23話 vs魔蛇ですわよ①
「さ、少し遅れをとってしまったわ。生贄ちゃんたちを追うわよ!」
「はい!」
『ストーキング』の能力で脳に送られてくる情報によるの順調に森を進んでいるようね。わたくしたちには妨害はしても彼女たちは審査もなくすんなり受け入れるのね。
森の入り口へ来たところで飛行をやめ、陸路を選択する。
「あれ? 飛んでいかないんですか?」
「そう思ったでしょう? つまり相手もわたくしが飛んで来ると思っているはず。なら裏をかいて歩いていけば妨害もある程度は回避できるはずよ」
「なるほど〜! 流石アリス様!」
「でも回避できるのはある程度まで。きっとそれなりの妨害は陸路にもあるはずだから、注意するのよ」
「はい!」
……と思っていたのに特に何もないまま歩を進めることができていますわね。もしかして相手ってそんなに頭が良くないのかしら。なんかだんだん混乱してきましたわ。
「まずいわね。順調に進みすぎて生贄ちゃんたちに追いついちゃいそうだわ」
と思ったところで変なドロドロした魔獣が横にいたことに気づく。……【魔蛇】の差し金には見えないけれどそういうことにしておいて戦いますか。
「完全にフラグでしたね〜。刀とおるかな……」
「わたくしがやりますわ。『ライトニング!』」
雷を軽く撃っただけで絶命してしまった。しまった! なんの時間つぶしにもならなかったわ!
「……もういいわ。追いついてしまいましょう。ただし木の上をつたってね。2人に気づかれぬように行くわよ。【魔蛇】に怪しまれたら厄介だもの」
「はい! 了解しました!」
そこからは木の枝を忍者のようにぴょんぴょん跳んで移動。すぐに追いついたわね。もう2人の姿が見えてきたわ。……っと、あれが神殿跡地ね。
「よく来たわね。歓迎するわぁ、ユリアン、ロマン」
ゾクッと体が震え、粘っこい汗が吹き出したのを感じる。何……なんなのこの張り付くような声は!
「自己紹介をしましょうか。私は【魔蛇】。魔王様の幹部よ。今日は貴女達と楽しんだあと、いただこうかしらねぇ」
身体中を舐め回すような声に嫌悪感を感じざるを得ない。それは生贄ちゃんたちも同じようで遠目で見ても体が震えているのがわかる。
あれが【魔蛇】。5メートルはあろうかという下半身は蛇。2メートルはあるであろう上半身は人間という妖怪を思わせる姿。なんて威圧感なのかしら……。
先ほどの超巨大な鳥は【魔蛇】より実際は大きかったはずなのに【魔蛇】のほうがさらに大きく見える。
「あぁそれと、貴女たちを助けるためか知らないけど強ーい2人が追いかけていたけれど……まぁ妨害しているから間に合わないわよぉ。残念ね」
「そ、そんな前置き、いりません!」
「そうです!そんなのいいのです! 殺すならさっさと殺せなのです!」
生贄ちゃんたちは精いっぱい声を上げて【魔蛇】に訴えかける。もし本当に殺すそぶりを見せたら行くしかないわね……。本当はもう少し油断したところを突きたいのだけれど。
「いやよぉ〜。そんなのつまらないじゃない。どうせなら遊んで行きましょう? 私、性的な意味で女の子がだぁいすきなの♡」
【魔蛇】が生贄ちゃんたちの腕を掴む。柚子が飛び出しそうになったところを静止させる。
「まだ殺意は感じられないわ。今じゃないわよ」
「で、でも……」
「わかってる。我慢なさい」
わたくし自身も抑えないといけないわね。深呼吸よ、有栖。
「遊びたくなんてありません! せやっ!」
「お断りなのです! はっ!!」
赤髪の生贄ちゃんは短剣で【魔蛇】の腕を切り、青髪の生贄ちゃんは手裏剣のようなものを【魔蛇】へ投げつけた。これは……!
「ふぅん。まぁいいわよぉ。私、ネクロフィリアでもあるの。死体でも楽しめるからいいけど、やっぱり生きたままでも楽しみたい。どうしようかしらねぇ」
【魔蛇】はまったくダメージを負っていない様子で余裕の表情を浮かべながら腕組みをする。
「そうだ! 片方は殺してもう片方は半殺しでいけばいいのよぉ! 私って天才だわぁ。そうと決まれば……ね?」
「「ヒッ!」」
殺気!!! 生贄ちゃんたちには耐えられなかったようで尻餅をついてしまった。まずい!
「行くわよ、柚子!」
「はい!」
「さぁ〜て、どっちをどう殺してやろうかしらぁ……ん?」
「油断したわね。『絢爛の炎!!!』」
煌びやかに輝く炎の渦を直接【魔蛇】へと叩き込む! 近くにいた生贄ちゃんたちを巻き込まないために大きく威力は落としたものの、かなりのダメージを負ったのではないかしら?
爆炎で生じた煙も引いていく。さぁ……どうかしら?
「ふふっ。残念でしたー!」
「なっ!?」
「う、嘘……」
煙が引いて出てきた【魔蛇】の身体には傷どころか埃一つついていない。
「そ、そんな! 『ライトニング!』」
「ふふっ。無駄よ」
雷ですら直撃しても胴体に当たった瞬間に弾き返されてしまった。い、いったいなぜ……
「す、≪スキャン!≫」
≪魔蛇Lv68≫
レベル的にはわたくしの方が圧倒的に有利……なのになぜ……まさか!
「まさか……あの時の……」
「えっ?」
「あら? 気づいたの? ずいぶん頭の回転が速いのね」
何気ない朝食の時に噛み付かれた紫のまだら模様の蛇。おそらくアレが関係しているわね。
「あなたは私の呪いにかかったの。あなたの魔法で私にはダメージを与えることができないわぁ。私は慎重派だからねぇ。先手を打たせてもらったわよぉ」
……これはやられたわね。まさかわたくしが一歩遅れをとるだなんて思いもしなかったわ。
でも……わたくしの魔法がダメでも……
「柚子、任せたわよ」
「はい。任せてください。必ずアリス様のご期待に応えてみせます!」
わたくしには優秀な使用人がいるのよ。確かレベルは69だったわね。単純に考えたら柚子の方が一歩有利だけれど……。
「あら、あなたも戦うのぉ? まぁいいわ。私への供物が増えたと思えばむしろラッキー。こっち2人は死体にしてしまいましょう」
ズルズルと這いずり、柚子の方へ体を向ける。頼んだわよ、柚子。
「目覚めろ……[ムラクモ!]」
鞘から引き抜いた刀から紫色のオーラが溢れ出す。いつみても派手ね。
「『スネークショット!』」
「はっ!」
小さな巻き蛇を投げつけてきた【魔蛇】の攻撃にも冷静に対応する柚子。いいわよ!
「甘いわぁ」
「なにっ!」
ボンッ!と柚子が斬り裂いた蛇が爆発を起こした。
「柚子!」
「へ、平気です」
ふぅ。どうやら[ムラクモ]の靄が守ってくれたようね。さすが神器だわ。
「あらぁ。ずいぶんタフねぇ。面倒だわ。『スネークショット!』」
「くっ……」
触れれば爆発する巻き蛇に触れるはずもなく回避を強いられる。時折わたくしに対しても攻撃を仕掛けてくる【魔蛇】はこの戦場において間違いなく優位性を誇っているように見える。
あの隙でダメージを与えられなかったのが痛いわね……。あの時の攻撃を柚子に任せておけば……。ダメよ!たらればなんて今考えるものじゃないわ!
今わたくしがやるべきことはもう一度隙を作ること。でもわたくしの魔法は【魔蛇】にとって脅威にならない……。なら、
「いつまでそこで尻餅をついているつもり? 貴女達のために今わたくしの使用人が命をかけて戦っているのよ?」
涙を流しながら尻餅をつき、お互いに抱き合っていた生贄ちゃんたちに頼るしかないわね。この状況、たとえ猫の手だとしても使えるものは使っておきましょう。
「わ、私たちは……」
「どうすることもできないのです」
「はぁ! やぁ!」
「あらあら必死ねぇ」
柚子は必死に刀を振るう。それを黙って見ていられるわたくしじゃない。早く手を打たない……! どうすればこの子達を動かせるかしら……。
そんな思案にしばらく追われるのでした。




