35話 羽休めですわ
購入したばかりの服を着て街を闊歩するのは、思いの外悪い気がしないわね。むしろこの高揚感……楽しいというやつだわ!
「やはりお似合いなのです! アリス様!」
「そ、そうかしら……」
褒められるのは慣れているけれど、まぁ悪い気はしないわね。
「うう……私もワンピースにすればよかったかな」
そう、今わたくし達は柚子を除く3人がワンピース。柚子だけブラウスとスカートを着用している。少し疎外感を感じても不思議ではない。ここはフォローの言葉を入れるとモテるかもしれないわね。
「今は柚子が1番輝いているわよ。自信を持ちなさい」
「は、はい……!」
まぁ天才であるわたくしが選んだ服を着た最高に可愛い柚子だもの。掛け算的に最強に決まっているわ。
さて街を歩くのはいいけれど特にもう目的はないわね。全員服は買ったところですし。
「そろそろ宿に戻ります?」
「えっー! まだ服買って10分とかなのですよ!?」
「えっと……夜ご飯、お外で食べませんか? せっかくのおめかしなので」
なるほどね。そういう発想は無かったわ。やっぱり普通の少女の感覚を持ったこの2人から「普通」を学ぶ必要がありそうね。
「柚子、今夜は外食としましょうか。いい?」
「はい! もちろんです」
じゃあどこかお店を見つけないといけないわね。う〜ん、屋台が目立ってなかなかディナーに向いているお店は見当たらないわね。
「アリス様ー! こっちなのです!」
「えっ!?」
ユリアンがもう人に聞いていたようでお店を見つけていた。……とんでもないコミュニケーション能力ね。スキルであるならわたくしも欲しいくらいだわ。
「いらっしゃいませ」
お店に入ると褐色肌の女性店員に案内され、席へつく。
「ご注文は?」
「ここはどんなお店なのかしら。わたくし達【イリス】の外から来たのよ」
「当店は東の街【ウルド】の料理をお楽しみいただけます。具体的に言うと香辛料を使った料理ですね」
なるほどね。エスニックな感じなのかしら?
わたくしはエビの焼き料理。ユリアンはステーキを、ロマンはサラダとスープを注文。悩み抜いた柚子は最終的にわたくしと同じエビの焼き料理を選択する。注文後数分でいい香りが厨房から漂ってきた。いいわね……こういう異文化に触れることは良いことだわ。
「そういえば東の街【ウルド】と言っていましたわね。いつか世界地図を買わないといけないわね」
「世界地図は5千円くらいで買えますよ」
「そう? ならよかった」
それでも高いけれどね。日本なら簡易的であればもっとお安く買えるでしょう? 庶民的なお店に行かなかったから知らないけれど。
しばらく待っているとお料理が到着した。わたくしと柚子のエビ焼きからは香辛料の香りが漂い空腹を刺激してくる。エビから上品に流れる黄金の油はもはや芸術ね。日本でシェフが作っていた料理と遜色ないわよこれ。
ユリアンの頼んだステーキには赤い唐辛子がセンターに構え、ロマンの頼んだサラダにも輪切りの唐辛子が散りばめられている。全体的にスパイシーなお味に緊張しつつも美味しさでカバーされているからみんなペロリと完食できた。
「フゥ……美味しいわね」
「また来ましょう! というか本場の【ウルド】の街まで行きたいです!」
たしかに本場で味わってみたいわね。でも今わたくしたちがすべきことは【魔人】の討伐。そんなに遊んでいる場合じゃないわ。
ただ……向こうから接触があるかと思ったけれど今のところはそれらしき兆候はない。【イリス】の街の人たちが【魔人】の名を口にする場面も見かけなかったからそこまで頻繁に顔を出しているわけではなさそうね。
遊んでいるほど余裕はないけれど焦る必要もない。なかなか歯がゆい状況ね。
「さて、そろそろ解散としましょうか。明日は朝からクエストよ。しっかり寝て準備なさい」
「「はい!」」
ロマンとユリアンを宿まで送ったら飛翔! わたくしたちの島へ帰りましょう。
十数分で島に到着。今日はなんだか疲れたわね。おバカさんとの会話になぜか決闘までして。訳がわかりませんわ。
ただ寝る前にもう一つやるべきことがあるわね。
「柚子、ちょっといいかしら?」
「はーい。なんですか?」
「明日のクエストなのだけれど、できるだけ手出ししないでもらってもいいかしら」
そういうとなぜか柚子は目を輝かせて……
「アリス様が本気を出されるのですか!?」
そうワクワクした顔で聞いてきた。
「逆よ。今回のクエストではユリアンとロマン主体で攻略してもらうわ」
「えっ……どうしてです?」
首を傾げて不思議そうな柚子。まぁ柚子は楽観的というか、ポジティブな面しか見ないから気づかないのかもしれないわね。
「仲間になったあの子たちのことを悪く言いたくはないけれど、正直レベル差的には足手まといよ。それを少しでも埋めるために彼女たちメインで攻略するの。もちろん、危ない場面になったらわたくしたちで助けますけどね」
わたくしの言葉に、一応納得はした様子の柚子。
「わかりました……でも、危なくなったら絶対に手を出しますからね?」
「それはわたくしも同じよ。特にユリアン。天真爛漫だから、どう動くかわからないわ。注意して見ていましょう」
「はい!」
……まるで娘2人をピクニックに連れて行く親みたいね。も、もちろん柚子にその意思があるのであれば法改正をちょちょいとさせて百合結婚いたしますけど?
水浴びをし、もう寝る支度をする。宿で寝るのも悪くはないけれど、満点の星空を眺めながら寝るのが気に入ってしまったわ。それに……隣には柚子1人ですしね。やっぱり想い人と2人きりというのは幸せホルモンがドバドバ出るわね。
「ねぇアリス様、異世界、どうですか?」
「……そうねぇ、悪くはないと思うわよ」
「私は結構楽しんじゃってます。元から異世界に憧れがあったのもありますけど、アリス様とこうして政治的な敵がいない中で過ごせるのが楽しいです」
うっ……またこの子はわたくしをドキドキさせてくるわね
「そうね。もしかしたら日本より安全かもしれないわね」
「なら……」
「でも、わたくしは日本に帰るわ。何度も言うけど、わたくしの生き様は日本をより良い道へと導くことにある。それ以外の未来はないわ。そして願わくば……わたくしの隣には柚子、貴女がいて欲しいわ」
もうこれプロポーズじゃないかしら。でもダメよ。わたくしから好意を伝えるだなんて禁忌中の禁忌ですわ!
この言葉を聞いて、柚子からプロポーズするべきよ!
「はい。アリス様についていきます。どこまでも」
来たじゃない!? これは来たわよね!? プロポーズよね?
「な、ならわたくしたちこれからは恋仲と……」
「だって私の生き様はアリス様の従者であり続けることにありますからね!」
………
「そ、そう。それは良かったわ」
くっ……まだ柚子にその気は無いのかしら。ひょっとしてわたくしって片思いですの? ずっと両思いなのかと勝手に思っていたのだけれど。だってこの美貌を持つわたくしに落ちぬ女の子がいるはずないでしょう!?
今度あの作戦を決行するしかなさそうね。題して「ロマン・ユリアンに柚子の気を聞いてもらう作戦」よ。わたくし本人には言い出しにくいことを2人になら言うかもしれないから利用させていただきますわ。そうね……クエストが終わり次第すぐに決行しましょう。柚子の気持ちが気になりすぎて【魔人】討伐どころじゃないわよまったく。




