28話 イリス冒険者組合ですわ
さてと……冒険者組合へ向かうと決まったものはいいものの、どこにあるかさっぱりわからないわね。
まぁここは【アイン】の街でも使った常套手段、色仕掛けからの質問といきましょうか。
「アリス様! 冒険者組合はここをまっすぐいったところを右手にあるようなのです!」
「……へっ!?」
い、いつのまに……。
「ユリアンが勝手な真似をしてごめんなさい! ユリアン、コミュニケーション能力が高くてすぐに人に話しかけちゃうんです」
「そ、そう。いや別にいいわよ。助かったわ」
まさかそんな一面があっただなんて。でもまぁ言葉は悪くても"使える"性格であることは間違いないわね。わたくしも柚子もどちらかと言えば慎重派な人間ですもの。1人くらいは社交的な人間がパーティにいたほうが都合がいいわ。
青いポニーテールをゆらゆら揺らしながら先導するユリアンについていくこと約5分。ずいぶんとお洒落な、落ち着いた建物に甲冑姿の冒険者と思われる男たちが入っていく。察するにこれが冒険者組合ね。なんて【アイン】と対照的なのでしょう……。
ドアを開けると上品な雰囲気が漂う室内だった。まるでホテルのロビー。【アイン】の冒険者組合とは天と地ほどの差もあるのだけれど……。
「アリス様……なんか異世界感ないです」
その"異世界感"という感覚はよくわからないのだけれどまぁいいわ。柚子のいう異世界が【アイン】を指す言葉なら【イリス】の街は地球と同程度ということになるのかしら?
「いらっしゃいませ。いかがなさいましたか?」
メイド服を着た美人の受付嬢さんが話しかけてきた。うん、素晴らしいわね。
「わたくしたち【アイン】から来たのだけれど、何か行うべき手続きなどはあるかしら?」
「はい! もし銀行にお金を預けていましたら【アイン】と連絡を取って当冒険者組合でも預け入れ・引き出しができるようにしますのでそのお手続きをしてください」
あら、こちらでもお金を行き来させられるのね。ならもう【アイン】は用済みじゃない。完全に【イリス】の虜ですもの、わたくしたち。
「じゃあその手続きをお願いするわ。ユリアン、ロマン、【アイン】で口座を持っていたかしら?」
どうせなら一括でやってしまいましょうと思いましたが……。
「いえ。持ってないです」
「ハーランドが全部管理……もとい、支配していたのです!」
あのクズ息子……名前が出るたびに罪が増えていくわね。いいことを一つも聞かないじゃない。いや、顔だけは褒められていたかしら?
「ではわたくしたちの口座だけをお願いするわ」
「かしこまりました。お名前をお願いします」
「アリスよ。それと登録時には柚子の2人のパーティだったわ」
名前を伝えるとメイド服をきた受付嬢がすぐさまなんらかの魔法で空中にタッチパネルを出して操作する。すごいわね……なんか近未来ですわ。
その間にキョロキョロと他の冒険者の様子を見る。甲冑を着た者、闘志に満ち溢れている者、ミステリアスな雰囲気を出す者。明らかに【アイン】で見た酒飲みたちとは大違いだとわかる。
「お待たせいたしました。アリス様と柚子様ですね。口座の連携が取れました。そちらのお二方はいかがなさいますか?」
お二方というのはもちろんユリアンとロマン。
「ど、どうする……?」
「あんまり考えてなかったのです」
あたふたしだした2人。仕方ないわね。
「ならわたくしたちと同じ口座にしましょう」
「えっ い、いいんですか!? 勝手に降ろせるようになっちゃいますよ?」
「出会って数日の人にしていい行為ではないのです!」
揃って伺う2人。まぁ無理もないわね。
「ならあなたたちはわたくしたちの口座から勝手にお金を抜き取るのかしら? そんなことしないでしょう? わたくしたちはもう仲間なのだからいいわよ。信頼しているのだから」
「「あ、アリス様……!」」
明るい笑顔を見せる2人。可愛い笑顔ね。……まぁ柚子の方がいい笑顔を見せてくれますけど?
「では合同の口座にさせていただきますね。お名前はそのまま『アリス様パーティ』でよろしいですか?」
「ええ。変更するつもりは無いわ」
受付嬢さんは手際よく1分も経たないうちに申請を済ませてくれた。
さてこれで行政上やるべきことは終わったわ。あとは・・・
「一応クエストボードでも見ておきます?」
「はい! そうしましょうそうしましょう!」
ここでテンションMAXになったのは柚子。さすが異世界マニアね。クエストという言葉に過剰反応を示すわ。わたくしとしてはあまりクエストを受けたくは無いのだけれど。
クエストボードの場所を受付嬢さんに尋ねて案内してもらう。【イリス】冒険者組合のクエストボードの特徴として、まず綺麗だ。【アイン】のクエストボードはかなり年季が感じられたのにこっちは新品のよう。それにクエストの数も多い。やる気のある冒険者が多いはずなのにクエストが多いということはこの街のスタッフも優秀ということかしら?
なになに……今だと
・エルフェーントラゴンの討伐 2千万円
・ダークドラゴンの捕獲 1千5百万円
・メタルフェニックスの卵の入手 2千万円
は、ハイレベルそうなクエストばかりね。だからか知らないけど柚子の目がキラキラしてるわ。対照的にロマンとユリアンは不安そうな表情を浮かべていますわね。
「アリス様! 今すぐ! 今すぐクエストに行きませんか!? 私、[エルフェーントラゴン]を見てみたいです!」
興奮した様子で訴えてくる柚子。その気迫に押されてつい「いいわよ」と言いかける。危なかったわね。
「だ、ダメよ。わたくしたちが探しているのは【魔人】。お金に困っているわけでもないし、下手にクエストを受けるのは得策ではないわ」
話に聞いたところですと魔王軍がわたくしたちのことを警戒し始めるらしいですしね。もし[エルフェーントラゴン]とやらとの戦闘中に魔王軍幹部が攻めてきたらいくらわたくしたちでも厳しいですもの。ここは慎重に行くべきね。
「えぇ〜……まぁそうですよね……」
一応納得はしてくれた様子。よかったわ。
「でもいずれ資金は尽きちゃいますよ?」
「そうなのです! 今からでもクエストの目星はつけた方がいいと思うのです!」
それは一理あるわね。
「そうね。比較的安全にできるものを選びましょう。資金はコツコツ貯めていけばいずれ山となるわ」
いわゆる「ちりつも」というやつですわね。
さて比較的安全そうなクエストはというと……
・山菜採り 10万円
・モグラット討伐 30万円
・マグマ蜘蛛討伐 70万円
この辺りかしら? あとは土木工事など専門知識が必要そうですし。……いやなんで土木工事を冒険者に任せるのよ。専門家とかいないのかしら。
クエストボードに張り付いていると甲冑を着た冒険者が「モグラット討伐30万円」のクエストを受注してしまった。あらら、先に取られてしまったわね。やる気のある【イリス】の冒険者は違いますわ。
「……≪スキャン≫」
こっそりと甲冑姿の冒険者の後ろ姿をスキャン。
≪ノメドLv25≫
レベル25……【アイン】の役場の方の話だと上級冒険者のレベルが20前後と言っていたから上級者ということね。それにしても顔も見えなくて不気味ですこと。
「アリス様! [マグマ蜘蛛討伐]のクエスト、受注しちゃいませんか?」
どうしてもクエストに行きたいのか柚子が提案してくる。まぁ……いいわね? とロマンとユリアンに目を配ると2人は無言で頷く。柚子より大人に見えるのだけれど大丈夫かしら。
「わかったわ。受注しておきましょう。ただ今日はクエストには向かわないわよ? きっと明後日以降になると思うわ」
「はい! 全然構いません! それくらいなら我慢できますから!」
何かドヤ顔してますけど大したことではありませんからね? まぁ……そんな顔も好きですけどね。




