27話 イリスはいいところですわよ
わたくし、御陵院アリスは今、異世界にて森の中を闊歩している。周辺にいる獣たちはわたくしを恐れて目があったら即逃げるという有様。情けないわね。
といっても、それは無理もない。この森の主、【魔蛇】をわたくしは倒したのだから。この森にもうわたくしに敵うものはいない。そういう認識が広がっているのでしょう。
森を闊歩しているのはわたくしだけではない。使用人の柚子(可愛い)、つい先ほどパーティの一員となったロマン(赤髪ウェーブ可愛い)、ユリアン(青髪ポニテ可愛い)の計4人。パーティというには十分な人数が揃いましたわね。それも全員わたくし好みの美少女。テンション上がりますわ。
「う〜〜ん、魔獣の襲ってこない森だと空気が美味しく感じますねぇ〜!」
無邪気に伸びをしながら深呼吸をする柚子。可愛いわね。普段キリッとした表情を見せるのに、身内といる時は可愛い一面を全開にするなんて、ほんとそういうところズルいわよ……。
「そうですね。こんなに安全に北の森を歩けるなんて、夢みたいです」
「普段なら絶対に入りたくない森だったのにすごい変化なのです!」
たしかに結構レベルの高い魔獣たちもウヨウヨしている。レベル9の2人が歩くには厳しい環境ね。
そういえばふと気になったことが……
「あなたたち、歳はいくつなのかしら?」
勝手に14歳くらいかと思っていましたけど、どうでしょう。
「私たちは12歳です」
「同じく! まぁ双子なので当然なのですが」
へぇ12……思っていたより若いわね。というか双子だったの!? 初めて知ったわ。でもたしかにどことなく顔は似ているわね。髪色はまるで違いますけど。
20分ほど歩いたところで昨日激闘を繰り広げた神殿跡地に。ここまで来たならあと少しかしら?
「ふぅ。あまり見たくないですね。なんかもうトラウマです」
柚子の言ってることも当然だと思いますわ。わたくしは魔法が効かず、柚子はずっと孤軍奮闘を強いられた。トラウマになるのも無理はないわね。わたくしだってできればここを通りたくはなかったわ。
激戦を繰り広げた神殿あとからさらに30分ほど歩くとようやく街が見えてきた。……遠いわね。
「はぁ〜! これが【イリス】の街!」
「すごく賑やかなのです!」
大興奮のロマンとユリアン。この様子だと【アイン】の街から出たことがなかったみたいね。
興奮抑えられぬ2人と真逆に、異世界マニアの柚子は冷静に分析をする。
「なんか【アイン】と比べていろんな建物がありますね。なんかごちゃごちゃというか」
「それはそのはずなのです!」
「【イリス】はこの大陸の中央部に位置しているので、色々な人たちが集まっているんですよ!」
なるほどね……。たしかによく観察したらごちゃ混ぜに見えなくもないわ。
「さて、まずはどこへ行きましょうか」
3人にそう聞いた時、グゥゥ……という音が。
「……柚子?」
「ご、ごめんなさい……」
はぁ。まったく本当にズル可愛い子ね。仕方ありませんわ。本格的に動くのは後にして、まずは食事としましょう。
「お食事どころは……」
「アリス様! 【イリス】と言ったら屋台なのです!」
ユリアンがぴょんぴょん跳ねながら訴えてくる。相当屋台料理が食べたいのかしら……。
「ロマン、そうなの?」
「は、はい。先程お伝えしたように多文化社会ですから屋台でいろんな土地の料理が楽しめるって地理の本に書いてありました」
なるほど……さしずめロマンはしっかり地理のお勉強を。ユリアンは食事のところだけ覗き見したというところかしら?
「わかったわ。じゃあその辺りの屋台でいただきましょうか。お金は持っているの?」
「はい! 少しだけですが」
「食べる分と宿代くらいは隠し持っていたのです!」
へぇ……やるじゃない。ちゃんと未来を見据えて行動する。なかなかできることじゃないわ。
さてわたくしは何をいただきましょうか……。屋台には看板メニューが大きく書かれている。
≪フライドドラゴン≫
≪バターフィッシュ焼き≫
≪コンパイルシャークの串焼き≫
いやメニューを見てもわかるものじゃないわねこれ。
「柚子、あなたはどうする……」
「ファイ? ぬわぁんですかぁ?」
……もうすでに何かを口いっぱいに頬張っている柚子。警戒心とか知的好奇心とか無いのかしら。
まぁでも柚子の行動も間違ってはいないわね。迷っていたっていつまで経ってもわからないままだわ。
「すみません。≪コンパイルシャークの串焼き≫、いただけます?」
「あいよ! 850円な!」
あら、安いのね。いやよくわからないわ。そういえば屋台でお食事なんて産まれて初めてですもの。相場というものがわかりませんわ!
屋台の店主から串焼きにされたサメのお肉をもらい、食べるのに迷惑のかからなさそうなスペースを見つけてパクリ。
「これは……結構美味しいわね!」
もしかしたら本当の意味で初めての異世界ご飯かもしれないわね。脂身から溢れる脂はジャンキーな味わいながらも脳を叩く旨味を演出する。こういうものは禁じられていたから新鮮な体験ね。
ロマンは海老とサラダのお弁当を、ユリアンは牛肉のお弁当を屋台から買っている。なんか性格がわかってきたわね。どちらかというと赤髪ウェーブの方のロマンはお淑やか。青髪ポニーテールのユリアンは天真爛漫ね。ただ共通しているのは両方とも可愛いということよ。将来有望ね。
各々好きなようにお昼ご飯を食べ終わると全員無言のまま吸い寄せられるようにベンチに腰掛ける。
「……なんか〜来て1時間も経ってないですけどいい街ですね〜」
「そうでよねぇ。色んな人が色んなところで頑張って働いてて」
「美味しい食べ物も温暖な気候も最高なのです」
みんな口を揃えてこの街、【イリス】を褒め称える。
まだご飯を食べただけなのにその言葉には説得力がある。それはきっと【アイン】の街のように、荒くれ、朝っぱらから酒を浴びる者、やる気のない冒険者などネガティブな印象が強くつく人間が目につかないから。ベンチから見る【イリス】はみんなキラキラとした汗を流す人たちばかり。なんというか、爽やかな街ですわ。
「そういえば聞いたことがあるのですが」
無言で【イリス】の風を感じていた中、ユリアンが我慢できなくなったのか口を開いた。
「この【イリス】の領主様は女性らしいのです!」
「あら……それは楽しみね」
領主でいる以上いずれ会うでしょうし。【アイン】の豚みたいな領主を思うとあまり期待はできないわね。
「だからこの街はいい人そうな人たちで溢れているのかもしれませんね、アリス様!」
「そうね。そういう一面もあるかもしれないわね」
確かにそういう考えもあるわね。こんな爽やかな街を仕切る領主だもの。もしかしたら絶世の美女である可能性もあるわ。そうと期待しておきましょう。
「さてと、ずっとこのまま座っているわけにもいかないわよ。まずどこへ向かいましょうか」
「はいはーい! マジックアイテムのお店に行きたいです!」
柚子が高らかに手を挙げて宣言する。
「すでに神器級アイテムを手にしたのにこれ以上何を求めると言うのよ」
「じゃあ……宿を探したいです」
申し訳なさそうに声を出したのはロマン。たしかに毎日毎日【アトロン】島に帰るのも面倒だわ。でもあそこは捨てたくない……。だってわたくしと柚子の愛の巣だもの!
「私は【イリス】の冒険者組合に顔を出しておくべきだと思うのです!」
あら……意外や意外。ユリアンからまともな意見が出たわね。
「そうね。ではまずは組合へ。その後時間があったら宿を探して、それでも余裕があったならマジックアイテムのお店へ向かうこととしましょうか」
「「「はーい」」」
3つの可愛い声が【イリス】の街にこだました。




