2話 異世界ですわよ?
「よっと……こんなものかしらね」
「アリス様ー!火をお願いします!」
「ええ。これでいいかしら」
「ありがとうございます!」
わたくしたちがこの無人島に漂着して約3年。わたくしたちの無人島ライフはなかなかに順調に進み今では食料・水はストックがあって暮らしを豊かにする余裕が生まれてきた。気づけばもう17歳。本来なら高校に通っているのよね。
わたくし達は学校へは通えてなくてもたくましく成長した。それこそ最初のひと月は地獄のような状態でしたけど3ヶ月ほど経って一人で火起こしができるようになり、半年ほどで魚を安定して捕まえられるようになり、1年経って熊を狩ることに成功し、2年経って熊をパンチ1発で倒せるようになり、そして半年ほど前から手で火を起こせるようになった。やはり人間成長するものね。
「……いや冷静に考えるとおかしいと思うのよ」
「何がですか?」
「そうね……まず一つ挙げるとしたら同じ食生活を送ったはずなのに貴女の胸だけが大きくなっていることよ。わたくしは変わりないというのに」
「何の話ですかもう!」
「まぁそれは冗談としてもこの3年間一度も人の気配や船の往来がないのは不自然だわ。それに……どうして私たちは手から火を出せるの?」
「突然変異じゃないですかね?」
「確かに変異が人類に起こるとしたらまずわたくしに来るのは道理ですわね。まぁ後者はそれでいいとしても前者は疑問だわ」
「そうですね……ってああっ!!」
「どうしたの? そんな顔して」
「アリス様!後ろ!後ろ!」
振り返るとそこにいたのは……百獣の王、ライオン。まったく相変わらず不思議な生態系ですこと。
「いいわ。どう変異したか見届けることといたしますわ」
軽くジャンプするつもりで体を浮かす。その瞬間に呼吸に意識を集中させることで……
「う、浮いてる!浮いてますよアリス様!」
「わかっているわよ」
まだ完全にコントロールできているわけではないにしてもいつか空を飛ぶことだって可能になるかもしれませんわね。
「ライオンは食べても美味しくなさそうですし、丸焦げにさせましょう」
「アリス様ー!火を出すときは必殺技っぽく叫んでください!」
「……なぜそんなことを?」
「なんか気分がアガるので!」
正直あの子のセンスはよくわからないわね。でもまぁいいでしょう。
火を出せるといっても火炎放射器程度。そんなに期待するものではないのだけれど……。
「そうね……じゃあこんなのはどうかしら?『絢爛の炎』」
明るい炎に包まれてライオンが雄叫びを上げ……生き絶えた。
「流石です!アリス様!」
「おやめなさいな。たかが獣一頭倒しただけで……逆に恥ずかしてくてよ?」
「しっ、失礼しました!」
それにしてもわたくしついに飛べるようになったのね。日本に帰れたとしてあの生活に戻れるかしら。それとも一夜の幻のようにこの力も無人島も一緒に消え去るのかしら。それもまたロマンチックでいいわね。
そんなことを考えているうちに一つの作戦を思いつく。うん、悪くはないわね。
「柚子!」
「いかがなさいましたか?」
「これからわたくしは飛行の訓練を毎日の課題としますわ。完璧に飛べるまでわたくしの業務を代行してもらってもいいかしら」
「とんでもございません!そもそもが私の仕事なのにアリス様のお手を煩わせていたのですから!」
「そう?悪いわね」
協力してくれる柚子のためにもなんとしても空中でのコントロールを上手くできるようになるわよ。1ヶ月以内を目指しましょう。
10日後……
「そういえばわたくし、天才でしたわね」
「アリス様ー!飛び心地はいかがですかー!」
「悪くないわよ! でも少し風が強いわ」
「温かいスープを用意しておきますねー!」
あら気がきくわね。さすがわたくしの使用人ですわ。
柚子の用意してくれたスープを飲みながらわたくしの計画を伝える。
「つまりこの近辺にほかの島がないか探しに飛ぶ……ということですか?」
「ええ。そこに人がいたら望みはありますし人がいなくても資源の宝庫。悪い手ではないと思っているわ」
「で、でも大丈夫ですか?この島を見失ってしまったりしたら……」
柚子が心配そうにシュンとする。
「バカね……わたくしは独占欲が強いの。宝物を置いて一人で日本に帰ったりなんかしないわ」
「宝物……なんてこの島にありましたっけ?」
あら、伝わらなかったかしら。伝わらないとなると恥ずかしくなってくるものですわね。
「……忘れてちょうだい。とにかく明日の朝早くに出発するわ」
「かしこまりました。お気をつけて」
「では行ってくるわね」
「はい!」
晴れて良かったですわ。さて軽くジャンプをして呼吸に集中、その後に身体を空気中に預ければ……完全に浮きましたわ。あとは身体を進行方向に向けて傾ければ進むことができますわ。
飛行することおよそ10分、やっぱりありましたわね、それも……とんでもなく大きい島ですわ…島というよりこれは……大陸?ちょっと近づいてみましょうか。
大きすぎるがゆえに近く見えますがかなりの距離ですわね。ちょっと飛び疲れて来ましたわ……。一回戻りましょう。
「柚子ー!柚子!」
「アリス様!いかがでしたか?」
「大陸を発見しましてよ」
「本当ですか?」
「ただかなり遠いわ。もっと飛ぶ練習が必要よ。あと1ヶ月もらっていいかしら」
「はい!」
「そういえばわたくし天才でしたわね。2回目ですけど」
「もうどこまででも飛んでいけるんじゃないですか?」
「そうかもしれないわね」
このレベルになるまで4日半。自分の才能が恐ろしくなってくるわね。
「じゃあ行くわよ」
「へ?」
「どうしたのよ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔して。当然柚子も行くのよ、大陸に」
「え、ええっ!?そ、それって……」
「わたくしが抱きかかえて飛べばいいでしょう?さ、行くわよ」
「は、はい!」
ふぅーん。無人島で三年過ごしても匂いはいいのね。やっぱり女の子が最高だわ。偏見になるかもしれないけど男を無人島で三年暮らさせたら臭そうですもの。
柚子を抱きかかえて飛ぶこと5分程度で大陸が見えてきた。やっぱり前より速さも向上しているわね。
「アリス様!やっと……やっと日本に帰れますね!」
「えぇ。長い無人島生活でしたわ。さっそく上陸して人を探しましょう」
猛スピードで飛んで大陸へ!中規模な街を見かけたのでまずはそこへ行くことにした。
「ふぅ。着いたわね。さて、ここはどの国かしら。とりあえず英語でいいかしらね」
「アリス様、ここは私が」
「そう?じゃあ任せるわ」
ペラペラと柚子が道端の男性に話しかける。英語、スペイン語、ポルトガル語……中国語にロシア語まで使っても伝わってないようで……。
「柚子、一旦下がりましょ?」
そう言った私に男性が反応を示した。
「なんだ!喋れるじゃねぇか!こっちの黒髪の姉ちゃんがわけわからねぇ言葉で喋り出すからびっくらこいたがなんだったんでい?」
「「えっ!?」」
に、日本語……!? この身長190cmは優に超える男性の顔の特徴から考えるにどう見ても外国人ですのに…。
「これはどうもわたくしの使用人が失礼いたしましたわ。ところでここはどこでしょうか。わたくしたち迷ってここまで来てしまいましたの」
「ここか?ここは【アイン】だ。いい街だろ?なんせ魔王城から随分と離れてっからな、魔物もそうそう来ねえ平和な街だぜ」
「……そ、そうですの。ありがとうございます。ご機嫌よう」
……どうやら少し頭のおかしい方に出会ってしまったようね。
「ちょ、ちょっとアリス様!どうして親切に話してくれそうな方から逃げてきたんですか!」
「なんだか怖かったわ。魔王だとか魔物だとか」
「どうしてです?ここには魔王の息はかかってないのでしょう?」
「……待って、貴女までいったい何の話をしているの?」
「手から炎が出せるようになった、空を飛べるようになった、そして魔王城、魔物。これらから考えるに……きっと私たちは今、異世界にいるんですよ!アリス様!」
……い、異世界ですってぇ!?