26話 戦勝報告ですわ
朝日が昇り、屋根がないゆえダイレクトに光が射す。そんな毎日を繰り返して、もう何日が経っただろう。ただこの朝を迎えた瞬間、となりに柚子以外の人がいるのは初めてね。
「ん……おはようございます、アリス様。ユリアンちゃんとロマンちゃん、熟睡ですね」
「そうね。まぁ無理もないわ」
何日も劣悪な地下牢に閉じ込められて下衆どもに囲まれる日々を送っていたんですもの。無人島の寝床だって特別いいものじゃないけれど、安心感が違うのでしょうね。2人とも可愛い、健やかな寝顔だわ。
「まだ寝かせておいてあげましょう? 朝ごはん、わたくしたちで作るわよ」
「はい!」
んー、4人前だからいつもの倍……とはならないわね。ユリアンもロマンもきっと成長期でしょうし、わたくしたちよりは食べそうだわ。
いつもの2.5倍用意しておきましょうか。それとグロテスクな虫系は避けて【アイン】で買った食材中心で料理しましょう。なるべく2人にストレスがかからないようにしないといけないわね。
「むにゃ……いい匂い」
「お腹空いたのです……」
朝ごはんの匂いにつられ、ユリアンとロマンがそれぞれ呟きながらのっそりと身体を起こす。
「おはよう。よく眠れたかしら?」
「「はい!」」
まぁ聞くまでもなかったわね。数日後に生贄になると思いながら地下牢にいて安眠できるはずないもの。久しぶりの本来の睡眠だったんじゃないかしら。
「「「「いただきます」」」」
うん、みんなで食べると美味しいと言うけれど、死線をくぐってきたみんなで食べるとさらに美味しいわね。一応お味噌汁をつけておいた。口に合うか心配だったけれど杞憂だったようね。結構グイグイ飲んでいるわ。
「「ごちそうさまでした」」
「「おそまつさまでした」」
さてと、まずはマジックアイテムのお店に行って[ムラクモ]を返さないとね。それと[クサナギ]についても聞いてみましょうか。
とその前に……
「ユリアン、ロマン。先に【アイン】まで送っていくわ」
「「は、はい!」」
まずはユリアンから。もう少し工夫すれば複数人で飛行できるのかしら。今度試してみましょう。
次いでロマン。【アイン】南門に2人を置いておくことにした。
「それじゃあね2人とも。またどこかで」
「あっ はい。ありがとうございました!」
「は、はいなのです! 本当に感謝なのです!」
何か言いたげだったけどお礼の言葉で消えてしまったのね。まぁなんとなく察しはつくけれど……まぁわたくしから言うのは野暮というものね。
もう一度飛んで柚子を引き連れる。マジックアイテムのお店はおそらくわたくしたちのために臨時休業とされていた。
コンコンッと扉を叩くと……
「誰だい?」
あの女店主の声が。
「わたくしですわ」
まぁこれで伝わるでしょうね。するとガタッと大きな音が扉の向こうから聞こえたと思えばドンドンとふみ鳴らす音まで聞こえてんやわんやに。なんなの……?
その数秒後お店のドアが開いた。
「おう、待ってたぜ!」
汗だくの店主に招かれ貸切状態のお店の中へ。誰もいないから静かね。いや……冒険者組合で朝から呑んだくれてる荒くれたちの声が聞こえてくるわ。うるさいわね……。
「帰ってきたってことは、倒したんだな?」
「えぇ。これよ」
ペラっと1枚の紙を見せる。見せたのはもちろん冒険者カード。≪討伐欄≫にはしっかりと【魔蛇】と記されていた。
「こいつは驚いた! ただ者じゃねぇとは思ってたがレベル100とはな」
「このことは……」
「わかってる。内密に。だろ?」
気前も面倒見もいい。素晴らしい方ですわね。
「さて[ムラクモ]を返してもらおうか」
「はい。それなのですけど柚子」
「はい! こっちが[ムラクモ]です。で、こっちなんですけど……」
柚子が[ムラクモ]を差し出した後、もう一本の神器[クサナギ]を店主に見せる。2秒ほどで店主の顔は驚愕に溢れ
「なっ!? こりゃ神器か!」
目をまん丸にして立ち上がった!
「えぇ。【魔蛇】を倒したら出てきましたの」
「こ、こいつは驚いたぜ……。そんで? 【魔蛇】の鱗は?」
「「あっ」」
しまった……忘れていたわ。というか鱗なんて取る時間無かったわよね。なんて言えない……。
いや、これはもしかしたら逆にわたくしの計画が通るチャンスかもしれないわね。言うだけ言ってみましょうか。
「【魔蛇】に鱗なんてなかったわ。そこでなんですけど、[ムラクモ]をわたくしたちにお譲りいただけませんこと? 対価は当然、[クサナギ]ですわ」
この言葉を発した瞬間、店主の顔は真面目な、というより商売人の顔つきとなった。
「そうだな……」
どうやら思案している様子ね。どうなるでしょうか……。
「あ、アリス様、なぜ[ムラクモ]と[クサナギ]の交換を?」
あら? 柚子はわかってなかったのかしら。仕方ないわね……。
「[ムラクモ]は柚子が持つと応えるように光ったけど[クサナギ]は特に変化が無かったでしょう? きっと柚子は[ムラクモ]に選ばれたのよ。ならわたくしたちにとっては[ムラクモ]をいただいた方がメリットは大きいわ」
ようやく合点がいった様子の柚子。確かに[クサナギ]も緑の靄を放ってはいるものの、柚子との相性は良くないように思えた。
「うしっ。OKだ。[ムラクモ]、くれてやるよ。今日からウチの看板は[クサナギ]だ!」
店主がニカッと笑う。
「ありがとう。助かりますわ」
「ありがとうございます!」
「おうよ!」
「ではこのあたりで失礼いたしますわ。御機嫌よう」
[クサナギ]を店主に渡し、[ムラクモ]を譲り受けマジックアイテムのお店を後にする。次に向かうのは領主の館ですか……気が乗らないわね。
領主の館には前回より気持ち警備が増えている気がする。わたくしを意識しているのかしら。いい度胸しているじゃない。
柚子の極秘ルートでスルスルと警備をくぐりぬけ、領主室前へ。
コンコンと一応礼儀としてノックはする。
「入りたまえ」
相変わらず偉そうな声ですわね。嫌いですわ。
「失礼しますわ。領主様?」
「ひっ! あ、アリス……様!」
「おい! 貴様今……」
「いいわよ、柚子」
飛びかかろうとした柚子を静止する。いちいち噛みついていたらいつまでたってもこの男と同じ部屋にいないといけないじゃないの。そんなのごめんだわ。
「な、なんですかな……?」
明らかにへこへこした態度。面白いから動画に撮っておきたいわね。
「わたくしたち、昨晩【魔蛇】を討伐してきましたの。それのご報告に参りましたわ」
「ぷっ、何をおっしゃいますか! 【魔蛇】を倒すなど寝言を……。どうやらアリス様は気が狂ってしまったよう……ゴハッ!」
我慢の限界を迎えた柚子が領主に向かって飛び蹴りをお見舞いした。領主も口下手というか失言癖がある嫌いがありますけれど、柚子も柚子で短気すぎるわね。ちゃんとわたくしが教育しないとだわ。
「落ち着きなさい柚子。ほら、これをご覧になられれば信じられるかしら?」
提示したのはもちろん冒険者カード。さきほどの店主と同じく≪討伐欄≫に記載された【魔蛇】の文字を見て目を見開いている。
「なっにぃ!?」
「このことは内密に。しかし【魔蛇】の脅威は去ったと言って間違い無いでしょう。これで市民の安全は……」
「こ、これで魔王軍の幹部が動き出すぞ……」
「……は?」
領主がボソッと呟いたことを無視するわたくしではない。
「今、なんと言ったのかしら?」
「伝説によると魔王軍の幹部が倒された際にはその情報が魔王軍内で共有されると言われているのです。もしかしたらアリス様を誘き出すためわざと暴れる者も現れるかもしれません……」
なるほどね。これからは魔王軍に狙われる立場にもなるということね。上等じゃない。むしろ好都合よ。向こうから出てきてくれた方がより早く日本に帰れるもの。
「そういえば領主さん? あなた他の魔王軍の幹部がいる場所を聞いたことはないかしら?」
領主なのだから他の街のことくらい耳にするでしょうしね。
「た、たしか【イリス】の街に【魔人】が現れたことがあると言われておりますがそれ以上のことは……」
ちっ。使えないわね。あらやだはしたないわよ、有栖。
でもまぁいいわ。次の目的地は【イリス】としましょう。ちょうど北の森を抜ければ【イリス】だったわね。
「ではわたくしたちは【イリス】へ向かいますわ。今度会うときまで下手な行動を起こしたらどうなるか、お分かりですわね?」
「は、はい……」
よろしい。さ、【イリス】の街へと向かいましょうか。
領主の館を出て北の森の入り口へ。【イリス】がどんな街かわからない以上飛んでいくのは危険ね。もう森の動物たちもわたくしたちを恐れて襲ってくることはないでしょう。
「さ、行きますわよ、柚子」
「はい!」
2人で森へ入ろうとした瞬間だった。
「「あ、アリス様!」」
2つの声が後ろから聞こえてくる。その声にわたくしは振り返らない。
「アリス様、私たちをパーティに入れてください!」
「アリス様の生き様を、戦いを、サポートしたいのです!」
「……行くわよ、柚子」
「は、はい」
心配そうな顔で後ろを見る柚子。わたくしはそれでも振り返らない。
「「あ、アリス様……」」
……はぁ。甘くなったわね、わたくしも。
「ほら、いつまで頭を下げているの。置いていくわよ、ユリアン、ロマン」
「「アリス様!!」」
わたくしたちは4人で北の森へ進む。
これはわたくしだけの物語じゃない。これは……わたくしと柚子、それから仲間たちがこの異世界で生き様を示していく。そんな物語ですわ。




