30話 イリスのお店ですわよ
チュンチュンチュン……
小鳥たちのさえずりが聞こえてくる。のどかなものね。
「おはようございま〜す、アリス様」
「おはよう柚子。2人はまだ寝ているようね」
スヤスヤと天使の寝顔で寝るユリアンのロマン。よく見ると手を繋ぎながら寝ているじゃない。こ、この胸をキュとする感じ…! これが「尊い」というものなのかしら……!
「2人が起きる前に朝ごはん作りますか?」
「そうね」
柚子からいい提案が。ナイスよ。
「『ストレージボックス』」
できるだけ小声で魔法を発動する。最低限物が取れるくらいの大きさに広げた『ストレージボックス』から卵とベーコンとパンを取り出す。ベーコンエッグサンドとしましょうか。
ジュュゥゥ……というベーコンの焼ける音や匂いにつられて2人が起き上がったのが横目に見えた。
「おはようユリアン、ロマン。いい朝ね」
小さな窓から見える範囲では晴天の空。いい朝という以外の何物でもないわね。
「「……おはようございます」」
少し気まずそうね。あぁ、わたくしたちが先に起きて朝ごはんの準備をしているからかしら。どうにもこの2人はわたくしたちを命の恩人として見ているようだから時折奉仕精神が見られるのよね。
今は仲間ですけど実際あの時はわたくしと柚子はのためだけに【魔蛇】を倒し、なんなら2人は利用させてもらっただけなのだけれど。
「朝ごはんについては気にしなくていいわよ。早くに目が覚めただけだから」
「「は、はい」」
それでも申し訳なさそうな2人。まぁこればかりはどうのしようもないわね。気にするなと言ってもするでしょうし、これ以上は言及しないことが吉だわ。
ほんのり気まずいながら朝食を食べる。結構焼き加減も上手くいったわね。美味しいわ。
「アリス様! 今日こそは……!」
「わかってるわよ。マジックアイテムのお店、探してみましょうか」
「わーい!」
17歳の柚子が12歳のユリアンとロマンの目の前で大はしゃぎ……。それはどうなのよ……。
「おっ、お出かけかい?」
「えぇ。マジックアイテムのお店、ご存知ないかしら」
出かけぎわにリョウさんに尋ねることに。
「そうだな……この街でマジックアイテムの店って言ったら2つだな。1つはすぐ右にある『マジックスター』って店と、もう1つは街の端にある『アイテムダスト』って店だ。前者は無難なアイテムが多くて、後者は変わり種のアイテムが多いイメージだな」
あら……2つもあるのね。
「柚子、どちらに……」
「両方行きましょう! マジックアイテムはいくら見てもプラスでしかないですよ!」
……まぁそれはそうなのだけれどね。イメージして作る新作魔法のベースにもなりますし。でもそのはしゃぎようはどうなのよ……。
とりあえずは近い方である『マジックスター』というお店に足を運ぶことに。
「いらっしゃいませ〜」
頭にベージュのターバンのようなものを巻いた女性店主が出迎えてくれる。ライカさんと比べるとかなり柔らかな印象。ただ糸目からはただ者ではない気配を感じる。杞憂だといいけれど……。
「ウチのお店には色んなマジックアイテムがあります〜。ただ神器級はないから期待されていたならごめんなさいね〜」
どうしても語尾が伸びるのね、この方は。
「ん、んん!!」
突然店主が大声を出して立ち上がる。な、なんなのかしら……。
「そ、そこの黒い服のあなた、それ神器じゃないですか〜?」
「えっ? はい! 神器ですよ!」
柚子が胸を張ってドヤ顔を見せる。
「う、売って! 売ってください〜! 5億払いますから〜!」
大慌てで動くせいでレジ周りのものがゴロンゴロン落ちていくのに目もくれずに柚子へ近づいてきた。
「ご、5億円ですか……!」
これは破格ね……! ライカさんのお店で2億で売られていたと知ったらこの方倒れるんじゃないかしら。売るも売らないも柚子の自由だけれど、どうするの? とアイコンタクトで柚子に送る。それを確認した柚子は……
「ご、ごめんなさい。これは命を賭けて頑張ってものにした刀なんです。いくらでも売ることはできません」
そうはっきりと断った。ふぅ、本当はわたくしも売るのには反対だったからよかったわ。だって、[ムラクモ]を使った時の柚子、カッコいいんだもの。
「そうですか〜。わかりました。どうぞお店を見ていってください〜」
このお店はライカさんのお店とは違い、ランク順に並べられ、さらにその中でも値段順に並んでいる。こういうところで店主さんの性格がよく表れている気がするわね……。
柚子は超級マジックアイテムの方を見て目をキラキラさせているけれど手持ちの30万円じゃ何も買えないわよ……? そういえば2人はマジックアイテムを持っているのかしら。
「ユリアン、ロマン。2人はマジックアイテムを持っているの?」
「はいなのです! 私の手裏剣は上級マジックアイテムなのです!」
「わ、私も、短剣が上級マジックアイテムです」
なるほどね。まぁ12歳でレベル9とだけあって装備も充実させたということね。となるとわたくしのパーティはみんなマジックアイテムを持っているのね。わたくしが力の使い方を上手くなるにつれパーフェクトリングは使う機会は減りそうですけれど。
そういえばこの服、今考えたらマジックアイテムなのではないかしら。運命レベルで汚れや傷から防ぐもの。≪スキャン≫では読み取れずとも≪鑑定≫スキルならわかるのよね。
なら……とライカさんの使っていた≪鑑定≫の様子を思い出す。たしか目の前に魔法陣を出してそれを介して見ていたわね……よし……
「≪鑑定≫」
目の前に赤い魔法陣が出現。それを通してわたくしの服を見ると≪スキャン≫と同じように結果が目の前に表示される。
≪[令嬢の服]神器級≫
なっ……! 神器級でしたの!? マジックアイテムではあると思っていましたけど神器級だとは……。まさかライカさん、それをわかっててわたくしに売ってくれなんて言ったんじゃないでしょうね……。
神器級ということはライカさんの説明通りなら神様が入ることでさらに強くなるということよね。その"神様"がいまいちわからないのだけれど。
「それで? 柚子は一体何を買うつもりでお店に来たの?」
「あっ 特には決めてないんですよ。なんというか……ウインドウショッピングってやつですかね?」
「……そう、特に目的もなく時間を使っているのね」
ならこの街の領主に早いこと会うべきだったじゃないの……。もっと早くに理由を聞いておくべきだったわね。
「ねぇユリアン、これどうかな?」
「便利そうなのです! 買うべきだと思うのです!」
ロマンとユリアンが中級アイテムのコーナーで何か物を取って話し合っている。柚子の目的のない買い物よりこちらを見たほうが建設的ね。まったく、将来わたくしの恋人になる柚子がこんな感じで大丈夫なのかしら。あらやだ、恋人だなんて。まだ早いわよもう!
「何か買うつもりなの?」
「は、はい! ユリアンと暮らすあの宿に冷やしておけるものがなかったので、冷蔵アイテムを購入しようかと」
「これがないと水がぬるくて不味いのです!」
なるほど……冷蔵庫的存在の物も異世界ではマジックアイテムとして扱われるのね。まぁおそらく氷魔法のようなものを使用しているのでしょう。考えるものね、どこの世界だろうと。
結局わたくし、柚子は何も買わず、ユリアンとロマンが冷蔵アイテムを1点購入して買い物を終える。はぁ……柚子がここまで無計画にお店に行くだなんて想定外だったわ。裏でもう少し考えていると思ったのだけれど。
お店を出る際、白髪の少女とすれ違った。美しい見た目だから目についたけれど、あまり人の顔をジロジロ見るのも悪いわね。と思って前を向こうとした瞬間、後ろのお店から大きな声が漏れてきた。
「なんじゃと!? ここには神器がないのか!? なんのためのマジックアイテム屋じゃ!」
わたくしたちがお店を出る直前まで客はいなかった。つまりこの声は先ほどの少女のものとわかる。
「そ、そう言われましても〜」
明らかに困っている店主さん。あまり首は突っ込みたくないけれど……仕方ないわね。
「どうしたのかしら?」
もう一度お店に入ると憤った先ほどの美しい少女が店主に詰め寄っていた。
「どうしたもこうしたも、妾に神器級アイテムを用意できぬなど……こんな店!」
叫びながらレジ付近を殴る。はぁ。
「やめなさい。淑女として、暴力に頼るのは二流。いや、三流よ」
少女の腕を掴み静止させる。
「くっ……なんて力……。妾はここの領主! ならばこんな程度では暴力とはならぬ!」
『ここの領主』。この言葉を聞いたわたくしは心の中でこう呟く。ーー手間が省けたわねーーと。




