37話 山登りですわよ
「さて、先へ進みましょうか。まだまだ5合目までは遠いわよ!」
「「「はーーい」」」
元気な声が3つ。いつまでこの元気が続くかしらね。もう一回魔獣が襲ってきたら体力的にユリアンとロマンには休憩が必要になるかもしれないわね。
恐らくだけれど、上に行けば行くほど魔獣のレベルは上がる。厳しい山の環境で生き抜ける魔獣のレベルは高いという単純な予想だけれど。まぁ5合目までしか行きませんし、杞憂に終わると良いわね。
順調に進んで2合目の立て札を発見した。ここまで魔獣にはあの≪カッターバット≫としか出会っていないから、もしかしたらそんなに魔獣の数は多くないのかもしれないわね。……なんて言ってたら来たわね。
「クキョォー!!!」
「「きゃあ!?」」
先導して歩かせていたユリアンとロマンが叫ぶ。一応……
「≪スキャン≫」
≪フレイムスワローLv16≫
レベル16……レベル10の2人にとってはギリギリのラインね。まぁ一度やってみさせるしかなさそうね。
「2人とも、やってみなさい」
「「は、はい!!」」
武器を構える2人。柚子は……となりで心配そうに見守っている。
「柚子、もしかしての時のために一応準備なさい。でも、わたくし合図するまで動いてはダメよ?」
「はい!」
とは言うもののすでに柚子の手は柄に触れようとしている。心配で心配で仕方ないのね。もしかしたら妹のように2人を見ているのかも……。
「ロマン! さっきのようにいくのですよ!」
「う、うん!」
声を掛け合い、連携を高める。
「『忍法:爆裂手裏剣』」
≪フレイムスワロー≫はその名の通り翼が絶えず燃えているツバメ。また翼に手裏剣を刺して動きを鈍らせる作戦のようね。
「ギュイ!」
「なっ!」
炎の翼から放たれた熱風で手裏剣がユリアンの方へ飛んで帰ってきた。
「避けなさい!」
「うっ……!」
ボン!と爆発を起こす。『爆裂手裏剣』の弱点が出たわね。返ってくると途端にピンチになるわ。
なんとか避けることができたユリアンがよろよろと立ち上がる。
「まだまだ! 『忍法:分裂手裏剣』」
投げた手裏剣が2つに分かれて≪フレイムスワロー≫へ向かう。もちろん素直に手裏剣を受ける≪フレイムスワロー≫ではない。
「ギャオン!」
またも熱風で手裏剣を押し返そうとする。だけど……
「かかったのです! 『分裂手裏剣:再分裂』」
2つの手裏剣がもう一度分裂して4つに。2つは押し返されるがもう2つは熱風の通り道を上手く避けて≪フレイムスワロー≫の元へ!
「グギョーー!!」
翼を手裏剣で裂かれた≪フレイムスワロー≫が地面付近へ。すかさずロマンが加速して短剣を抜いた。
「『忍法:辻斬り!』」
風を纏って刀身が伸びた短剣で≪フレイムスワロー≫を切り裂こうとする……が、≪フレイムスワロー≫は燃え盛る翼で短剣を受け止めた。
「あれはマズイわね……柚子!」
「はい! 行くよ……[ムラクモ!]」
柚子が[ムラクモ]を抜いた瞬間、一気に紫色のオーラが辺りに噴出される。一瞬で加速した柚子は一気に≪フレイムスワロー≫へ飛びかかった。
「ロマンちゃんを離せ! 『紫電:一文字斬り!』」
「グギャァァァ!?」
燃え盛る翼を誇るツバメが一撃で半分に割れる。さすが、見事な手前ね、柚子。
「ロマン、怪我はない?」
「は、はい。痛っ……!」
「あら。火傷かしら」
ロマンの右腕が軽く炎症を起こしているようね。まぁこの程度なら……
「『応急手当て』」
この魔法で余裕で治療できるでしょう。
「ユリアンは大丈夫かしら?」
「は、はい! 私は元気なのです」
「うっ……くぅぅっ……!」
ロマンが痛みを堪えるように声を小さくあげる。
「もう少しよ。我慢なさい」
「ロマン、頑張るのです!」
「うっ……はぁ、はぁ、あ、ありがとうございます」
ふぅ。良くなったようね。柚子も隣でホッと大きな胸をなで下ろしている。本当に妹のように可愛がっているのね。……何かしらこの気持ち。まさかヤキモチを妬いているの!? ユリアンとロマンに? そ、それは許されないわね……まるでわたくしの器が小さいみたいじゃない。
「良かったよー! ロマンちゃーん!」
「ひゃあ!? ゆ、柚子さん!?」
なっ……ゆ、柚子がロマンに抱きついた!?
あ、あれ〜〜? 何かしら〜? この気持ちぃ〜? 心臓がキュッとなりましてよ?
「よ、良かったわね〜、ロマン」
ロマンの肩にポンと手を置く。
「は、はい。ありがとうございま……い、痛いですアリス様……」
「あら、ごめんなさい?」
ハッ! 何をしているのかしらわたくしったら。こんな年端もいかぬ少女にヤキモチなんて妬いてしまうなんて……。
「さ、さぁ行きましょうか? もうすぐで半分の地点ですわよ?」
「「「はーーい」」」
くっ……正直に言うとヤキモチを妬いているわ。だって柚子に抱きつかれるなんて……そんなの……ハッ! それならわたくしも火傷を負えば……いや、わたくしが下級魔獣相手に負傷したら不自然ですし、何より天才令嬢アリスの名に泥を塗りかねないわ。それだけは避けたいわね。ここはグッと我慢しましょう。
ヤキモキしながらも順調に山を登っていく。途中少し開けて平らなところがあったから利用して休憩させていただきましょうか。
「ここらで休憩でもしますか? お腹も空いてきたでしょう?」
おそらく時刻はお昼過ぎ。そう言うわたくしがお腹がペコペコなのですけれど。
「やったー! お昼だー!」
「わーい! 実はさっきからお腹が鳴っていたのです!」
「あの、準備、手伝います」
三者三様の反応を示す。うんうん、ロマンはちゃんとお手伝いができて偉いわね。でも柚子の妻はわたくしよ? よく覚えておくことね?
「ひっ!」
「あら? どうしたのかしら?」
いけないいけない。どうやら目に出てしまったようね……。
さて、こんな山の中でどうお昼ご飯を食べるのか。その答えはこれよ。
「『ストレージボックス!』」
もはや猫型ロボット様のポケットのように便利な魔法を乱用していくスタイルで行きますわ。なぜ知っているかって? 流石に国民的な作品はわたくしも嗜みましてよ?
ストレージボックスからある程度の食材と調理器具を取り出して……
「『フレイム!』」
超最弱の炎をイメージして出す。ちょうどいいコンロになるわね。
まぁこんな環境ですし、作れるのはベーコンエッグくらいかしら。そろそろ食材も尽きてきたわね。また買い出しに行かなきゃだわ。いやね、お金って無限にあるものだと思っていたけれど、異世界に来ると有限。それもすぐに尽きるものだと知ってしまったわ。まぁ学べたというべきかしら?
「ほら、ベーコンエッグ、できたわよ。熱いうちにいただきましょう?」
「わーい! ありがとうございます!」
「い、いただきます!」
「美味しそうなのです!」
うんうん、みんな元気に食べてていいわね。……むっ、このほっこりする場にふさわしく無いものが来たわね。
「グギャース!」
「うわぁ!? 何々!?」
魔獣。それも4体もいるわね。こんなお昼時に……いや、もしかしたら調理の音や匂いにつられてやって来たのかもしれないわね。
「アリス様、ここは私が……」
「下がりなさい柚子。今日戦っていないのは私だけ。それに貴女達は今休憩中のはずよ。戦うのは……わたくしでいいわ」
長らく戦っていないと体も鈍りますしね。来るべき【魔人】戦に向けてこちらも念入りに準備を進めなければいけないわ。
魔獣との距離、およそ50メートル。向こうもこちらの様子を伺っているようですぐに襲ってはこない。猿のような魔獣4匹は何やらコソコソと話し合いながらこちらを睨んでいる。連携でも取るのかしら。
そう思っていたら先頭にいた1番小さな魔獣が動き出して来た。なら……
「『ライトニング!』」
「ウギィ!?」
雷で一閃。さぁ、あと3匹ですわね……ってあら? どこに行ったのかしら……。
「アリス様! 上!」
「ハッ!」
「ウギャア!!」
「くっ……!」
爪で思いっきり引っ掻かれた。流石神器級というべきか、≪令嬢の服≫にいっさい汚れや破れはない。
「これは一本取られたわね。さぁ……第二ラウンド開始よ」
無傷のわたくしの姿に驚く猿達に、そう宣言した。




