36話 クエスト開始ですわ
コケコッコー……と鳴く鶏もいるはずもなく、無人島は静かに朝を迎える。
「おはよう柚子。いい朝ね」
天気は快晴。絶好のクエスト日和だわ。
「おはようございます……むにゃむにゃ」
……なにこの可愛い生き物。食べてしまってももうわたくしのせいでは無いのではなくて?
「ほら、今日はクエストなのだから寝ぼけていないで、顔を洗ってらっしゃい」
「ふぁーーい」
あくびをしながら返事をする柚子。捉えようによっては無礼なのだけれど本当にわたくしの従者なのかしら? 今さら畏まられても困るけれど……。
「おはようございます! スッキリしました!」
「そ、そう。良かったわ」
シャキッと目が冴えた柚子。凛々しい顔も素敵ね。
今日はクエストとあって昨日購入したワンピースではもちろんなく、いつも通りの≪令嬢の服≫を着ていくわよ。
「さ、ユリアンとロマンを迎えに行きましょう。グズグズしていたら日が暮れてしまうわ」
「は、はい!」
柚子をいつも通りバンザイさせ、抱えて飛翔! 十数分くらいで【イリス】の街が見えてくる。人通りの少ない通りの裏に降りて残りは徒歩で2人の生活する宿へ向かう。
「おはよう2人とも。よく眠れたかしら?」
「アリス様! おはようございますなのです!」
「柚子さんも、おはようございます!」
「えぇ。おはよう」
「おっはよー!」
顔色は悪くない。この2人にクエストのメインを大丈夫そうね。
「ユリアン、ロマン、よく聞きなさい。今日のクエストはあなた達主体で攻略してもらうわよ」
「「えっ」」
驚きの声をあげる。当然ね。今初めて伝えたのだもの。
「あなたたちは今レベル9でしょう? もちろん、この世界はレベルがすべてではないけれど重要なのは知っての通り。あなた達のレベルをわたくし達のレベルに少しでも近づけるように、今日はあなた達主体で動きなさい。いいわね?」
「頑張るのです……!」
「は、はい。頑張ります……!」
2人の顔に緊張がプラスされる。ほどよい緊張感はいい効果を生むからいいけれど、緊張しすぎると良くないから……フォローも入れておきますか。
「もちろん、危なくなったらわたくしと柚子で助けるわ。だから心配しなくても大丈夫よ」
「は、はい!」
「良かったのです」
少しは緊張がほぐれたようね。さて……
「この≪マグマ蜘蛛≫というのはどこにいるのかしら……【イリス】北東にある休火山である【イリス山】の5合目にいると書いてあるわね」
宿の窓からチラと北東を覗いてみる。たしかに山があるわね。そんなに大きいわけじゃなさそうだけれど。活火山じゃなくてよかったわ。
「持ち物は持ったわね? じゃあ出発するわよ!」
「「「はーい」」」
……ここからは地味な作業。わたくしが柚子、ユリアン、ロマンの順に山の麓まで飛翔して運ぶを繰り返す。柚子が飛翔を覚えてくれたら楽なのだけれど案外難しいようで習得できないらしいわ。気づいたら飛べてた私はやはり天才だったようね。
「ふぅ。これで最後ね」
「あ、ありがとうございます!」
ロマンが深々と頭を下げる。そこまでされるとなんだかこっちが悪いみたいね……。
「気にしなくていいわよ。歩くよりよっぽどマシだわ」
実際歩くと飛ぶのとでは3時間くらい変わるでしょうね。思っていたより遠かったわ。
ただ……ここからの山道は飛んでいくわけにはいかない。もちろん魔獣達が現れる危険性を考慮することと、ユリアンとロマンのレベルを上げるという主目的を達成できないから。マグマ蜘蛛を倒すだけなら飛んでいってもいいのですけどね。
「さ、行きましょうか。5合目までアタックですわよ!」
「「「はい!」」」
元気な声が3つ山にこだまする。
5合目までとはいえ結構な急斜面。昔登った富士山のように整備されていると思っていたけど甘かったわね。ここは異世界。なんの理由もなく山を整備する者なんていないのね……。
……さっそく来たわね。
「ギギーーー!」
勢いよく飛び出して来たのは超巨大なコウモリ。わたくしの身長くらいあるかしら。
「ひゃあ!?」
「ま、魔獣なのです!」
どれどれ……一応脅威になるか調べておきましょうか。
「≪スキャン≫」
≪カッターバットLv10≫
レベル10……まぁレベル9の2人で立ち向かえば何とかなりそうね。
「柚子、[ムラクモ]をしまいなさい。安全よ」
「は、はい」
……もしかしてこの子、ユリアンとロマンに任せるということを忘れて[ムラクモ]を抜刀したんじゃないでしょうね。
「ゆ、ユリアン! 行くよ!」
「は、はいなのです!」
ロマンが短剣を抜き、ユリアンは手裏剣を構える。遠近のバランスはいい2人だけれど、どう出るかしら?
「くらえ! 『忍法:爆裂手裏剣』」
紅く光る手裏剣を投げつけ、[カッターバット]の翼部分に突き刺さると同時に、爆発!
「やったのです!」
喜ぶユリアン。でも……喜ぶのはまだ早いわね。
「ギギ……ギュアアァ!」
むしろ興奮して凶暴化したわよ。まぁ【魔蛇】の腕に軽い火傷を負わせるほどのダメージを受けたのだから凶暴化するのは当然ね。さぁ、どうするのかしら?
「ユリアン! もう一回『爆裂手裏剣』を!」
「はいなのです!『忍法:爆裂手裏剣!』」
ロマンが叫び、ユリアンが応じる。
再び紅く光る手裏剣を投げつける、が、2度同じ手を喰らうほど魔獣の方も馬鹿ではない。でも……どうやらユリアンとロマンの勝ちのようね。
「『爆』なのです!」
直撃しなくても爆発はさせられる。その爆風の煽りを受けて[カッターバット]は地面付近まで降下を余儀なくされる。そこに……
「『忍法:辻斬り』」
ロマンの短剣に風が纏い、刀身を伸ばす。華麗な短剣捌きで[カッターバット]を斬り伏せた。2度も致命傷を受けた魔獣が耐えられるはずもなく、地面で絶命する。
「や、やったー!」
「勝った! 勝ったのです!」
ぴょんぴょんと跳んではしゃぐ2人。
「まったくはしゃぎすぎよ。魔獣の討伐なんて初めてではないでしょうに」
「いえ。以前まで序盤に戦うだけ戦わせておいて……」
「最後のいいところだけハーランドが持って行くから討伐は初めてなのです」
……あのクズ息子、どんどん余罪が出てくるわね。レベルが高いのも2人のおかげだったわけじゃないの。こういうのをダサいというのでしょうね。
「あーー! ロマンロマン! レベルが!」
「ほ、本当だ……!」
冒険者カードを持ってもう片方の手を取り合って喜ぶ2人。どうやらレベルが上がったようね。
「おめでとう。これでレベル10かしら?」
「はいなのです!」
「2人はまだ12歳だよね? それで2桁レベルなんて超戦力じゃないですか?」
わざとらしくわたくしに問うてきた柚子。どうやらわたくしが「足手まとい」と言ったのが良くなかったようね。
「えぇ。もちろん2人は心強い存在だわ。でも……わたくしたちと一緒に魔王を倒すというのなら話しは別ね。レベル40は目指してもらうわよ? その覚悟はある?」
2人に問う。同時に、迷いなく、2人は首を縦に振った。
「よろしい! まぁそれはそれとしても、いい連携ね。さすが双子だわ」
「あ、あれはロマンが確実に仕留めてくれたからなのです」
「い、いえ! ユリアンがちゃんと誘導してくれたからで……」
うんうん、手柄も分かち合える。素晴らしい心の持ち主ね。
「そうよ。2人はお互いを高め合いながら強くなっていきなさい。それが2人の生き様だと勝手にわたくしは思っていますわ」
その言葉にしばらく2人は無言になる。でも数秒後にはまっすぐわたくしの目を見て
「「はい!!」」
力強く、応えた。この子たちはもっともっと強くなれる。わたくしの勘は当たるのよ。




