33話 決闘ですわよ
「よし受けたな! 受けたのだな! であればその生意気な口、二度と叩けぬよう泣かせてやる!」
なぜ【魔蛇】を倒した相手に勝てると思い込んでいるのかしら……。不思議で仕方がないわね。
「戦うのはいいですけれどどこでーーー」
「案ずるな。ここの地下は昔闘技場であったのだ。そこで決闘としよう」
なるほどね。これで領主邸が変な見た目な謎が解けたわ。昔闘技場であったところを再利用したから塔の部分だけ地上に出ているのね。
領主に案内され地下へ。その間になぜこんなに勝てる気できるのか考えていたけれど、何も答えが見つからない。本当のおバカさんって何を考えているのかさっぱりわからないのよね……。
移動中にこれまで我慢してきたユリアンとロマンが口を開く。気を遣ってか領主には聞こえないほど小声で。
「アリス様……なぜ自治権を譲れとおっしゃったのです!?」
「わ、私も知りたいです。なんでそんなこと……」
まぁ2人が疑問に思うのも当然ね。
「わたくしが将来裏から日本を導くとは伝えたわよね? わたくしはそのデモンストレーション。つまり練習にこの世界を使おうと思っているのよ」
日本でも国だけでなく地方まで政治は広がっている。だからこの各領地で政治があるのはわたくしにとって素晴らしい教材となる。それを利用しない手はないから自治権を譲れとこれからも行った先々で言うつもりでいるわ。
「つ、つまり……この世界で経験を積もうというお考えですか?」
「そうよ。言い方は悪いのだけれど、実験台ね」
その言葉にショックを受けた様子の2人。当然ね。彼女たちは現地人だもの。
「……幻滅したかしら?」
「「……いえ」」
あら。意外とすぐ言葉が出てきたわね。
「私たちはアリス様の生き様を見ていくと決めたのです!」
「たとえどんな生き方をされても、私たちはもう自分を曲げません!」
……成長したじゃない。2人の目は強い。きっとこの子たちはもっともっと成長するわね。
「アリス様! 決闘はどんな感じで戦うんですか?」
目をキラキラさせながら決闘にしか意識が向いていない柚子。……こっちはもう少し成長を感じさせて欲しいわね。まぁお仕事モードになれば頼りになるからいいのだけれどオンオフで風邪をひきそうだわ。
「着いたぞ! これが【イリス】文化遺産でもある闘技場よ!」
眼前に広がるのはとんでもない広さの真円の空間。途中岩や木などいくつか障害物はあれどれっきとした戦いの場であるとわかる。
「さぁて始めるとするか!」
ウキウキとした様子の領主。なぜそんなに楽しそうなのかしら……。あ、冒険者カードの偽装でレベル12と記したからかしら。だとしたら気の毒なことをしたわね。
「一応いくつか質問よろしいでしょうか」
「なんだ? 今さら止めるつもりは無いぞ?」
「なぜそんなにわたくしとの戦いを楽しみになされているのです?」
純粋な疑問をぶつけてみることに。まぁこの方は裏を読んでくることはしないでしょうから、深く考えて行動するのはやめにしましょう。単純に動いた方が御しやすそうだわ。
「ふっふっふっ。そんなの決まっておろう! 【魔蛇】を倒したお主に勝てば、妾の名声も爆上りよ!」
……なるほど。やっぱり浅いわね。【魔蛇】に勝つということよりも、単純に見えている数字での戦いだと思っているからこういう発想になるのかしら。恐ろしいわね。
「そう。あと一つルールを確認したいですわ。マジックアイテムの使用は可能ですの?」
「うむ! 細かいことを考えずに全力で参れ!」
全力で参ってしまうと丸焦げになってしまいますわね……。クズ息子くらいならそれでもいいですけれどこの方は別におバカなだけで善人ですし、それと可愛いから丸焦げにはしたくないわね。
「こないならこちらから行くぞ!『サイクロン!』」
銀色の竜巻が領主の手から生み出され、放出される。確かレベル27でしたっけ? まぁ余裕ですわね。幸いこの闘技場には領主以外にはわたくし達しかいませんし……
「ちょっぴり本気、出しますわよ」
迫り来る竜巻を右手で払いのける。
「なぬ!?」
魔法を素手でいなしたことに驚いたのか領主が驚愕の声をあげる。まぁ実際には身体を強化するイメージで払いのけたから素手ではないわね。魔法『身体強化』とでも名付けましょうか。
ユリアンの攻撃が【魔蛇】に通じたようにあの竜巻も無抵抗で受けたらダメージはもらったでしょうしね。
さぁ……こちらからも攻めましょうか
「『フレイム!』」
自前で攻撃するとリスクが大きすぎるため[パーフェクトリング]から炎を放出する。
「ぬっはっはっ! 甘い甘い! 『ウェーブシールド』」
水の流れで炎を消し去る。[パーフェクトリング]で効果があるのはレベル20前後までが限界のようね。でもいくらでもやりようはあるわ。
「『ライトニング!』」
もちろんこれもできあいの魔法。ただしイメージを加えさえすれば……
「なぬっ! ガハッ!」
雷を分岐させて防御をすり抜けることも可能。というわけよ。
「まだやるかしら? もう結果は……」
「やるではないか! しかし妾の本領はここからよ!」
まだやる気なの……諦めが悪いというかなんというか……。
「『アイスモンスター!』」
「……へぇ」
『アイスモンスター』というチープな名前のわりに巨大な雪の怪物を生み出した。おそらく[パーフェクトリング]の『フレイム』では倒しきれないでしょうね。
「フハハハッ! 怖気付いたか! 無理もない! これは妾の奥義であるからなぁ!」
ドヤ顔で雪の怪物の後ろから叫ぶ領主。彼女が【魔蛇】戦にいたらもう少し楽に倒せたかもしれないと思うほど、この魔法は素晴らしいわね。
「行け! 『アイスモンスター!』叩き潰すのじゃ!」
雪の怪物は応えるように叫び、拳を振り下ろす。動きは鈍いから避けるのに苦労はないけど倒すのは中途半端に大変ね。『絢爛の炎』だとやりすぎでしょうし……。
「ちょこまかと! 決めにかかるとするか、『ブリザード』」
雪の怪物の口から無数の氷の礫がわたくしに向けて放出される。これは利用させてもらうしかないようね。
「『ストレージボックス!』」
「な、なんだと!?」
雪の怪物の口から放たれた氷の礫を全て『ストレージボックス』の中へ。さぁ……倒すわよ!
「『ストレージボックス!』」
闇色の渦が再びわたくしの前に召喚され、先程吸収した氷の礫を今度は雪の怪物にめがけて放出!
「よ、避けろ! 『アイスモンスター!』」
無理な話ね。あれだけ大きくて動きが鈍いんだもの。避けられるはずがないわ。
当然わたくしの予想通り回避できるわけもなく雪の怪物は甘んじて氷の礫を受けきり、倒れる。
「さ、これがあなたの最高の魔法でしたっけ? なら……」
「ま、まだだ!」
はぁ。もういい加減イライラしてくるわね。そろそろ負けを認めて欲しいのだけれど。
「『ウィンドカッター!』」
風の刃を飛ばす魔法……狐の最後っ屁というやつね。いいわ。わたくしと領主の「差」というものを見せてあげましょう。わたくし自前の魔法でね。
「『ダークネス!』」
わたくしと領主の距離はおよそ30メートル。そのすれすれまで届くのではないかというほど大きな闇の渦を召喚し、風の刃を飲み込む。当然わたくしに向かってこれる刃は一本たりともなかった。
「……そろそろ認めてくれたかしーーーー」
「し、師匠!」
「……へ?」
突然領主が抱きついて来ましたけど!?
「妾は感動したぞ……妾をどうか、弟子にしてくれぬか!」
……どうやら面倒なのは勝っても負けても同じだったようね。




