3話 お小遣い稼ぎですわ
「い、異世界ですの……?」
「ええ。これでやっと合点がいきました!アリス様に炎や飛行……いいえ。魔法が使えるようになったのは異世界に来たからですよ!」
ふむ……柚子が盛り上がっているところ悪いのだけれど……
「異世界って何なのです?さっぱりわからないのだけれど」
「アリス様は漫画やライトノベルを読まれなかったですから仕方ありませんね。いいですか?異世界というのは……かくかくしかじかなんです!」
「なるほど……つまり大方の例で言えば魔王を倒せば日本に帰れるのね?」
「はい!」
なるほど……魔王を倒す……正直さっぱり意味がわからないわ。柚子はどこか頭でも打ったかと思いましたが……そんな様子でもないから真剣に言ってるんでしょうね。まぁとにかく人もいない無人島からは随分と進歩したわね。
「とにかくお役所のような場所へ行きましょ」
「はい!」
とはいうものの、どの建物がお役所か見当もつきませんわね。わたくしの勝手なイメージの中の14世紀のヨーロッパの街!という感じで何がどの建物なのかよくわからないわ。
そんな混乱気味のわたくしをよそに目をキラキラさせている柚子は一体なんなのかしら。そんなにこの状況が楽しいの?
「ダメね。どこかどうとかわからないわ。素直に聞くこととしましょう」
「それがいいですよ!」
道を歩く中年男性に声をかける。本当は女性に声をかけたいところですが男性の方がなかなかに使いやすいですから仕方ないわね。
「ごめんください。わたくしたち道に迷っていますの。どこかお役所のような場所を教えていただけませんこと?」
「あー?そんなもの自分で……おほっ♡」
ほらね?わたくしの顔を見て態度を改めましてよ。
「お役所ならこの道をまっすぐ行ったところにある赤い屋根の建物です。どうぞ、お気をつけて」
「ありがとうございます」
最後にニコッと笑うことを忘れない。この美貌を持って産まれてよかったわ。
「柚子、行きますわよ」
「はい!アリス様!」
えっーと赤い屋根の建物……赤い屋根の建物……ありましたわ。これですわね。お役所というより教会のような建物ですわね。受付は……あそこですわね
「ごめんあそばせ。この街に詳しい方はいらっしゃいます?」
「あ、はい。私が案内係ですよ」
「そうですの。わたくしたち迷ってここに来たのですけどどうやって日本に帰ればよろしいのですの?」
「日本……ですか?」
「もう!アリス様ダメですよ!ほら受付の人がポカーンとしてるじゃないですか!」
……何かダメだったところなんてあったかしら……。
「異世界で日本という国名が通じるわけないじゃないですか!」
「あ、あなた本当に日本を知らないの?ジャパンよ!JAPAN!」
「ぞ、存じあげません……」
「そ、そう……」
これは困ったわね……柚子がおかしくなったのではなくわたくしが異質な存在だということがわかったわ。
「では……わたくしたち相当な田舎者ですの。この街について教えてくださる?」
「はい!この街は【アイン】。魔王城から最も遠くて最も安全な街と言われています。駆け出し冒険者たちの最初の修行所としても有名です」
魔王城……冒険者……よくわからない単語が出てきましたけどこれも嘘や頭がおかしくなったわけじゃないのよね。深呼吸、深呼吸よアリス。こんなことで動じる女じゃないはずよ。
それに……柚子のよく読むサブカルチャー小説や漫画の中では魔王とやらを倒せば元の世界に戻れるのでしたね……。
「わたくし魔王を倒したいのだけどどうすればよろしくて?」
「は、はい!魔王を……ですか。えっと……そうなると冒険者になるといいと思いますよ」
「冒険者?」
「きました!きましたよ!アリス様!」
「……何を興奮しているの?」
「だって冒険者ですよ!?勇者じゃないのがちょっと王道と違いますけど私の夢抱いた異世界ですもん!」
「そ、そう……」
ゆ、柚子ってこんな元気な子だったかしら……何か早口になっていますし。
「はいはい!その冒険者ってどうやってなればいいんですか?」
「冒険者になるのに必要なものは[冒険者カード]だけです。カードさえあればクエストを受けることも出来ますよ。冒険者カードはここで発行できます」
??? 何を言ってるかさっぱりなのだけれど……柚子は目をキラキラさせてるわね…。もうこの子に身を任せてしまおうかしら。
「じゃあ発行しちゃいましょうよアリス様!」
「そう……ね。無料なの?」
「あ、1枚100円かかります」
円? 通貨は日本円ということ?
「これでいいかしら」
実は無人島生活でも現金5千円ほどを保存していた。一応の時のために無下にすることは無かったのだけれど……。
「なんですかこの紙は。ちゃんと流通しているお金で100円お願いします」
「そう。また来るわ」
「あ、アリス様!」
「ちょっと参ったわね……お金がないなんて……初めてだわ」
「バイトでもしますか?」
「どこにあるのよそんなもの。困ったわね……」
「おいおいお困りかい?お嬢ちゃんたち」
近づいてきたのは昼間から酔っ払った大男。この男……柚子の胸を凝視してるわね……たしかに使用人服の上からでも目立つけど……。
「金やろうかい?まぁタダでってわけにゃいかねぇが…
…」
……なるほど。
「えぇ。でもここでは何ですわ。細い路地にでもいかが?」
「おっ、わかってるねぇ〜」
手招いて案内する。柚子が不安そうな顔で
「あ、アリス様。大丈夫ですか?」
「見てなさい。すぐに上手くいくわ」
土地勘が無いから自身は無かったけれどちゃんと薄暗くて細い路地に着いた。
「さぁ、始めましょうか」
「おう!んじゃさっそく……ぐへへ」
髭面の大男は私のスカートの裏……太ももへ触ろうと手を伸ばす。今ですわね!
「グエッッ!!」
全力の手刀でうなじを叩くと同時に大男は呻き声を上げる。
「あ、アリス様ぁ!?」
手際よくポケットから財布を奪って100と書かれた硬貨を2枚抜き取る。
「はい。わたくしの太ももの産毛に触れたので200円いただくわね。御機嫌よう」
「で、テメェ!」
あら。まだ意識があったのね。手加減しすぎたかしら。と思ったけどその言葉を残してすぐに大男は気を失った。
「あ、アリス様……ちょっとひどくないですか?」
「わたくしの産毛に触れたのよ?本来なら100万円ほどちょうだいしたいところだけど200円で許してあげたのだから感謝はされても恨まれるいわれはないわね」
それにしても雑な硬貨ね……。銀の硬貨の真ん中にただ「100」と書いてあるだけだなんて。いくらでも偽造できそうなのだけれど大丈夫なのかしら。
色々なことに戸惑いながらも確実に一歩を踏み出していることに満足しながら、先ほどの市役所に向かった。