38話 腕の見せ所ですわ
「アリス様……」
「平気よ。それより休んでなさい」
たかが山登りと油断してはいけない。かなりの体力を知らず知らずのうちに消耗しているはずですし、マグマ蜘蛛を相手にする前に満身創痍の身体で行ったら危険すぎる。となれば今の休息の時間は貴重な時間なの。邪魔させるわけにはいかないわ。
「と、いうわけよ。退去願えるかしら? それともわたくしに挑んで、先ほどの方のように丸焦げになります?」
手で雷をバチバチと轟かせて威嚇する。そんなチープな威嚇は通じないようで3匹の魔獣はまたしてもフォーメーションを組んで突撃して来た。面倒ね……全力でぶっ飛ばすのが楽ですけど山の地形を変えたら登れなくなる可能性もありますし……。
「やっぱりこれね。『ダークネス!』」
「ウギィ!?」
闇の渦を目の前に召喚して魔獣の進路を阻む。
「さぁ、近づけるものなら近づいてみなさい?」
「安い挑発。人間なら誰も乗らない……いや、ニコラなら乗りそうね。訂正するわ」
これで休む時間も稼げますし、何より無益な戦いを避けることに繋が……
「嘘でしょう!?」
魔獣たちが両手両足を駆使して崖を思いっきり蹴り上げて飛びついて来た! くっ……甘くみたわね。反省は後でするとして今は……
「『ライトニング!』」
「ウキギイッ!」
「ふぅ。あと2匹ね」
「ウギ! ウゴゴ!」
「ウガッ!」
魔獣たちは何やら声を掛け合って去っていった。これで終わりじゃなさそうね。気を抜かないようにしないと。
「ふぅ。疲れたわ」
「お疲れ様でした! アリス様!」
「えぇ。ありがとう」
自然に手を握ってくる柚子。ドキドキして気が休まらないからやめて頂戴な!
30分ほど休憩を取って、遂に5合目へ向けて動き出すわたくし達。先ほどの猿型の魔獣が気にはなるけれど……今気にしたところでどうしようもないわね。
3合目……4合目と、怖いくらいに順調に進んでいる。
「ずいぶんあっさりと登れてますね。てっきりまた魔獣たちに囲まれるかもー、なんて思ってたんですけど」
柚子の言う通り、魔獣が現れてもおかしくはない。でもその気配は休憩後は一切無いまま今に至る。
「きっとアリス様に恐れをなして逃げたのです!」
「そ、そうかもね、ユリアン」
まぁ……その可能性もなくは無いですわね。あの猿型の魔獣たちがどれだけのレベルかは測り損ねたけれど、2体は一撃で倒しているんだもの。
こうして楽々と5合目まで到着した。なんだか拍子抜けね。とはいえ油断は禁物。これからが本番なのだから。
「クエスト用紙によると……マグマ蜘蛛は5合目の洞窟の中に巣を張っているそうなのです」
「うわぁ……私蜘蛛の巣って苦手なんですよねぇ」
「わ、わかります。私も怖いです」
みんな怯えてしまっているわね。これは良くない流れだわ。適度な緊張感は必要でも怯えは命取りになりますもの。
「自信を持ちなさい。なんといってもわたくし達はあの【魔蛇】を倒したパーティなのよ? マグマ蜘蛛なんて敵ではないわ」
「は、はい! そうですよね! みんな、頑張ろー!」
「は、はいなのです!」
「はい! 頑張ります!」
うんうん、いい雰囲気になったわね。
「さ、巣穴とやらに潜入するわよ!」
「「「はい!!!」」」
いい返事×3を耳に入れたと同時に洞窟に足を踏み入れる。大蛇を倒した時のように柚子に『紫電』を使ってもらい明かりを確保する。
洞窟に足を踏み入れ、まず変化を感じたのは気温。洞窟というと寒くなるイメージがあるけれどここに入った途端に3度近く上がった気がするわね。
「……只者じゃないということかしら?」
この先に待ち受けるマグマ蜘蛛。どうやら一筋縄ではいかないらしいわね。
「ひっ!」
「どうしたの?」
突然ロマンが声をあげた。
「な、なんか頬に糸が……」
どれどれ……本当ね。細い糸……蜘蛛の糸ね。
「心配ないわ。蜘蛛の糸よ」
口では冷静を保ちつつも心では焦りが生まれる。こんな入り口まで巣を張っているというの? この火山の主とでもいうのかしら。報酬金が70万円だからレベルは高くないはずなのだけれど、いまいち冒険者組合がちゃんと調査をした上で報酬金を決めているか怪しいところがあるから……もしかしたらレベル50前後も覚悟しておかないといけないかもしれないわね。
洞窟を進むにつれて蜘蛛の糸も増えてくる。絡まると結構うざったいのよね、これ。
手で掻き分けながら進んでいくと……なにやら人影がある。まさか……【魔人】かしら!? 手で3人を静止させる。ここはわたくしだけで近づいてみるべきね。
そろりそろりと足音を立てずに近づくと……人影に見えたものは白骨化していた。
「が、骸骨……」
なんとなく読めてきたわよ。ここまで進んできた冒険者を餌と認識しているのね。そしてマグマ蜘蛛はどこかでわたくしたちを見張っている。おそらく、今も。
出てきなさいと言いたいところだけれどここはひとまず我慢しましょう。今回はこのことにユリアンとロマンが気づけるかが大事ですわ。わたくしが出過ぎるのは良くないわね。
「あ、アリス様?」
柚子が心配そうに声をかけてくる。
「亡くなっているわ。弔いの手を」
手を合わせ、合掌。どうか来世ではいい終わり方を迎えられますように。
さて……どこかでわたくし達を見張っているマグマ蜘蛛に警戒しつつ先へと進みましょうか。このまま足踏みしていたって仕方がないですしね。
洞窟を進めば進むほど気温が高まっていく。結構暑いわね……もう30度近いんじゃないかしら。
「みんな、いったん給水よ。熱中症にならないようにね」
「「「はーい」」」
給水……わたくしはここでも天才的頭脳を発揮する。そう、ボトルを2本だけ用意するの。ユリアンとロマンは双子だから当然ここ2人で飲みまわすでしょう。つまり……わたくしは柚子と飲みまわす! すなわち間接キスを狙えるということよ!
「ごくっ、ごくっ、ぷはぁ〜! アリス様、どうぞ」
躊躇いなく主人より先に飲んでいるのはどうかと思うけれどいったんそれは不問としましょう。
「え、えぇ。ありがとう」
柚子と間接キス……柚子と間接キス……! そっと唇をボトルに触れる。あぁ……柚子の熱、唾液を感じる……ってまるで変態みたいじゃないの! 断じて違うわ! わたくしは日本裏から操る御陵院家の令嬢よ! そんなはしたない考え、持つわけ……あっ、柚子の手の温もりがボトル本体に残ってるじゃない♡
幸せを感じつつも、流石わたくし。今のうちに3人の顔を見ておきますわ……やっぱり3人の顔にも疲れが見えるわね。まだマグマ蜘蛛は仕掛けてくる様子はない。どういうことなのかしら……もっと奥へ進ませることで有利になるということなのかしら。それなら戦うべき? 今、ここで。
……いや、それはないわね。まだ余裕はあるし、いざとなればわたくしが出ればいい。ユリアンとロマンの成長を優先しましょう。
さぁ再出発、というところで異変を感じた。
「……何か来る!」
「へ?」
ギチッ、ギチッと足音を立てて現れたのは先ほどの猿型の魔獣にそっくりな魔獣。ただ1つ違うのは蜘蛛の糸にぐるぐる巻きにされていること。まるでミイラね……。
「≪スキャン≫」
≪ボルケーノモンキーLv20≫
さっきの猿型魔獣と同じと考えていいかしら。2匹いますし。おそらくわたくし達のことをここの主であるマグマ蜘蛛に知らせに来たのね。そこで捕獲されて先兵にされた、と。悲しいけれどそれが現実ということね。
それにしてもレベル20を2匹相手取って楽に圧倒するマグマ蜘蛛のレベルはいったいいくつなの……。これで報酬金70万円だなんて、やってられないわね。なんて悪態をつくのも、許してほしいですわ。




