31話 正体を明かしましょう
目の前で憤りを見せる少女はこの街、【イリス】の領主。探していたけれど手間が省けたわね。ただ……ここまでの行動から嘘である可能性もある。どう見ても権力者の行動ではないもの。お店の中で暴れるだなんて。日本だったら即週刊誌に載って辞職ムーブよ。
ただそれでもこの少女を領主だと半分以上信用できるのは、服装。白い髪によく映える黒いドレスにはスパンコール。きっとブランド物ね。そんなのが異世界にあるかはわからないけれど、とにかくお高いものだとはわかる。
「領主さん? わたくしかねてより領主さんとお話しがしたかったのです。今日中となると急ですからまた明日、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「……うむ? 何様じゃお主は」
……落ち着くのよアリス。深呼吸をしましょう。
「申し遅れましたわ。わたくしはアリスと申します。こちらは従者の柚子。向こうの2人がパーティのロマンとユリアンです」
「ふむ……妾に話し、ね。多忙であるゆえなぁ……」
「お昼からマジックアイテムのお店に来られているのに、ですか?」
「うっ……そ、それは関係あるまい!」
大いにあると思うのだけれど。もしかしたら頭が弱いのかしらこの領主。
「ま、まぁよかろう! 領民の意見を聞いてやるのも妾の仕事よ! 明日の朝10時ごろに参れ!」
「はい。それでは失礼しますわ」
……はぁ。バカとの会話は疲れるわね。おっといけないわ。バカだなんて汚い表現よ、アリス。
そのまま柚子、ユリアン、ロマンを連れて宿に一度戻る。
「さて、領主との接触に成功したわ。結果的にだけれど柚子がマジックアイテムのお店に行きたいと言ったからよ。ありがとう」
「いえいえそんなぁ〜。まぁそこまで計算してましたけどね!」
……嘘ね。ユリアンとロマンの表情から察するに2人も嘘だと思っているわよ。
「あ、あの! すみません!」
「……ロマン?」
突然ロマンが大声を出す。といっても元から声が小さいロマンだからそんなにうるさくはないのだけれど。
「アリス様って……何者なんですか? 今まで聞かないようにしていましたけど……」
まぁ……当然の疑問ね。【魔蛇】を倒し、領主と会おうとする。普通の人間では考えられないことをやっているのだから。
「そうね……ではまず約束して。これは他言禁止。これを守れるなら話すわ」
わたくしの言葉に黙って頷く2人。よろしい。
「まず前提からよ。わたくしと柚子はこの世界の人間じゃないの。日本という別の世界から来ているわ」
「「えっ……」」
突然何を言うのか。と言う顔ね。無理もないわ。でもまぁ続けましょう。
「そしてわたくしの目標は魔王を倒すこと。これはこの世界を救うためではなく、わたくしが日本に帰るためよ。ここまではいいかしら?」
その問いかけに、2人は数秒おきながらも頷く。まぁわからないところはあるのでしょうね。
「わたくしの本当の個人レベルは100。柚子は69よ。これが【魔蛇】を倒せた大きな理由の一つね」
「れ、レベル……」
「100と69なのですか!?」
驚愕の声を揃えてあげる2人。まぁ無理もないというより当然の話ね。英雄の領域とかいうレベル40を超えて、100と69ですもの。驚くなというほうが無理な話だわ。
「つ、強いとは思ってました……でもにわかには信じられません……レベル100だなんて。だって12っておっしゃられて」
「ほら。これよ。普段は≪偽装工作≫で騙しているの」
ロマンが言い終わる前に証明となる冒険者カードを見せる。それも、偽装していない正真正銘本物の冒険者カードを。
「ま、間違いなくレベル100なのです……」
「そ、そんな……どうやってここまでレベルを上げられたんですか!?」
ロマンがあわよくば自分もこのレベルに。そんな期待の目を持って訴えてくる。でも……
「ごめんなさいね。自分でもよくわかっていないの。ただ、わたくしはさっき言った日本でも天才として通っていたの。日本でレベルが上がったのかもしれないわ」
「そ、そうですか……」
自分もレベルを上げたい。そんな期待から、実現不可能だという落胆へ変わる。それはロマンだけじゃなくてユリアンも同じ反応だった。
「……あなたたちはまだ若いわ。これから段々とレベルを上げていけばいいのよ。焦る必要はないわ」
「「はい……」」
認めつつも、やはり若さゆえに焦る気持ちは分からなくはないわね。わたくしも12歳頃は焦りで勉強していたもの。なんとなく共感するわ。
「あ、あの。もう一つ質問いいですか?」
ロマンが申し訳なさそうに手を上げて聞いてくる。
「いいわよ。どうしたの?」
「えっと……どうしてアリス様はその日本? という世界に帰りたいんですか? この世界なら1番のお方なのに……」
この質問にはユリアンも、それから柚子まで気になっていたようでわたくしに視線が集中する。どうして日本に帰りたいのか……。確かにこの世界でまともに戦ってわたくしに勝てるものはいない。魔法・スキルのレベルも上げてしまえば、もう敵なしでしょう。でも……
「わたくしは"わたくし"としての生き様を、日本を導くことに置いているからよ。だからわたくしは絶対に日本へ帰るわ」
強く、太く、わたくしは答えた。捉えようによっては地球より快適な異世界を捨ててまで、わたくしは日本を導く決断をした。それが【魔蛇】と戦っている最中2人に言ったわたくしの"生き様"。
「ありがとうございます。なんとなく、アリス様がお強い理由がわかった気がします」
「それから優しい理由も。なのです!」
……え? わたくしって優しいのかしら……。人からどう映るかはわからないものね。
わたくしと柚子のこと、それから日本のことについて話し込んでいたらもう日は暮れ始めた。そろそろ出発しないと【アトロン島】の正確な位置がわかりにくくなるからそろそろ飛ばないといけないわね。
「じゃあわたくしと柚子は島へ戻るわ。何か必要なものがあればいいなさい」
「恐縮ですが食材を……」
「あぁ、そうだったわね」
そういえば食材の買い出しは【イリス】では行なっていなかったわね。よくよく考えたらこんな多分化社会が形成された街でお買い物をしないなんてもったいないわ。明日領主との顔合わせが終わったら食材の買い出しに行こうかしらね。
「さ、柚子。帰るわよ」
「はーい。バンザーイ」
柚子を抱えて久々の飛翔! 久しぶりだからかしらね。空を飛ぶってこんなに気持ちよかったのだと再確認できたわ。
【イリス】から【アトロン島】までおよそ10分半くらいだったわね。まぁこれからタイムも縮まるでしょう。
さて……久しぶりの柚子との2人きりよ。ここで少しは攻めないと今後の関係が変わらぬまま過ぎていってしまいわすわ……。
「ゆ、柚子! 今日の月はどうかしら?」
「月ですか? 綺麗ですよ?」
こ、これは実質告白じゃないの? ……なんてね。こんな誘導尋問告白させても虚しいだけだわ。
「なんか今の、告白みたいですね」
「はぁっ⤴︎ 」
「えっ? 野鳥ですかね?」
び、びっくりしたわ……まさか柚子がここで切り込んでくるだなんて。しかも少し照れ顔をしながら。思わず変な声が出てしまいましたわ。
「そ、そういえば有名なプロポーズでしたわね。実際に使う方はいるのかしら」
使って欲しい方ならここにいるわよ? もちろん柚子から。
「んー……私はプロポーズを受けるなら直接的にして欲しいですね。『あなたを愛している』って言って欲しいです」
「そ、そうなの……」
なるほど……柚子は直接的に。これは記憶に焼き付けておきましょう。べ、別にわたくしから告白する気になったわけじゃないわよ!? ただ一応よ、一応!
「アリス様ー! 夜ご飯できましたよー」
「ありがとう柚子。美味しそうね」
焼き魚、味噌汁、ひじき。一般家庭の晩御飯といった感じのメニューが並ぶ。異世界でこんなものが食べられるなんて思ってもいなかったから染みるわね。
その後は水を浴び、干し草のベッドへ。ならんで寝るこのベッドだとドキドキするのよね……。
スゥー…スゥ……と、もう柚子の寝息は聞こえている。マジックアイテムのお店で興奮しきって疲れたのかしらね。
……起きてないのよね? なら……
「あ、愛しているわよ……」
例え起きていても聞こえない声量で呟き、急に恥ずかしくなって逃げるように眠りの世界へ入った。




