34話 ブティックですわよ?
「弟子なんて貴女ね……そんなの募集してないわよ?」
「そ、そんなぁ〜! お願いなのじゃ! この通り!」
深々と頭を下げられる。柚子にヘルプのアイコンタクトを送るけど柚子の方が混乱・放心している様子。何でよ!
「ま、まぁいいわ。弟子にとります。そのかわり……」
「うむ! 妾の領地をどうぞお好きにしてくださいなのじゃ!」
それはそれで領民が浮かばれないわね……。たかだか決闘一回で政治権力が移り変わるだなんて。
まぁ……弟子にするだけで裏から操れるのなら願ったり叶ったりね。
「それではこの時より【イリス】の主要権はわたくしにあります。この街の政治の概要をまとめたものを明後日までに用意しておいて頂戴」
「は、はい! お任せくださいなのじゃ!」
ピシッ!と敬礼して応える領主。そういえば……
「そういえば貴女の名前、聞いていなかったわね。名前は?」
「そういえばそうでありましたな。妾はニコラと申すのじゃ」
「ニコラね。覚えておくわ。それではまた明後日伺うわ。御機嫌よう」
「そ、その時は稽古、よろしくなのじゃ!」
……面倒ね。一定のレベルになるまでは何たらと適当な理由をつけて柚子に任せようかしら。何となくだけれど性格的に合いそうな2人ですし。
柚子とユリアン、ロマンを連れて闘技場から地上へ。はぁ。なんだか不必要に疲れた気がするわね。
「一度宿に戻りましょうか。話したいこともあるし、疲れちゃったわ」
「「「はい!」」」
3人の息も合ってきたわね。いいことよ。
宿に戻るとすぐに座り込んで自然と息を大きく吐いてしまう。よほど疲れたのね。おバカさんを相手にするとこうなるのかしら……。
「さて、なんやかんやあったけれど、これでこの街はわたくしたちのものになったわね」
「い、未だに何が何だか……」
「理解が追いつかないのです……」
一度の説明で理解できるようなことでもないわね。普通の人間なら異世界に飛ばされたからそこを実験台にしてしまおうだなんて考えないでしょうし。柚子は長年一緒にいるだけあってわかっている感じね。何なら今一番元気なのは柚子だわ。
「今日はどうします? クエストにでも行きますか?」
そういえば [マグマ蜘蛛討伐]だかを受注していましたわね。とても今はそんな気分にはなれないわ……。
「勘弁してちょうだい。こんな疲れでクエストなんか行く気にならないわよ。明日にしましょう」
「はーい」
がっかりしつつ、明日になればいけると思って嬉しそうな柚子。相変わらず元気ね、この子は。
「じゃ、じゃあ……お買い物してもいいですか? お洋服とか……」
「賛成なのです! もうここ最近疲れてばっかりだったから癒しが欲しいのです!」
ふむ……まぁ悪くはないわね。手持ちのお金では少々不安ですけれど。
「まぁいいでしょう。ただし、あまり浪費しないこと。いいわね?」
「「はーい」」
「じゃあ行きましょうか。柚子、お互いに服を選び合うというのはどう?」
「いいですね! お任せください!」
よし。絶対に柚子に似合う服を選ぶわよ。今の執事服も似合ってますけどやっぱりたまには女の子らしい服も着て欲しいもの!
というわけで【イリス】の街の中心地へ向かう。【アイン】のごった返した盛り上がりとは違い、【イリス】の商店街はどこか落ち着いというか、品を感じる。ちょっと値段が張りそうで怖いわね……。
そんなわたくしの心配をよそにユリアンとロマンはお互いに何が似合うか、あーでもないこーでもないと楽しんでいる様子。ちょっと面白そうだから観察させてもらいましょうか。
「ユリアンにはやっぱり白ワンピースがいいよ!」
ロマンが手に持つのは肩も脇も無防備にさらけ出す白のワンピース。
「そ、そんな勝負服着れないのです!」
「絶対似合うのに……」
あらら。ロマンがしょぼんとしてしまったわね。ここでユリアンはどう挽回するのかしら……。
「何をきても華やかなロマンとは違って、私はガサツだからそんなの似合わないのです」
「は、華やか!? 私が……華やか……」
あらら。今度は髪色と同じくらい顔を真っ赤にしてしまったのね。なるほど……ロマンは明らかにユリアンに好意があるとみたわ。ユリアンの方も……まぁ無意識のうちに口に出ているから好意があるのでしょうね。双子の少女……素晴らしいわ。
「アリス様ー? どこ見ているんですか?」
「ハッ! な、何でもないわよ?」
いけないいけない。柚子の服を選ぶ最中でしたわね。正直柚子の黒い執事服の真反対ということで白いワンピースを着て欲しいのだけれどユリアンと被るわね。だとしたら……
「柚子、これなんかどうかしら?」
わたくしが柚子に選んだのは爽やかな水色のブラウス。控えめにつけられたフリルがオシャレを出しているけれど、柚子は気にいるかしら。
「わ、私にこんな可愛い服……似合いますかね」
自信のなさそうに俯く柚子。でも服の方は気に入ったらしく薄く微笑みを浮かべながら見つめている。
「試着してみればいいじゃない! きっと似合うわよ。わたくしを信じなさい。ね?」
「は、はい」
試着室に入った柚子を待つこと2分ほど。ガラッとカーテンが開けられ、水色のブラウスと白色のスカートを身につけた柚子が現れる。
……最高じゃない。何? 天使なの? 神はここにいたんだわ。
自分で言うのもなんだけど服に関してもわたくし天才だったのね……。
「ど、どうですか?」
くねくねと身体を揺らして感想を求める柚子。
「最高よ。今風に言うなら……エモいというやつね!」
「む、無理しなくていいですよ。でもありがとうございます。買っちゃおうかな……」
「えぇ。値段もそう高くはないでしょう?」
確か上のブラウスが8千円。下のスカートが6千円だからケチケチするほどでもないわ。
「じゃ、じゃあ買ってきますね。あの……アリス様」
「ん? どうしたの?」
「今の私、可愛いですか?」
「ええ。もちろん」
「そ、そうですか……えへへ」
ただ一つ違うわよ柚子。「今の」あなたが可愛いのではなく、あなたは常に可愛いわ。まぁそんなの告白みたいなものですからわたくしからは言いませんけど?
「あーー! 柚子さんおめかししてるのです!」
「本当だ! 可愛いですよ♡」
「2人ともありがとう!」
うんうん、ユリアンとロマンも認めるコーデだったようね。そういうユリアンは結局押しに負けたのか純白のワンピースを着ている。ロマンの方は桃色のワンピースだから双子コーデというやつね。実際双子だから双子コーデと言うべきかわからないけれど。
「さ、最後はアリス様ですね!」
柚子が手をわしわししながら近づいてくる。
「わ、わたくしはいいわよ! この服で……」
なぜか神器級マジックアイテムですし。
「レパートリー増やしましょうよ! せっかくですし、ね?」
「わ、わかったわよ……」
腕を掴まれて上目遣いで「ね?」と言われたら従うしかないじゃない! ズルいわよもう……。
「じゃあこれを着てみて欲しいのです!」
「私はこれで!」
「じゃ、じゃあ私はこれを……」
そうと決まればグイグイ来るわね!
「ちょ、ちょっと! あなた達わたくしを着せ替え人形か何かと思っているのじゃない!?」
「ふっふっふっ……『わかったわよ』という言質は取りましたからね!」
くっ……確かにもう反論することはできないわ。変に抵抗するより甘んじて着せ替え人形になりましょう。
その後は言葉の通り着せ替え人形に。ブラウスでお揃いにされてみたりワンピースを着せられたり。何を着ても3人とも「きゃー!」と言うだけだから特に良いのか悪いのかもわからない。何なのかしら……。
数十分ほどそうして遊んでいる間に突然
「こ、これだ!」
「これなのです!」
「これです……」
どうやら決まったようね。ふむふむ……んん?
「これ……」
今着ているのは黄色のワンピース。ワンピース好きすぎじゃないかしら!?
「あまりユリアン、ロマンと変わりばえしないのだけれど……」
白ワンピースのユリアン、桃色ワンピースのロマン、黄色ワンピースのわたくし。なら柚子もワンピースにさせればよかったわ……。
「まぁ……2人と同系統だけれどいいでしょう。これを買ってきますわ」
何にせよ柚子が選んだ服ということに変わりはないもの。その事実だけで嬉しくなってしまうわ。




