42話 温泉ですわよ?
[温泉所:癒しの湯]に入店すると、中は素朴な木造り。ヒノキの香りがロビーまで漂ってくるわね。
「いらっしゃいませ! 4名様ですね?」
ぴょんぴょん跳ねる番台の少女。なぜか頭にはウサギの耳のようなものを付け……というより生えてる!?
「あ、アリス様!」
ロマンが小声で耳打ちしてくる。
「ど、どうしたの?」
「獣人族の人の獣部分を凝視するのはマナー違反なんです。気をつけてください」
「そ、そうなの。ありがとう」
柚子にも伝えておかないとね。
「柚子」
名を呼んでこちらを向いた瞬間に目線を番台の少女の耳から柚子の目に移し、バツを目線で描く。これで伝わるわ。
コクリと頷く柚子。アイコンタクトは昔から鍛えてきたもの。間違いようがないわ。
「むふふ♡ 私の耳は気にしなくてもいーですよ!」
なっ……! 私の目線を一瞬で感じたと言うの!?
「あなた一体……」
「これでも番台兼冒険者ですからねー! ま、他の獣人達は気にする人も多いですし、凝視しないのがベターですねぇ」
ペラペラと喋る番台の少女。もしわたくしたちの目線で気がついたのだとしたらなかなかのやり手ね。
「わたくし達も冒険者なの。お名前を伺ってもよろしいかしら?」
「いいですよ! 私はクリスでーす。レベルは29!」
レベル29……どうなのかしら。そこまで高すぎるほどのレベルでは無いけれど。
「あ、勘違いしているかもしれないけど、私の耳を気にしているって気づいたの、目線じゃなくてさっきのコソコソ声ですからね。私、耳がいいので!」
「な、なるほど。さすがはうさ耳ということかしら?」
「まぁそうですね。あ、4人で1200円でーす。長く引き止めてしまってごめんなさーい!」
1人300円……相場は知らないけれどかなりリーズナブルに聞こえるわね。
さぁついに脱衣所へ。柚子の裸……いや、はしたないわよアリス。そんな煩悩は捨てなさい! ここは温泉なのだから!
「ふ、ふぅ。人前で脱ぐのは緊張しますわね」
「そーなのですか?」
……すでにすっぽんぽんのユリアン。それをまじまじと見るロマン。いやもうそれ気づきなさいよユリアン……。それにしてもユリアンもロマンも、歳のわりに出てるところは出てるわね。まさか……この中で1番小さいのはわたくし!? そんなの許されないわ!
ユリアン・ロマン・わたくしの胸を見比べる。ギリギリですわね。えぇ、ギリギリわたくしの負けよ。こんな世界、滅びなさい。
「ユリアンちゃんもロマンちゃんも、肌すべすべだねぇ」
「柚子……おばさま臭いわよ。って……!」
「・・・? どうしました?」
いつの間にそんなに大きく……というか……いやらしく!?
「い、いやその……なんでもないわよ!」
見たいのに! 見たいのに目を逸らさざるを得ない! なぜ? 目が勝手に柚子から逸れるわ!
「具合でも悪いんですか? それでしたら……」
「そ、そんなことはないわよ!」
心配をかけるわけにはいかない。そうよ……深呼吸してもう一度柚子を見てみましょう。3・2・1 はいっ!
「うっ!!!」
「アリス様!?」
何よこれ……鼻血!? この御陵院家の令嬢たるわたくしが、煩悩で鼻血を出したというの……? そんなの末代までの恥だわ……。
「な、なんでもないわ……気にしないで。先に入ってなさい」
「はーい」
危ない危ない……どうやらバレなかったようね。さて、何か拭くものを……
「お尻!!!」
どんどん鼻血がっ……! 止まりませんわ!
「お尻? 何かありました?」
「な、なんでもないわよ!」
柚子が振り返る。とっさに後ろを向いてなんとかバレないで済んだわ……。
なんてプリッとした美味しそ……いやいや! 官能的……これも違う! えっと……煩悩をくすぐってくるお尻なのかしら! 前も後ろもとんでもないわね……。
「アリス様ー? 早く入りましょうよー!」
「え、えぇ。すぐ行くわ」
これはどうにか工夫しないと出血多量で死ぬわね。よくロマンはユリアンの裸を見て耐えているわね。いや……双子だから見慣れているのかしら? だとしたらズルいわ……。
ふらつく足で浴場へ入るとすでに何人か客が入っていた。まじまじと見るわけじゃないけれどさらっと見た感じ冒険者っぽい方たちですわね。冒険者に人気というのは嘘ではなかったようね。
「アリス様ー! こっちです!」
柚子が手を振って呼んでくれる。どう見ても2つの球体も揺れてるわね……。と、自分の2つの球体(?)を見ながら思う。なんだかわたくしだけこの温泉の中ではしたないわね……。もっと心を清めなさい、アリス。あなたはできる子よ。清楚な子よ。
体を清め、湯船へ。あぁ……何年ぶりの温泉かしら。心に染みるわね……。
「癒されますね〜アリス様」
「そうね……ッ!」
「ど、どうしました?」
危ない危ない……。気を抜いて柚子の方を向いたけれど、胸って大きいと浮くのね……初めて知ったわ。
「なんでもないわよ。気にしないで」
ユリアンとロマンは……仲よさそうに話しているわね。わたくしも柚子と何かお話を……。裸の付き合い効果でもっと親密になりたいわ。
「ゆ、柚子。今日は良いお野菜をたくさん買ったのだけれど、晩御飯は何が良いかしら?」
「本当ですか! じゃあ……野菜炒め!」
「わかったわ。わたくしが作るわね。そういえば、異世界で初めて見るような野菜もあるわよ」
「えぇー! 何だろ〜気になるなぁ♪」
異世界で初めて見るようなもの、で随分と上機嫌になった柚子。
「ロマンにも選ぶのを手伝ってもらったのよ。今日はありがとね、ロマン」
「い、いえ! そんなとんでもない……」
顔を髪色のように赤くして、少し湯船に沈みぶくぶくとするロマン。その仕草ちょっと可愛いわね……。
するとジーーッとユリアンからの視線を感じた。
「な、何かしら?」
あまりプロポーションには自信のないわたくし。裸をそうまじまじと見られるのは恥ずかしいわね。
「アリス様の肌、綺麗なのです!」
「う、うん。私もそう思ってた!」
「だよね? アリス様、何でそんなに肌すべすべなんですか?」
ユリアン、ロマン、柚子がグイグイ来る! やめてそんなに裸で近寄らないでちょうだい! 特に柚子! 心臓と鼻の毛細血管に悪いわ。
「べ、別に特別なことはしていないわよ?」
「えっー! 天然でこれなのですか?」
「すごい……私なんてたくさん野菜食べてるのに……」
「流石です! アリス様!」
何もしていない部分で流石と言われてもそんなに嬉しくないわね……。いや褒められるのは悪い気はしないのだけれど、もう少し別のところを褒めてほしいわ。脳とか。
「おい、そこのお前ら。風呂くらい静かに入れんのか」
低く重い声が浴場に響く。声の主の方を覗くと左目に眼帯をつけた、いかにもいかつい銀髪女冒険者という風貌の方だった。
「ご、ごめんなさいね。気を悪くしたなら謝りま……」
「おー! お前らじゃねぇか!」
浴場で騒いでいたことを謝っている時にさらにやかましい方が……。
「リョウさん、申し訳ないのだけれど、今は静かになさっていただけます?」
声の主は宿屋の店主、リョウさん。
「いや、もういいさ。私が出ていけば済む話だ」
立ち上がろうとした銀髪女冒険者の肩をリョウさんが掴んで湯船へ。
「なっ……!」
これには驚いた様子の女冒険者。まぁ驚いたのは本人だけでなくわたくし達も例外ではないのだけれどね。
「風呂は楽しく入ろうぜ? な?」
「・・・わかったよ。悪かったな、野暮なこと言って。私はアルカス。冒険者だ」
「とんでもないわ。悪いのはわたくし達だもの。わたくしはアリス。こちらは柚子で……」
「私がユリアンなのです!」
「わ、私はロマンです……」
皆ひと通り自己紹介。……裸で自己紹介というのも、なんだか違和感があるわね。と思いつつ……。




