨魔獣たちはある程度規則的に動いているように見えるわね。その出どころを探す……となると、魔法で探すしかないのかしら。
そんなことを考えながら白骨魔獣たちの動きを観察する。蟻の行列のように並び歩く先頭から、最後尾を目で探す。
「……あれね」
ようやく見つけたわ。薄くてわかりづらいけれど、温泉街の奥の方に白い大きな球体がある。白い、というよりは透明の方が近いかしら。気がつきにくいはずだわ。
白骨魔獣に気づかれないように温泉宿の屋根をつたって渡る。スカートでこんなことをするのは少しはしたないけれど……緊急事態だから仕方ないわね。
十何軒か渡り歩いて白い球体の真上に到着する。今なお球体は≪スカルロー≫を生み出し続けている。さぁ……普通に壊れてくれるかしら?
「『フレイム!』」
炎を球体に向かって放出! しかし白い球体は直撃した炎を気にも止めぬように白骨魔獣を生み出し続けている。
「面倒ね……少し被害は出るでしょうけど、背に腹はかえられないわ。『ストレージボックス』」
再度漆黒の大剣を取り出す。念には念を、強化ですわ!
「『ライトニング』」
雷を大剣に走らせ、切れ味を研ぎ澄ませる。さぁ……これで決めるわよ。
温泉宿の屋上からジャンプ! それと同時に大剣を振り回す!
「グキュイイ!!!」
漆黒の大剣を直撃させた白い球体から、謎のうめき声が聞こえてきた。なんなの……と思っていた次の瞬間、透明だった部分が見えるようになり始める。なるほど納得だわ……これが白骨魔獣を召喚していたのね。
現れたのは、一回り大きな骸骨の魔獣。それも、リーダーと言わんばかりの金色であった。




