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41話 お買い物ですわよ

「わたくしがユリアンの気持ちを?」


 ロマンから打ち出された取り引きに驚きを隠せないわたくし。どんなことがあろうと冷静でいられるわたくしだけれどこればっかりはびっくりね……。


「はい。それなら対等な取り引きなんじゃ無いかと思います」


 ロマンの顔はいたって真剣。ならこちらも真剣に考えないといけないわね……。


 ユリアンの気持ち……は正直わからないわ。もちろん双子としてロマンのことを好いているのはわかるけれど、それ以上の気持ちをロマン同様持ち合わせているかはわからない。これを気軽に受けてユリアンにその気がないとわかったらロマンにどう伝えればいいのよ……。


 でも……それはロマン側も同じなのよね。まさに対等な取り引きだわ……。ロマン……恐ろしい子!


「い、いいでしょう。交渉成立ね」


 さて……これは予想外の結果になったわ。まぁ柚子の気持ちを知れるのはいいことですし、何よりユリアンの気持ちを聞くのはよくよく考えてみたら楽そうね。すぐポロっと話しそうですし。

 気がつくともうアイスコーヒーは飲み干していた。


 カフェを出て数分歩いたところで市場のような場所を発見。食材を買って帰りましょうとロマンに提案して市場へ。


「なかなか気になるものが揃っているわね」


 日本でも見るような食材と、まったく見たこともないような食材が7:3くらいの比率で並んでいる。好奇心はあるけれど食で冒険するのは少し怖いわね。


「これ、美味しいですよ」


 ロマンが手に取ったのは見たこともない食材。紫色の棒状のもの。例えるならさつまいも色をしたごぼうに近いかしらね。


「そう。なら買ってみるわ」


「あとこれもオススメです!」


 これはわかるわ。ほうれん草ね。


「あ、あとこれとこれとこれも……」


「ちょ、ちょっとロマン?」


「……はい?」


「先程から偏っているのだけれど。野菜ばっかりじゃない?」


 指摘してもキョトンとするロマン。


「何か問題でもありましたか?」


「えっ……」


「だってお野菜は美味しくて健康に良いんですよ! なら食べるべきじゃないですか。ユリアンには何年言い聞かせてもお肉ばっかり食べるから、せめてアリス様と柚子さんにはお野菜の魅力を伝えたくて。そもそもお野菜にはですね……」


「ちょ、ちょっと待ちなさい。わかった。わかったから!」


 2人きりでいるとかなり意外な面を見せるわねこの子……。野菜マニアというやつかしら。


 とりあえずロマンの推しだという野菜を数点購入。これはしばらく野菜炒めが続きそうね……。


「そういえばロマン、どうしてユリアンが好きになったのか、教えてもらっても良いかしら」


「えっ、そ、それは……」


 頬を赤らめるロマン。うんうん、少女は野菜で熱弁するより恋で恥じらう方がいいわね。


「それはお母さんの中からずっと一緒だったから好きになるのは当然じゃないですか。私はユリアンと1番いっしょにいるんですよ? ユリアンの元気な姿も、泣く姿も、全部見てきたんです。だからユリアンの恋人は私に決まっているんです……!」


 ……頬を赤らめながら言うにしてはなかなかヘビーなことを言いますわねこの子。思ったより深くて重いわ……どうしましょ。


「そういうアリス様はなぜ柚子さんをお好きに?」


「わ、わたくしはそうね……あの元気な笑顔。あれを見ると……昔からどうしても好きって気持ちが渦巻いてくるのよ」


 言ってて恥ずかしくなるわね。でもこんなガールズトークは現状ロマンにしかできないし、ちょうどいい機会ね。


「なるほど……アリス様もなかなか温めた恋ですね!」


「そうなのそうなの! こっちはその気なのに向こうは全然気が付かなくって!」


「好きな気持ちを押し出しているのに向こうは知らぬ存ぜぬ! わかります!」


 何これ! 楽しいですわ! これがガールズトークというやつですの!?

 ずっとずっと部屋でお勉強をしているより楽しいわ! 世間の女の子はこんな風に楽しんでいたのね! これを知らずに死ぬのはもったいなかったわ。


「す、好きだから……今は心配です。ユリアン、元気かなって」


 そうね……心配になるのは当然だわ。何かリフレッシュになるものがあるといいのだけれど……。


「……あら? ロマン、あれはどうかしら!」


「えっ……? いいですね! 今すぐ行きましょう!」


 これは宿にすぐ戻らないとね。……本当にお野菜しか買っていないから栄養が偏りそうね……。まだお肉も多少残っていますし、大丈夫だとは思うけれど。


 宿に戻るとグッタリした様子のユリアンをうちわのようなもので仰いでいる柚子の姿が。


「ユリアン、調子はどうかしら?」


「うぅ……力使い果たしたのです……」


 グッタリと疲れた様子のユリアン。ならぴったりの話ね。


「なら2人とも、今から温泉に行くのはどうかしら?」


「「温泉?」」


「えぇ。この宿の向こう側から市場になっているのだけれど、そのさらに先には温泉街が広がっていたのよ。疲労回復にも効果が期待できますし、行ってみるものいいんじゃないかと思ってね」


「いいですね! 行きたいです! ユリアンちゃん、どう?」


「当然、行くのです!」


 温泉という言葉を聞いてガバッと立ち上がった。……あら、案外元気じゃない。


「決まりね。じゃあ支度をして行きましょうか」


「「「はーい」」」


 うんうん、温泉というワードで元気を取り戻したようね。

 温泉街まで歩いていくとユリアンは自分であるけるほどパワーを得たようで……


「どこにするのですか?」


 ぴょんぴょん跳ねて温泉を見極め始めた。恐るべき温泉ね……。まさか病人を入れる前から癒すだなんて。


「好きに決めていいわよ。ユリアンの直感を信じてみるわ」


「はーーいなのです!」


 ピューっと走って行ってしまった。……本当に疲れて寝込んでいたのかしら。そんな片鱗どこにもないのだけれど。


「柚子、日本に帰ったらいい温泉、入りましょうね」


「えっ? あっはい!」


 そうしたら異世界での苦労もすべて洗い流してくれそうだわ。


「アリス様ー! ロマーン! 柚子さーん! ここにするのです!」


 ずいぶん遠くからユリアンの叫び声が。かなり遠くまで走って行ったわねあの子……さすがクノイチとでもいうべきかしら。


「……す、すみませんアリス様」


 双子の無邪気さを恥じるように顔を赤らめて俯くロマン。


「ま、まぁいいわよ。それに……」


 少ししゃがんでロマンの耳元に口を近づける。


「あぁいうところも、好きなのでしょう?」


「は、はい……!」


 ふふ……いいわね。こういうの。秘密を共有しあった仲というやつかしら。


「さ、ユリアンの元へ行きましょうか」


「「はーい」」


 柚子とロマンを連れて歩くとユリアンが向こうで「早く早く」と言わんばかりに手を振っている。元気ね……なんならこのパーティで1番元気なのはユリアンなんじゃないかしら。


 ユリアンが選んだ温泉は、[温泉所:癒しの湯]という温泉。看板には冒険者大歓迎と書いてあるわね。ということはクエスト後の冒険者がよく訪れるということかしら。


 そんなことを考えていたら【イリス】冒険者組合で見た甲冑姿の冒険者がこの温泉に入って行った。どうやらユリアンの直感を信じて良かったみたいね。いい癒しを得られそうだわ。


「ここでグズグズしてても仕方ないわ。入りましょうか。ユリアンの直感を信じてね」


「「「はーーい」」」


 温泉街に元気な声が3つこだまする。さぁ……実はわたくしもちょっぴり楽しみなのよね、温泉。日本人ですもの。温泉が嫌いなはずないじゃない。


 冷静を装いつつ、心はウキウキで入店した。

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― 新着の感想 ―
[一言] ロマンちゃんとアリス様、二人には、好きな人に片思いをしているけど、好きな人が自分のことが好きなのかわからない、好きな人に自分の気持ちを伝えることが出来ていない、という共通点があるので、ロマン…
2020/09/23 07:57 退会済み
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